表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/27

第11話 全ての元凶

本日二つ目

【人族も魔族も生活にはそう大きく違いはありません。子供が生まれたら神殿へとお参りに行きます。神々からその子の適性を教えてもらうためです。魔力の適性が高いものは、年ごろになると、学校に向かい、魔法を習います。剣の適性が高いものは剣を習う。そう言ったものです】

 トモの周りにいくつかのマークが現れ回る。

 風や水、鍛冶や剣など、何を表しているか絵だけでなんとなく分かる。そういったものだ。

【多種多様な適性があり、それに合わせた学校に行ったり、または見習いとして一定期間働いてその適性を身につけていくのです。治癒能力や、水属性の回復魔法が使えるものは、卒業後、地元の村に帰り医者となりました。武術に長けた者は、騎士や傭兵などの仕事に付きました。商人には商人の適性、大工は大工の適性。適性とは才能です。一人一人がその職種の天才みたいなものです。それ故に、その適性を伸ばす事にはそう苦労はしません。練習は必要ではありましたが、挫折する事もなく、工夫するという事もほとんどありません。する必要がないからです】

 トモはそこで言葉を切って、もう一度頭を下げた。

 トモにとってどうしても謝りたい事かあったのだ。

【この世界の学校は、皆様が思うような学校ではありません。専門学校の方が近いです。そして、この世界の医者は、神殿に所属していない治癒能力者の事です。この世界に薬はありません。魔法を使わずに治すことが出来るとは思っていないからです。医者や御使い達が助けられない患者達は神の奇跡により助かっていたため、技術を高める必要もなく、進歩させる必要もありませんでした。人々は適性のある事だけをします。無いものを仕事とする事はありません。『やるだけ無駄』と考えているわけではないのです。『やる』という考えすら浮かびません。それ故というべきか……】

 トモは言葉を切り、少し困った表情を浮かべていた。

【ここ数百年技術は何も進んでいません。技術を高めていくのも神託を受けた時くらいです。神は現状の文明で人々がやっていけているので、出す必要も感じていませんでした。もうお気づきかもしれませんが、保存食と呼べるものは何もありません、発酵食品というのもありません。アルコールも熟した果実が勝手に発酵して酒になるだけです。腐敗と発酵の違いを知ろうとする者はいません。雪室に関しては昔、神が与えた知識を元に作られたものです】

 トモはちらりときららを見て、困った表情を見せた。

【裁縫の適性はあっても、デザインの適性というのはその存在そのものが無かったので、洋服のデザインというか作りはずっと長い間変わっていません。刺繍でも思いつく人がいたら良かったのでしょうが……。建築や家具などもそうです。戦争が始まっても、人々の考えは変わりませんでした。邪神が生まれても、何も変わっていません。変わったのは勇者や聖女が現れた時です。皆様と同じように、彼らにとっては普通にあったものを普及させました。勇者は贅沢を。そして優劣というほの暗い価値を多くの為政者に与えました。女達を着飾らせ始めたのも勇者です。なので、上流階級では多少なりともデザインの違うドレスが出回っておりますが、勇者の好み上、扇情的なものが多いです】

 見本として映し出されたドレスのイメージは古代エジプトのドレスといった印象で、胸元が強調されていたり、際どいスリットだったりした。横から見たら胸が半分見えているものある。

【聖女はすでに上げたコショウやそば粉のような物を発見し、それが食べられるものであると神殿を通じ広げました。大きさ的にいえば小指の第二関節くらいのものなので今までなら見向きもされてません。……前例があっても人々は他の物がそうであるという意識は向かないのです。そして……】

 トモは言葉を切り、ためらいを見せたがそれでも四人を真っ直ぐ見て告げる。

【貴族の何名かが邪神族と接触しています。もっとも邪神族は『学者』と名乗っているようですが。貴族達は勇者が持ち込んだ贅を楽しんだ者、そしてその子供で、考え方がより邪神族側になっています。昨日の村チプーラ村の領主もそうです。そしてあの村は取引の材料として、切り捨てられた村です。邪神族の心は読めません。姿を見ることも叶いません。声を聞き取る事も叶いません。しかし、話を持ちかけられた子達の心は読めます。昨日の接続を切るまでの状況であれば、私も知っております。彼らの取引の内容は、数名を残し、村を切り捨てるという形で見殺しにする事です。使える者は街に移動させ神々の祈りに、使えない者は邪神への供物として残せばいいと。そうすれば邪神は見逃してくれる。と。これが今、一部の貴族が取っている一番有効な政策だと彼らは本気で信じていました。そうする事で我らの神の力が戻ると。この場合の神が誰なのかは疑問の残る所ですが】

 邪神族側の学者が言った言葉であれば、邪神の力が増すという事だろう。しかしあながち、普通の神々に関しても間違いではない。人々の祈りが強い場所は、神の力も強くなるのだから。

