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第15話 商人 カヒロ

いつもありがとうございます。




 私はその才能を認められて、祖父の名と、その店を譲り受けた。しかし、まだ祖父ほどの力は無いと自負していたため、私は公の場以外はただのカヒロと名乗っていた。

 店は順調だった。

 祖父からの取引や、自ら見つけた取引も上手く機能していた。

 順風満帆だった。

 ある日店を訪れてきた少年と少女に会うまでは。

 マコト、キララと名乗ったその子供達は変わった衣服を身につけていた。しかし、少女のドレスの丈から一部の貴族ではやり始めた新しいドレスだと思った。

 垢抜けて、幼いながらも、教養がしっかりしているのが分かる。

 彼女たちはそれでも身分を隠しているつもりなのだろう。少し笑ってしまいそうになった。

 彼女たちが売りたいといった塩は、紛うことなく最高級品だ。入れ物も珍しく、それだけで貴族に喜ばれそうな気もした。

 塩を買えば二人とも繋ぎが出来、他の貴族とも良好な関係を気づけるかもしれない。

 そう思い塩を少し高めに買った。その売り上げで二人は何故か種や布、服を求めてきた。

 庶民の服を求めていったいどうするというのか。疑問を持ったがトンフを求めてきたので馬車で移動しているのだろう。もしかしたら、貴族の子だが、商人の適性を授かったのかもしれない。

 塩を売りながら行商の真似事をしているのかもしれない。なるほど上手い手だ。商人ならばあの塩を買う。その条件に布を買えと言うのなら多少高いくらいなら買うだろう。

 そんな事を思っていると、彼女達は店を持ちたいと言い出した。

 先程の布や洋服ももしかしたらそちらで転売するのかもしれない。

 他の村や町に移動して売るのならともかく、同じ街で売るというのは、あまり誉められた事ではないが、ここで機嫌を損ねられても困るので口にはしなかった。

 しかし、そんな私の考えはとんでもない勘違いだったのだ。

 二人が来た日から数日経ったある日、一人の少年が塩を売りに来た。

 二人の仲間らしい。彼が二人の言っていた代表者なのだろう。

 彼も塩を売り、そして、大量の布を購入したいと言った。

 それほどまでに布を買ってどうするというのか。疑問は浮かんだが、質問する程でもない。

 それよりも驚いたのは彼が差し出してきた『チラシ』なるものだった。

 これほどまでに薄い紙をどうやって作ったというのか。

 欲しい!

 まずそう思った。彼に幾らなら買うか問われた時、心が躍った。

 買える機会があるのかもしれないと。ここで安値を言うのは悪手だ。かといって、高値ではいけない。彼らが求める適正価格を見極めなくては。

 彼の望む答えが出せたかは分からないが『チラシ』を配る対価として、その紙の束を貰った。

 初めはそれに浮かれて『チラシ』の内容を見るのを忘れていたくらいだ。

 彼が帰り、興奮も少し落ち着いた頃、『チラシ』を改めて見て愕然とした。

 そこには商品とその値段がしっかりと書かれていた。これでは利益が少ないのではないだろうか。そう思っていると『チラシ』の右下に『当店は適正価格にて販売しております。値切り交渉は一切受けつけません』と書かれていた。そして、『一商品につき、お一人様5つまで』との文言に胆が冷える。

 行商の途中であれば数もそう多くないかもしれない。この紙だけでも、大量に仕入れたい。しかしこの『チラシ』に乗っている商品も未知なものが多い。

 特価と書かれた物に関していうと、開店記念とはいえ、暴挙と言えるほどの安値で売っていた。彼らが売るのであれば、塩と同じくらい品質が良い可能性がある。

 ここに乗っている物は全て買わなくては。砂糖にコショウとは。どれくらいの量があるのだろうか。部下に今すぐこの店に並ぶよう命令を出す。

 開店までに金も用意しなくてはいけない。一人五つまでという。全員で行きたい所だが、それをすると機嫌を損ねるかもしれない。買った物を運ぶ者も必要になる。

 十人程連れていき、一人は開店する頃に馬車を持ってきてもらおう。念のために一番大きな馬車を準備するとしよう。

 そう慌ただしく準備をしていると、何故か部下が戻ってきた。

「どうした?」

「徹夜で並ぶのは安全面からお断りしている、と」

「店の者に言われたのか?」

「はい」

 なんという事だ。他の者に先を越されてしまうかもしれない。

「夜が明けたら並んでも構わないとの事でした」

「ならば夜明け前に行動するぞ」

「はっ」

 焦る気持ちを抑えて私はその日を待った。

 彼らは本当に分け隔てなく『チラシ』を配っているようだった。『チラシ』には地図が乗っていて、この街に住むものであればどこに出来たかすぐに分かるくらいだった。

 こんな宣伝方法もあるのか、と唸ったが、これでは利益を出すことは難しいのではないか。そう彼らの事が心配になりもした。

 そして、開店の日。東の空が明るくなり始めた頃、私達は店へと走った。

 家には帰らず店に泊まり込んでの行動だ。

 同じような考えの者達が走ってくるのが見える。このままでは不味いかもしれない。と、焦ったが足の早い者が見事に店の扉の前を陣取った時、私は報賞金を与えようと心に固く誓った。

