第20話 実際にやってみた。
いつもありがとうございます!
「三週間で新商品五つ販売!? そんな無茶な!!」
お昼の休憩時間カヒロは奏太から条件として出された内容を店に戻って部下達に伝えた。
その反応は予想通りの驚愕だった。意味を理解して諦めたり、青ざめている者もいる。
「いや、今まで買いためてきたものを販売すれば五つは容易いぞ?」
「ああ、そうか。彼らが居なくなってからと思ってたけど……。カヒロさま、そうなさいますか?」
「……い、いえ、たぶん、止め、た方がい、いでしょう……」
店から店へと走ってきたためにまだ息は荒く、持ってきて貰った水も味わうこと無く一気に飲み干す。
「私も、それは考えましたが、きっとダメだと思います。そもそも、聖女が発見したこしょうを、新商品として出したと伝えた時にドラゴンの尾を踏んだ感じでしたから。他者の功績を新商品として売るのは不味いと、思われます……。すみませんが、水をもういっぱいお願いします」
やっと呼吸が落ち着いてきて、カヒロは部下を見渡す。
「分野は問わないそうです。また実際に作らずに、概要や案だけでもいいそうです。みんなで力を合わせて考えても良いとの事なので、知らせに来ました。私以外にも三人応募にきていて、同じような課題を出されていました。それになにより、私はあの『レジスター』なるものが欲しいっ!」
店での様子を思い出して色々話していたカヒロは今日一番の驚きであり、欲望を刺激された物の事を思い出し、思わずそう口にした。
「れ、れじ……?」
「ああ、すみません。創意工夫で新しく導入された金勘定のための魔道具です。幾ら買ったのか計算してくれる魔道具でした。あれは大変素晴らしい。本当に欲しいと唸りました」
新しく用意された水を飲み、カヒロはコップを置く。
「期日までに新商品五つ。それが彼らの考え方に近づくための道。私は今、商人として岐路に立っていると思います。そしてみなさんもです。期日までに課題を達成出来るか否か。私達はみな商人の適性を持っていると言われています。きっと出来るはずです。もし達成出来なければ商人を辞める気概で行きましょう」
「「「「はいっ!」」」」
「それでは私は戻りますので、夜には戻ります。その時に新商品の話をしましょう!」
カヒロはそう告げて慌てて創意工夫へと戻っていく。
残された部下達は顔を見合わせる。
「神話のようだな」
「え?」
「神から神託を受けて、世に新しい発明品を出す。オレ、子供の頃、それを授かってみたいって思ってたんだ」
「ああ、なるほど。神託じゃ無いが、きっと似たようなものさ、子供の頃の夢を叶えると思って頑張ろうぜ」
「ああ」
互いに笑いあいながら受け持ちの仕事をこなしていく。それでも時折、新商品という雲を掴むような存在が頭を占めるが、言葉が浮かぶだけで何も良い考えは浮かばなかった。
(ぷつっと来ちゃったんだ……)
(うん。プツッと来ちゃったんだ……)
誠の言葉に奏太は素直に肯く。
(分かってたんだけど……。分かってたんだけど……。いざ実際に、ああも悪びれも無く十何年も前の物を新商品って言われたら……プツッとね)
(ぷつっと来たか……)
(きららが言ってた言葉があったじゃん? 自分達が呼ばれる必要なかったんじゃ無いかって、ボクもその言葉、浮かんだからね)
(うーん……それが浮かんだらもうアウトだな)
(うん。なんか、カッとなるような怒りじゃなくて、フツフツッ沸騰するような感じというか、お腹から来るような感じというか)
(冷静に切れたんだな)
(そういう表現になるのかなぁ……)
(でも真面目に弟子に取るの?)
(うーん……どうだろう)
(……反故?)
(いや、そうじゃなくてさ。課題がクリア出来るんだったら、弟子になる必要ないと思わない?)
(……あー……うー……確かに? それが言われなくても出来るようになれば、弟子になる必要無いよな……)
(うん。むしろこれがきっかけに少なくとも一年に一回は何かしら新商品を出すようになってくれるといいな、って思うんだけど)
(確かに。さらにそれがきっかけで、他の店も負けずと新商品をっていうのが理想だろ?)
(理想だね)
(……普通だったら『心配しなくてもそうなるって』って気安く言えるのに、この世界じゃ言えないからなぁ……)
(そうなんだよねぇ……)
互いの苦悩を感じる。
(でもストレス発散じゃ無いけど、ちょっと、すっきりしたっていう感じはする。たぶん、結果次第というか、過程次第というか、に、よってはまたきっともやもやするかもしれないけど……)
(あはは、これで創意工夫の商品を店に並べて、新商品ですって言う奴が居たら、遠慮なくペナルティをつけちまえば? 新商品を倍の十個とか)
(流石に三週間で十はこっちの世界の人達じゃ無理じゃ無いかな? ボク達だって、元の世界の物を見本に作ってるわけだし、五つでも一からって考えると結構きついよ)
(あー……、言われてみたらそうなのかな?)
(うん、だから、何かしらの工夫の跡が見られたら、パクリでも新商品って事で認めようかなって)
(たとえば?)
(え? たとえ? えーっと……、既存の洋服とうちの洋服とセットにして販売とか?)
