第26話
お待たせしまくったのに、さらに短いという……。すみません。
大勢の人間が規則的に移動する様子は、言葉に出来ない何かがあった。
怖い。とすら、少女は思っていた。
それは今から行われる事が何か分かっているからだろうか。
歩く人たちに守られながら、馬車で移動する自分達に罪悪感を覚える。しかしそんなに体力の無い自分たちが歩いたところで余計に迷惑がかかるだけだと分かっている。
「……シヤマエル。また怖い顔をしているわよ?」
「姉さん。だって……」
姉、イハマエルの言葉に妹のシヤマエルは口ごもる。
続きは言えずに馬車の窓から外を眺めた。
戦争に向かう。
勇者と共に戦う事に否を唱えるつもりは無い。しかし、この中にいる多くの者達が傷つき、そして、命を落とすのだろう。自分と姉が力を尽くしたところで全てを助けられるとは思えない。思えるだけの力がない。
全員を救えるだけの力があれば、こんな気持ちを味わう事もないのだろうか。
手を握りしめる。よほどの力が入っているのか、指が甲に食い込みそうだった。
そんなシヤマエルの手をイハマエルが取る。
「怖い顔、してるわよ」
もう一度声をかける。はい。とか細い返事をした。その時、馬車の扉が鳴らされる。
徒歩の人間に合わせて動いているとは言え、動いている馬車にノックは普通はされない。
御者台だろうか、と思った所で、窓からキマエルが覗いてきて二人は悲鳴を上げそうなほど驚いた。
「ああ、居た居た」
「き、キマエル?」
「に、兄さん?」
ドアを開けて中に入る。
何気なくやっているが、二人の頭の中は疑問符だらけだ。
まず、何故ここにキマエルがいるのかもわからないし、頭よりも高い位置に何故、顔があったのかも分からない。
「元気そうで良かったよ」
「それはこっちの科白よ? 神殿騎士を止めて、商人になったって聞いたけど……」
「商人になったわけじゃないけど、似たような事はやったね」
「……兄さん?」
シヤマエルは戸惑いながら兄を見た。シヤマエルが知っている兄と雰囲気が違ったからだ。
「……どうしたの?」
「何が?」
姉イハマエルも同じように戸惑いを持ち、そんな二人にキマエルが首を傾げた。
「雰囲気が変わってるわ」
「そう?」
「ええ……」
「昔に戻った、でもなく?」
「……そうね、それはあるかもしれないわ」
「今の俺は、人々のためじゃなくて、姉妹を守りたくてきてるだけだから」
「「……」」
キマエルの言葉に二人は言葉を失う。
キマエルの言葉とは思えなかったのだ。
今まで人々のためにと頑張ってきたのを二人は知っていたのだ、それなのに、そんな事を言うとは想像すらしたことが無かった。
「俺は、二人が無事だったから、人のために色々動くことが出来た。でも、二人が前線に出るっていうのなら、話は別。そう思った。いや、思い知ったかな? だから、師匠達の元を離れてこっちに来た。俺は二人の護衛だよ」
「……キマエル、貴方……」
「兄さん……」
「……という、わけで、ちょっと、先輩と一緒に、無理してここに来たから……、少し、寝かせて……」
先ほどまでのりりしさはなく、疲れ切ったように座るとキマエルは即座に眠ってしまった。
まだ色々聞きたい事があった二人は顔を見合わせて、それからキマエルを見た。
とてもよく眠っていて、護衛がこれでどうするのだろうと思うくらいには、爆睡しているように見えた。しかしキマエルの意識は眠っていても、もう一つの意識は周りを警戒している。
それは完全ではないが、それでもないよりはマシだと。
キマエルが眠りについて、しばらくして、デールがやってくる。
「起きろ! おい!」
「うー……。なんですか、先輩」
「あれは、どういう事だ!」
「……あれ? 先輩を神殿騎士の所に置いていったことですか?」
眠い目でキマエルは尋ねる。
「そうじゃない! なんでお前、空を飛べる!?」
「へ?」
「え?」
デールの言葉に成り行きを見守っていた、二人が驚く。
「なんでと言われましても、師匠達が教えてくれましたけど。まぁ、使い物になるようになったのは別の者の手助けがあってのことですが」
まだキマエル一人では難しく、キマエル一人だと人が歩くスピードで少し浮いているくらいだ。
「師匠だと? あのガキどもが!?」
「そうですよ。俺よりもずっと速いですし、ずっと長く飛べます。俺よりもずっと回復魔法が得意ですし、バカにしないでくださいよ」
デールは口を閉ざす。なんと言えばいいのか迷った。
そしてやはり無理矢理にでも連れてくるべきだったかと思い始めていた。