 ただどちらがより強力に力が入るかといえば、邪神側だろう。

 生き残った者達は今度はいつ自分の番になるかと恐怖を覚えるのだから。

【……秋までに納める分の税を集めた所で、いくつかの村はさらなる重税を課される可能性もあります。彼らは否定するでしょうが、苦しむ民を見て、喜んでいるのです。自分とは違う、選ばれなかった者達の惨めさはなんと見苦しいものか。そして、選ばれた自分はなんと素晴らしいのか、と。彼らは邪神族に唆されててどんどん民を痛めつけていくと思われます。村への支援を続けるのであれば、どこかで対立すると思われます。その時領主達がどう対応するのか、私にも予想はつきません。……いえ、すみません。予想はつきます。選民思想に拍車がかかっているはずなので、ただの民が邪魔をしているのが許せないでしょう。自分よりも強い魔法の力を持っているのが許せないでしょう。未知なる知識が許せないでしょう。彼らは皆様を捕らえて処刑しようとするはずです。生かし、活用するという事はないと思われます。それだけの知恵も回りませんから。皆様を貴族との争い事に巻き込む事になるかもしれません。申し訳ございません】

 トモはまた頭を下げた。ずっと下げ続ける。

「……頭上げろよ、トモ」

 誠の言葉にトモはゆっくりと頭を上げた。四人の表情に怒りはない。むしろ、すっきりとすらしていた。

「一周回って呆れも怒りも何もかもが吹っ飛んでった気分だなァ、ボク」

「ある意味清々しい」

 ため息一つついただけで終わらせた奏太。ミチルも肩をすくめただけで終わった。

「こんなダメダメっ子ばっかりだったらいっそ、何してもいいかなっていう気になるね。卵とか含めて」

 きららも言ってふぅー、と長いため息をついて、核心を突く。

「一番、ダメなのは神様だと思うんだ、あたし」

「同意」

「これは流石にちょっと擁護できない」

「神様が居てくれたらって思う事はいっぱいあるし、神頼みは喜んでする方だけど、ここまでだと流石にどうかとは思うな」

 きらら、ミチル、奏太、誠の発言にトモは苦笑を一つする。

【もう一つ、話しておくべき事があります。その人物は唯一、神が関わらない、その彼の意志だけで、時代を大きく変化させた者です】

 ぱっとモニターが現れて映し出されたのは一人の青年だった。

 見目も悪くない。しかし、その目が死んでいるように宙を眺めていた。

【今とは違い天災など起きない世界です。災害が起こるのは巨大なモンスターが気まぐれにやってきた時だけ。それも何百年に一度人里近くに降りてくるかどうか、です。彼は王でした。しかし当時は王と言っても特に仕事はないのです。王と言うよりも、ただのまとめ役に近いものでした。彼は退屈でした。この世界には娯楽らしい娯楽はありません。だから彼はその退屈を紛らわせるために狩りをし、それを城の食事の材料とするくらいでした。王族は皆、神から強大なる力を授かっています。王が相手にするのは巨大なモンスター達なのでそれは当然でもありました。なので、狩りもすぐに彼の暇つぶしにはならなくなりました。そんなある日、彼は狩りの途中、小さな村を見つけました。人はモンスターよりも頭が回る。人はモンスターよりも強力な魔法を使う。そう思ってしまった彼は、狩りの対象をその村人にしました。人が人を襲うのは不味いので、モンスターに見えるように幻影の魔法をかけ、村を襲ったのです。襲われた人々にはその姿がモンスターではなく、魔族に映りました】

 ぱっと切り替わった姿は今日魔族を見た二人には魔族とは明らかに違う事は分かった。しかし魔族を見たことがない人であれば、人型というだけで魔族に見えるのかもしれないと納得も出来た。

【魔族が人族の村を襲ったとの情報は一気に世界中に回りました。人族は報復にと剣を取り、魔族は人族による謀だと剣を取りました。彼らは誰一人、神に問い合わせる事もなく、一気に開戦したのです。誰も彼もが驚喜していました。今までに無い事態に喜んでいたのです。そして同胞が死んでいくのを見て、悲しみ、憎しみを募らせ、戦はさらに激化しました。もはや理由など関係なく、互いの憎しみを晴らすだけの戦いでした。それを止めたのは邪神だったというのは皮肉ではありますが】