(抱き合わせかぁ……。あー……消費者にとっては嬉しくないが、この世界じゃそれも無いだろうし……。有りっちゃー、有りか)
(うん。有りだとは思う)
(しかし、新商品っていって、最初に思いつくのがそれっていうのはちょっと嫌だなぁ。そのうち、999円とか言って売ってきそう)
(むしろネズミ講とかの心配しちゃったよ、ボク)
(うへぇ。それはもう商人じゃない)
しかもこの世界の人間だと非常にころっと騙されそうだ。と誠も奏太も思う。
今まで二人が読んできた異世界物だと、日本人としての甘さを捨てなくてはいけない。という物の方が多かったのに、実際に異世界に来てみたら、異世界の人間の方が甘ちゃんだという事には驚きを隠せないし、今では呆れの方が大きい。
(話は大分逸れたけど、そんなわけで、明日誠が来たら新人さんがそれとなくアイディアを聞き出そうとするかもしれないから)
(はぐらかせばいいんだな?)
(……うーん……露骨じゃないヒントであればむしろ出して欲しいかな?)
(……それをしなきゃ駄目なレベルなのか。と、ちょっと俺も泣きたくなったなぁ。今……)
誠と奏太がそんな話をした翌日、新人の一人が、ぜひにと奏太を自分の商店へと連れて行く。
「お約束通り、新商品五つ、用意しました!」
自信満々に見せたのは、創意工夫では数が少なくなってきたので、一時店舗から消えた商品だ。それらが五つ並んでいる。
「…………」
ちらりと新人の顔を盗み見ると、やり遂げた顔をしていた。
「……これらは創意工夫で売られていたものですよね?」
「ええ。ですが今は売られていません。この店でも売るのは初めてです」
「……せめてもう一ひねりしてください……」
消え入りそうな声で奏太は口にし、ため息を零す。
「これではダメです」
「な、何故ですか!?」
「これではただの転売だからです。新商品と言うので有れば、どこかにオリジナリティを入れてください」
「しかし」
「今回は、見逃します。ですが、同じ事をもう一度したら今度は課題を五個では無く、十個にしますので」
「じゅっ!?」
奏太の言葉に彼は驚き、それから頭を横に振った。
「な、何故駄目だったんですか!?」
「何故って……」
奏太からしたら、そもそもこれで何故大丈夫だと思ったのか、そっちの考えの方を知りたかった。
「……あなたは何故、ウチで働きたいって思ったんですか? 転売しているだけで新商品なんて言っていては、その答えも見つかりませんよ」
奏太はそれだけを言って彼の店から立ち去る。
思った以上に大変そうだなぁ……。
そう思ったら再度ため息が出た。
「た、大変な事実が分かりました」
カヒロはその夜自分の店に戻ってきて中にいた者達にそう口にした。
部下達もカヒロのその様子に不安を煽られ、中には固唾を呑んで待っている者も居た。
「……創意工夫の商品をそのまま転売すると、課題が五つから十に増えるそうです」
「「「「じゅ、十!?」」」」
部下達も言葉を無くし、カヒロを見て、カヒロも無言で部下達を見つめた。
「…………良かった…………」
やがてカヒロがそう小さく呟く。その声は震えていた。
部下達の目には何故か涙が浮かび、カヒロを熱く見つめていた。
「……本当に、新商品として、売り出さなくて良かった……」
「「「「はい!!」」」」
目の縁に涙を浮かべ安堵の表情で胸を押さえている女性。
男泣きする者。
腰が抜けてしまった女性。
何度も何度も小さく小声で「良かった。良かった。良かった良かった」と繰り返す男性。
放心したように天井を眺めている男性。
それぞれの違いはあるが、危うく十個になるところだった課題が回避出来ただけでこの騒ぎである。
奏太達が思っている以上にこの世界の人間にとって、『新しい物を作る』というのは労力が必要だった。
「……おこがましいかも知れませんが、私にはこの課題がまるで神からの試練のように思えます。私一人では絶対に無理だと今日改めて思いました。みなさんの力が必要です。私に力を貸してください」
「「「「はいっ!」」」」
部下達の返事を聞いてカヒロはホッとした表情を作り、応接室に行きましょうと声をかけた。
人数分のお茶と今日の土産の金平糖を皿に広げ、自分を中心にイスやその代用品を持ってきて貰い、座らせる。
「今日は合間合間を見て、先輩達に話しを聞いてみたのですが、やはり特別なのはあの四人の様ですね」
持ってきて貰ったお茶を一口飲み、周りを見る。
「聞くと、こんな感じでお茶をしながらとかご飯を食べながら四人は話をし、食べ終わる頃には新しい商品の話がまとまっているそうです」
「……お茶にはそんな効果があるのですか!?」
「分かりません。分からないのでやってみようと思ったのです。どうぞ皆さんも試してみてください」
カヒロに促され、部下達はお茶を飲み、金平糖を食べていく。
「美味しいですね」
「ええ、美味しいですね」
「あそこで出る食べ物って美味しい物が多いですよね」
「お茶とも合いますね」
そんな話をしながら五人はお茶を飲み、金平糖を食べていく。
皿もカップも綺麗に何も無くなった頃、カヒロは周りを見て尋ねる。
「それで、何か浮かびましたか?」
「……美味しかったなって事しか浮かびませんでした……」
「小さいのでもっと大きな物で食べたいな、と思いました」
「飲んで食べている間はほっとしましたが、今は何も浮かばない頭に冷や汗しか浮かんできません」
「お茶と合うなって事しか浮かびませんでした」
「……そうですか、私も何も浮かびませんでした……」
重い沈黙が浮かぶ。
ここに四人のうちの誰かが居たのなら、その意見を使えよ! と、口にしただろうがあいにく誰もいないので、感想は感想のままで終わってしまった。
「……今度は、お茶だけを飲んでみましょうか」
カヒロの言葉に部下達は大きく肯いた。
結局お茶をお代わりしても何も良い案は浮かばなかった。
評価・お気に入り・ありがとうございます。
なろう以外の方で感想等がありましたら、
活動報告のコメントを活用していただければと思います。
……いらっしゃるかは分からないけど、一応書いておかねば、と。