「すみません、やっぱりもうちょっとねかせ……」
言葉の途中でキマエルは眠ってしまった。
デールは怒鳴りつけようとしたが、姉、イハマエルが先にデールに声をかけた。
「デール、何があったの?」
「飛んできたってのは?」
キマエルの様子にも驚いたが、キマエルを連れてくるとデールが向かった地はこことは真逆で合流するには早馬でももう数日かかるはずだった。
デールとしてもなんと答えたらいいのか一瞬戸惑う。
空を飛んできた。その一言に尽きるのだが、その一言が異様過ぎるのだ。
それでもありのままに彼は話をした。かいつまんで話す事もない。
かいつまむだけの要素も無い話を。
「……にわかには信じられないけど……」
「でも、兄さんとデールさんが一緒にここにいるって事はそういう事なのかな?」
姉妹は腑に落ちない物のそう結論づけた。
「どうやら思っていたよりもあの子供達は役に立ちそうです。部下に言って今からでも連れてきましょう」
デールがそう口にした時、キマエルが目を覚ました。
うっすらと目を開けて、冷たい眼差しでデールを見つめる。
「【彼らは戦には行きたくないと行ってました。それでも貴方は彼らを戦場に送るというのですか?】」
起きたのかと声をかける前に、その冷たい眼差しと空気にデールは鼻で笑い飛ばす。
キマエルが本気で怒って突っかかってきたとしても、自分の方が強いと自負しているせいだ。
「当然だ。この戦が負ければ後がない。回復の担い手は一人でも多い方がいい」
「【絶望を胸に抱いて邪神の前に姿を現せと】」
「なに?」
「【行きたくも無い戦に連れてこられて、その者は希望を胸に持っていられるでしょうか? 幸せが訪れると思えるのでしょうか? 貴方は心得違いしている】」
「……随分と生意気な事をいうな」
「【言いましょう。貴方の傲慢が彼らの手に伸びるというのなら、私は容赦しません】」
「言ってくれる。鍛錬もサボってたやつに俺が負けるとでも?」
「【何を言っているんです? すでに勝負は終わってますよ】」
「なにを」
否定しかけて気づく。体に自由が利かない。口は動かせるがそれ以外は指一本動かせなかった。
「【神の力は、人々の祈り。それは別に場所を問いません。どこであれ、感謝を捧げていればその祈りは届きます。人の多い少ないは関係ないのですよ】」
キマエルの声を借りた者は淡々と告げる。
「【また同じように、絶望も場所を問わない。明日は必ず来る者だと信じている者はどれほどいるのでしょうか? 明日は今日よりもより良いものだと信じている者は? どこを見ても不安ばかり。今日を生き抜いた。その事を神に感謝するのは本当に希望なのでしょうか? 明日を信じて不安と共に眠る夜明けは本当に希望なのでしょうか? 貴方はこの戦が必要なものだと言いました。総力戦だと】」
「ああそうだ! この戦で全てが決まる!」
「【行軍している者達はどれぐらいそれに希望を見いだしているでしょうか? 勇者と共に居れば大丈夫? それは違うという事を多くの人間が知っています。最初の勇者は倒されたのですから。ここにいる者達の多くは、死を覚悟して戦に挑んでいるのでは?】」
「それは当然だ」
「【それが間違いだと言っているのです。確かに戦う事は必要でしょう。ですが、これだけの人数が、その覚悟を持っていたら、その覚悟はどちらの神に味方するのでしょうかね? 故郷に残る兵達の家族は、必ず生きて帰ってくると、希望を胸に抱いて祈っているのでしょうか? 不安に押しつぶされそうになっているのを必死にごまかしているのでは?】」
「…………」
「【軍を用いて戦いに挑む事は間違ってはいません。しかし、まだ早い。早すぎます。それならいっそ、軍で畑でも耕してもらって作物を育てて貰った方がよっぽど良い】」
「お前……」
「【私は貴方が嫌いです。だから忘れなさい】」
言いたいだけ言ったその存在は、その言葉と同時にデールの意識を奪う。
倒れた時、痛い音が響いたがデールは目を覚ます様子もない。
「何かありましたか!?」
御者が声をかけてくるとキマエルは何でもありませんと答えて、目を閉じた。
そして穏やかな寝息が聞こえてくる。
「え!? ちょっと」
「兄さん!? まさかこの状況で放置ですか!?」
置いてきぼりにされた姉妹が慌ててキマエルに声をかけたが、キマエルは起きる様子はなく、デールも昏睡したままだった。
姉妹は、顔を見合わせて同時にため息をついた。
しかしその目は、キマエルが起きたら絶対に事情を説明して貰うと語っていた。




