第19話 踏んじゃいました
ゴーレムによる機械化が始まったその夜。三時間ほどの睡眠を取り、起き出した四人は眠い目をこすりながら朝食を食べてながら打ち合わせをしていた。
出来る事なら朝食ぐらいはゆっくり食べたいがそういうわけにも行かない。
(神殿騎士だっけ? その人達は送り迎えだけ? あー……味噌汁うまー)
(きらら、ごめん。ボク、この魚の出汁苦手かも……。あ、騎士は一応シスター達がいるから二人か三人入るって言ってた)
(小魚の出汁って、鰹節と結構違う。そういえばソウソウ。キマエルは?)
(流石に昨日は置いてきた)
(んー……じゃあ、鰹節作る?)
誠、奏太、ミチルの感想を受けてきららは、鰹節に適している魚が居るか、トモに検索をかけて貰う。
四人は心の中で会話をこなし、口は食べる事のみに使っている。そのため時折、味の感想がストレートに跳んでくる事がある。
(この葉っぱ苦ぇ!!)
(あれ? 時間経っちゃったかな? 新芽の頃だと柔らかくて美味しいんだって)
誠の心の声にきららはそう告げる。
(あ、だからなんだ。ボクのは仄かに苦いけど普通に美味しい)
(…………たぶん、当たり……)
苦いのが苦手なミチルはどっちだか分からないが、きっとハズレはもっと苦いはずだとそう返す。
(で、誠は拠点作りと、亜空間倉庫だっけ?)
(いや、そっちミチル)
(亜空間倉庫は私)
(あれ? ミチルちゃんがやるの?)
(俺がやるのは共有倉庫。ミチルのは在庫を置く倉庫)
((あ、別か))
奏太、きららの中でどうやらごっちゃになっていたようだ。
(共有倉庫の中身がそんなに拡張出来ないと思うから、在庫は別に置くことになったんだよ)
(商品の移動はゴーレムでする)
(そっか。なんか数時間だけど流石ゴーレム。商品一杯出来てきたね)
奏太は言いながら本日の予定の一つが書かれたメモを誠の方に流す。
味噌汁を飲んで顔を上げたタイミングでやってきたメモを誠は文字の一部を見て内容を理解するとそのままきららの方に流した。がすぐにまた誠の方に戻ってくる。
(なんで俺に渡すんだよ-!!)
(いやだって誠が位置的に一番近くにいる事になるでしょ?)
(嫌だぁ。魔族領に行きたくない)
(そんなこと言ったら魔族のみなさん泣いちゃうぞ♪)
(そう思うのならきららが行けよ!)
(あたしじゃ行ったり来たりするの時間の無駄だもん
(拠点に残る誠が一番適任だし)
(ああぁぁぁぁあ……せめて、あの大歓迎ムードはどうにかならないものだろうか……)
三人が密かに嫌がる理由はそこだ。
それだけ彼らが『勇者』の存在を待ち望んでいたわけだが、近くに行くたびに「ぜひ王に会っていってください!」と言われるだけなら良いが、王様の方が来てしまう。そのまま祝賀ムードになってしまう。流石にもう勘弁して欲しいと三人は思う。
(流石にもう勇者にも見慣れた頃なんじゃない? きっと大丈夫だよ。たぶん……)
(奏太。本当にそう思う?)
(……)
誠は奏太を見つめ、奏太は顔を上げようともしない。
(……次は魔族領に店を持つ?)
(え?)
(たまにしか来ないから大歓迎ムードになっているのなら、次の店は魔族領にして、毎日顔を出せば歓迎ムードは無くなる……かもしれない)
ミチルが出してきた対策。確かにその可能性はある。
(……よくよく考えたら、人族領ばっかりで店を開くっていうのも……贔屓に見えるのかな?)
(可能性はあるかもね。でも魔族領かぁ。デザートいっぱい作れるなぁ)
奏太の言葉にきららは頷く。あまり意識してはいなかったが、そう思われてしまうと問題だ。そしてきららの嬉しげな言葉の内容にミチルは箸を止めた。
(そういえば、今、卵ってどうなってるんだろ?)
(まだヒヨコにもなってないと思うぞ。……あ。しまった)
(え!? 何!?)
誠の言葉にきららとミチルが緊張する。タイミング的に卵か鶏にかんする事だと思ったからだ。
(鶏ってさ。確か卵を温め始めると、毎日卵は産まなくなったような……?)
((え!?))
驚くきららとミチル。
【魔族の人達が毎朝卵を回収しているのであれば問題ありません。ただ、今の所全て有精卵で数を増やす工程であるため、食用はしばらく無理かと思います】
(……でした)
(……むぅ……。そうだ! マコマコ、今日魔族領に行ったら雌の半分は無精卵になるようオスから引き離そう!!)
(……どんだけプリンが食べたいんだか……)
呆れたらいいのかほほえましいと思えば良いのか、誠は苦笑を一つして、しばし考える。
(まあ、魔族領で店を開くとき卵があった方がいいのはいいだろうから、そうするか。って事は向こうでも亜空間倉庫作るか~)
「ごちそうさま。じゃあ誠色々大変だと思うけど、よろしく。あと、求人については、何か意見ある?」
(無いよ。どうせ今だけの付き合いだし)
(あたしも特にないかなぁ)
「ごちそうさま。私も無し。ソウソウの判断に任せる」
「了解。じゃあボクは一足先に店に向かうよ。あとミチル、雌の鶏と何か物々交換できそうなものがあったら、もっていって交換してくるといいよ」
「分かった」
「じゃあ、お先」
奏太は使ったお椀を持ち、台所となる場所で、軽く水で汚れを流した後クリーンアップを使い、乾燥用の籠に置いた。
「じゃあ行ってきます」
「いってらー」
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃい」
三人はその背中に声をかける。ミチルも物々交換出来そうなものを探してくると仮拠点から出ていき、商品が置いてある場所へと向かった。
(ミチルが鶏貰ってきたらさ、魔族領からオス一羽もってきて、ここで育ててもいいと思う。世話はゴーレム達に任せて)
(え? それって結局卵は使えないってことじゃない?)