 私たち十名は見事に一番乗りとなった。

 油断していたらしい隣の店舗の者達が五番手、六番手と並んでくる。

 夜が明けてないんじゃないかとか文句も聞こえるが空は明るくなり始めているのだ。夜明けだと言い張れば、夜明けだ。

 部下たちには見慣れぬ物があれば制限数の五つまで買えと命令してある。その金も用意した。

 後は店が開くのを待つだけだ。

「……早すぎ……」

 横から声が聞こえて振り向くと、黒髪の少女がいた。

 眠たげでどこか不機嫌にも見える少女。

 彼女が軽く右手を上げると、地面から石の棒が突き出してきた。

 先端は丸い。

 そこに輪を作ってある縄をひっかけ、次の石棒を作り、反対の端をひっかける。

「ちょっと内側に寄って」

 そう部下たちに注文を付ける少女。部下が寄ると、また石の棒を作り縄をかけて道を作っていく。

 そうやって少女は時に列を折り曲げながら順路を作っていく。

 建物の周りの空間を上手く使い、列がない場所にも先に順路を作る。

 それを終えると列の後ろにいた者に看板を渡した。

 そこには『最後尾』と書かれていた。

「次の人が並んだら、この看板渡して」

 それだけを言って少女は店に入っていく。

 ……多くの者は言葉も出なかった。

 私もだ。

 少女は気づいているだろうか。

 自らがした画期的な行動を。

 襲名式が行われる商会では祝いの席にと、原価ギリギリで商品を売ることが多い。

 そうなると同じように行列が出来る。その行列を捌くために多くの人員が必要となる。

 それでも割り込みが行われるのだ。

 どこに並べばいいのかわからなかった。と言って。

 それによりケンカだって起こる。お祝いの席が台無しになる事だってある。

 それを上手くさばけて一人前だ。などというやっかみをいう人間だっている。

 だから私は自分の襲名式の時はかなりの人間を使って人の波を制したつもりだ。

 しかし、少女はどうだ?

 『行列入り口』と書かれた看板。そして『最後尾』の看板。そして決められた順路。この三つで、人員を不要とした。

 事実、後から来た者は、人がいないところは縄を乗り越えるなどをするものの、大人しく最後尾の後ろに並び渡された看板を持つ。やがて、来た次の人間にその看板が受け渡され、列が規則正しく伸びていく。流石にこれを「どこに並べばいいのか分からなかった」という者はいない。

 迷ってるやつがいれば、そこに入り口があると示せばいいだけだ。、

 通りが明るくなる頃には、少女が作った道が残り少なくなるくらいにまで人が並び始めた。それでもやはり行列は綺麗に並んでいる。

「おはようございます」

 扉が開いて、キララという名の少女が声をかけてきた。

 前に着ていた服とは違い、「創意工夫」と文字が描かれている青い上着に、黒の丈が膝くらいまでのズボンをはいていた。女性でズボンとは珍しいと思いつつ、機能的で良いなとも思った。

「おはようございます。みな楽しみにしていたのか、ずいぶんと列も長くなっていますね」

「みたいですね」

 キララという少女は頷いて順路の終わりに行くと、先ほどの少女と同じように地中から石の棒を出し、順路を作っていく。

 驚いた。どうやら彼女も魔法が使えるらしい。

「では。もうしばらくお待ちください」

 そう声をかけて彼女は店内に入っていく。それからどれくらい経っただろうか。

 店の扉が開き、女性が二人とマコトという名前の少年が出てきた。

「どうぞ。お店で売ってる『お茶』いうものの試飲さね」

 女性が小さな器に入れた飲み物を渡してくる。先頭から順番に渡されていくようだ。二十人程振る舞われた。

 水ではない。ほのかに暖かく、良い匂いがする。

 一口飲んで鼻を突き抜ける香りに愕然とし、味にも愕然とした。

 なんとすっきりとしたのど越し。それでいて心が落ち着くような香り。

 これも絶対に買いだ!