(いや、分ければいいだけだし。それにじいちゃんが、時折オスに会わせた方がメスが良い卵を産むって言ってた。メスが元気になるっていうか)
(へー……。色々あるんだね。でも確かにすぐに卵が使える環境だとありがたいなぁ)
みんなの食卓を預かる身としてそんな事を思うのであった。
冗談だろ。初め奏太は本気でそう思った。しかし目の前のカヒロは本気だった。
「えっと、カヒロさん。うちで働きたいとの事ですが」
「ええそうです! どうぞこれを! 応募の条件などはないですし、私でももちろん働けるんですよね?」
差し出されたポスターに奏太は柱を見る。
帰る前にはったポスターは言われてみれば無い。
「剥がしたんですか?」
「これですか? ええ、ないと応募できませんよね?」
「?」
カヒロの言葉に奏太は首を傾げた。
【ポスター持参が応募の条件だと思っているのだと思われます】
(ああ、なるほど)
奏太はポスターを受け取り、柱に張り直す前に尋ねる。
「お店の方はいいのですか?」
「はい、私がここにいる間は部下が切り盛りしてくれます」
「……そうですか」
奏太は一瞬迷ったが逆にいいのかもしれないとポスターを柱に張り直した。
「中にどうぞ。面接を始めます」
「面接ですか?」
「ええ。仕事をしてもらう上で志望動機とかを聞こうかと思って」
奏太は言いつつ扉を開けた。
カヒロは顔を輝かせて部下を残して中に入っていく。
そして二人が店の中へと入っていったあと、みんな我先にとポスターを奪うために列から抜け出し、商会同士の醜い奪い合いと発展した。
騒ぎにキマエルが顔を出した時にはポスターが破れ茫然自失の男達が何名も出来上がっていたほどであった。
「何故、ここで働きたいと思ったのです?」
「勉学のためです!」
「……は?」
「本当は弟子入りしてもかまわないと思うくらいです!」
「…………」
奏太は額に手を当てて内心唸る。
(なんでここの人たちはすぐに弟子入りしたくなるのかな……)
【それがこの世界では基本であり、普通だからです。ましてや商人であればなおのことです】
そういえば幼い頃はどっかの店で見習いをするんだったっけ?
そんな事を思い出し奏太はカヒロに面接を続けていく。
「従業員になったとしても、塩の精製方法も砂糖の精製方法も分かりませんよ?」
「構いません」
何の迷いもなく、カヒロは言い切った。
「確かに多くの者はそちらに目が行っているようですが、私にはそれは二の次……、いや、三の次だと思いました。一番価値があるのはその発想力なのではと私は愚考します」
「発想力……ですか?」
「ええ。私には布を染めるという発想はありませんでした。服のデザインを変えるという事もです。貴族の方々はデザインの違うドレスを何着か持っているというのに、市民にはそれは当てはまらないと無意識で思っていました。遊具などというものは、考えたこともありません。お茶や木材もそうです。我々は女神の化身としてしか見る事が出来なかった。それらを商品にするという考えは全然浮かびませんでした。もっともこれは売り上げの一部を神殿に寄付するとはいえ、受け入れられない者もいるでしょう。もしかしたらそのせいで女神の力が弱くなったのだと言う者もいるかもしれません。しかし私はここ数日街の様子を見て、それは間違いだと確信して言えます」
「……何故ですか?」
「笑っているからです。子供も大人も、楽しそうに遊んでいる。その笑顔の方がより女神たちの力になると私は思いました」
「そうですね。確かにボクもそうだと思います」
「ですから、私はここで学びたいと思ったのです。皆様がどういう風に考え、思い、悩み、商品を作っていくのか」
「そんなたいそうなことしてませんけどね」
奏太は苦笑を一つした。そのタイミングでお茶が出される。
水では無くお茶。それがこの店の基本だ。カフェでは水は無料で飲み放題の扱いである。
「カヒロさん達は、だいたいどれくらいの周期で新商品を出しているんです?」
この店は一月間だけのもの。それ故にみんなが買いに来て、商品が減って、そのたびに新しい商品が作り出される。店を持つとなるとそういうわけにも行かないだろう。一般的にはどれぐらいの頻度で新商品が出るのかただ、なんとなく聞いてみたかった。ただそれだけだったのだが。
「周期ですか? たぶんそういうのはないと思います」
「そうなんですか? じゃあ一番新しい商品が出たのはいつ頃ですか?」
「そうですね。当商会では、聖女様が発見してくれたコショウなどでしょうか?」
何の悪びれもなくカヒロが言った言葉に奏太の笑顔が固まる。
「…………」
「……あ、あの……?」」
顔が固定してしまったかの様に動かない奏太にカヒロはだんだんと冷や汗を浮かべてきた。
「カヒロさん」
「はい」
冷たく響く声にカヒロは自分が何かしらのミスをした事に気づいた。
「弟子入りの条件として、ボク達がこの街から去るまでにアメニウム総合商会で新商品を五つ、作って出してください」
「は!?」
「ボク達の考えを理解したいというのなら、それが一番の近道だと思いますよ。もちろんアメニウム総合商会のみなさんと考えてくれて構いません」
にっこりと笑う奏太。反論を許さない表情と声だった。
「は、はい……」
年下の子に気圧されてカヒロは頷くしかなかった。
評価・ブクマありがとうございます。
更新遅くてすみません。