 部下に視線を向けると部下も『お茶』なるものを見て驚いていたようだったが、私の視線に気づくと大きく頷いた。

「飲み終わったんなら湯呑おいてくれさね」

 湯呑? ああ、この器か。

 二十人にしか振る舞われなかったのは、器が足りないからなのかもしれない。

 器を盆に乗せ気づく。この女性も色は違うが先ほどのキララと同じ服をつけていた。

「その服は?」

「制服さね」

「制服?」

「この店の従業員ってことさね」

 女性は楽しげに笑った。

 それを聞いて私は不覚にも、貴族の道楽は凄いと思ってしまった。

 どうやって色を着けているのか、どうやって文字を描いているのか、などと考えもしなかった。

 最初は五人からと私を一番手として、五名まで中に通された。

「いらっしゃいませ~」

 掛け声とともに中に通された。

 店内には物が溢れていた。売り物が並べられている事に驚く。

「……キララさん、これでは盗まれてしまいますが」

「あ、大丈夫です。盗めませんから。何か持って外に出ようとしてみてください」

 言われて手近にあったものを持ち店の外に出ようとしたが、いつの間にか壁でも出来たのか、扉を触る事も出来なかった。

 何かの魔法なのだろう。

「……なるほど。確かに盗難の心配もなさそうです」

 商品を戻し、彼女に向き直り告げる。

「ここにある全ての物をここにいる五人で制限数の五つまで買います」

「……わかりましたが、どうやって持って帰るんです?」

「もうすぐ馬車がきます。それに乗せたいと思います」

「……分かりました。とりあえず、このフロアにある物を全て五つって事で、計二十五個ですね。せっかくだから次のフロアにも寄ってみてください。その間にこちらも準備しますし」

 そういって彼女は隣の部屋へと続く入り口を示した。普通であれば、倉庫になる場所だが……。

 中に入ってみると、色とりどりの服が並んでいた。

「いらっしゃいませ~、さね。最初のお客さんさね」

「いらっしゃいだべ。男モンも女モンもそろってるべ。奥さんのお土産にいかがだべ?」

「……あいにく、独り身です……」

 店員の女性にそう返したが、怒りはこなかった。確かに、妻や恋人が居たら贈っただろう。

「一人、五着までだべ」

「試着するんだったら、こっちで試着出来るさね。試着する前にはこのボタンを押すと魔法が発動して綺麗になるさね」

「試着……。着て試せるのですか!?」

「そうさね。キララちゃん達は実際に着てみないと似合うか似合わないか分からないって言ってたさね」

「人には似あう色と似あわねぇ色があるそうだべ」

 その様な事、初めて聞いた。しかしこれも転売する事になるだろう。試着するわけには…………。

 ……………。

 ……………………。

「……一枚だけ、今日の褒賞として各自の物としていいです。好きなものを選びなさい」

 そう部下たちに告げると、彼らは子供の様に喜び、服を手にした。かくいう私も服を手にする。

 正直に言うと、自分自身、欲しかったのだ。多少高くても構わないと思うくらいには。

 しかし、値札も見て驚いた。普通の服の三倍しか違わない。

 ああ。これは買う。間違いなく人々は買う。

 今までの私はなんと愚かだったのだろう。

 順風満帆? 違う、怠惰なだけだ。

 ああ、あれも欲しい、これも欲しい。売るのがもったいない。自分用に欲しい。

 そうみんなが思っているのが分かる。私だってそうだ。

 今、目の前にこれだけのものが揃っているのだ。その中のたった五つなど…………。

「……全員もう一度並ぶ気がありますか?」

 そう尋ねると彼らは大きく頷いた。

「では、自分用に五着、選んでよろしい!」

 そういうとワッと彼らは声を上げた。

 私は甘いかもしれない。次に店に入った時には何も無いかもしれない。あったとしてもこれほどの素晴らしい出来ではないのかもしれない。

 それでも、この「買いたい」という意欲は抑えられない。

 ああ、次にくる五人にも同じことを知らせなくては。

 でも、まずはこの自分用の服を選んでからだ。

 全てはそれが終わってからだ。

 私はそう自分に言い訳し、綺麗な服を選んでいった。

 

 

 

 

 

 


昨年の旅行中、観光の名所で、たまたま行列に慣れている所と慣れていない所の二カ所を回りました。スタッフさんが行列に慣れてると、人員たった二人でいいんだって思いました。その前日には、行列に慣れてない所に行ったのですが、五人以上いても全然だめだめで、本当にどこが最後尾で、前に並んで進んでいたはずの自分達は今、どこの列に続けばいいんだ!? ってなってしまいました。

列が交差したり、先に進んだはずなのに、もう一度、戻らされかけたりと、色々ありました。割り込みしても分からないです。あれ。間違って後ろの列に並び直してても分からなかったでしょう。

そんな事を思い出して思わず、ネタとして書いてしまいました。

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