「それは確かに皮肉だね」

 奏太は唇を笑みの形に歪めた。

「つまり、娯楽も必要っと」

「普通、娯楽なんてものは勝手に生まれるって思うんだけどな……」

「生まれないのがこの世界」

「子供の頃は何して遊んでたんだろう。何もしてないって事はないよね?」

【おっかけっこしたり、あとは皆で集まって森に入って果物を取ってきたりでしょうか。自分が好きな物が食べられると割とこの遊びをしている子が多かったです】

「遊びじゃない」

「いや、確かにそういう遊びはあるぞ。子供だけで森の中を歩くってすっげぇ探検じゃん?」

「……なるほど、そう言われたらそうなのかも」

 誠の指摘にミチルはしばし考える。確かにそう言われてみるとそれはそれで大冒険として楽しそうだと。

「じゃあ、後は大人達ためのもの……かあ、なんか衣食住の話どころじゃないよねぇ。これ」

「つーか、たった四人でどうにか出来る問題でもないな、明らかに」

「食糧難に関しては神殿を通そう。というか、使おう。まだここには二人の御使いさん? がいるし。キマエルさんも居る。三人は実際に食べてるんだから反対もしないだろうし、神殿の手柄にすれば、それだけ神に祈りが増える」

「食事の方はそれでいいとして、村は? おっちゃん達は村に皆が帰ってくるの本当は心待ちにしてるっぽい雰囲気だったぜ?」

「でも、トモの話を聞くと、対策するだけ無駄って感じもするよ。引っ越しさせるなりし

た方がいいと思うな、ボクは」

「あっさりと頷くとも思えないけどな。どこにも行きたくないから残ってたんだろ? おっちゃん達」

「まあ……ね。神に見捨てられたってあんななるくらいなら、とっとと逃げればいいのに、とは思うけど……」

「それだけガキの頃から住んでた場所が好きなんだろ」

「じゃあ、説明してみたら? 領主が大勢の人達を助けるためにこの村を犠牲にしようとしてるって」

「きらら、お前、またあの人達に絶望させたいのかよ?」

「秋までに! 納税分の、もしくはそれよりも多くお金を貯めて、用意しとくの。それでもまだ足りないっていって、食料や狩りに必要な道具を持って行ってしまった時は、諦めて引っ越ししてもらおうよ。いきなり移動しろっていっても誠君の言うように無理だと思うし。でもそういう現実を見たらあたし達の言葉に納得して引っ越してくれるかもしれないでしょ?」

「それはそうだけど……」

「きらら、秋までに納税分の金って軽く言うけど、ボク達もそもそも金が無いんだよ。塩をちょっと売ったぐらいでは無理だし。塩をそれだけ売ったら値崩れして、他の所にも影響が出てくるよ。そもそも塩を売って得た金だと、村によっては何で得た金って説明できない」

「服飾や土器なら? 後は薬とか。もちろん村の人達に作って貰うの」

「……薬はやめておいた方がいいんじゃない?」

「……そう? だって薬も広めていかなきゃいけないんだよ?」

「そのレシピも領主に取られるよ」

「……それは嫌だぁ。止めよう」

 奏太の言葉に納得したときららは頷く。

「……トモ、私達が村の領土を買うって事は出来ない?」

 何かを思いついたのかミチルが尋ねる。

【無理です。ですが許可が下りれば領主同士の譲渡、売買は出来ます】

「なら、それを使って秋までに村をまともな領主に売って貰えればっ」

「きらら違う」

「え? 違うの?」

「その交渉をするのは秋の後」

「え!? なんで、秋の後!?」

「だって、村を指定して買おうとすると、その村に何かあるって言ってるようなもの。高く売りつけてくる。それよりは、収穫後のもはやどうしようもない、負債にしかならない土地を、馬鹿で騙しやすそうな領主に買って貰った方が得」

「……ミチルちゃんこわーい」

「いや、俺からしたらきららも時折かわんねーよ……」

「えー? ひどーい。ブーブー」

 抗議するきらら。誠ときららはとりあえず置いて奏太はミチルに確認を取る。

「ミチル、その馬鹿で騙しやすそうな領主ってのは、ボク達が騙すって事?」

「違う。協力して貰う領主にはきちんと説明する。それに必要な金も、その後の村の支援もこちらがする。ただ、そう見えた方が値上げ交渉もとくになくスムーズに売って貰えそうだって思っただけ。だってもう、売る側の領主に取ってはなんの価値もない場所だもの。何も知らずに買ってくなんて馬鹿なやつだなぁって思って貰えれば、腹の探り合いもされなくていいかなって思った」

【一人、その条件に当てはまりやすい者がいます】

 ミチルの言葉を後押しするようにトモが口添えをする。

「……分かった。実際にそれだけの金が貯められたら、取れる手段の一つとしてとっておこう。……で、実際に金策するとしたら、人手が足りません。村での作業指示、人材の育成、農法の指導、製薬の指導。ボク達だって食べなきゃならないからお金は必要だし、今日みたいに伝染病が発生したらいかなきゃならないし」

「医者の育成もしたいね。治癒魔法に頼らないやつも含めて」

「頼ってもいいんだけど、最終的には神頼みってのが不味いっていうか、技術が進歩してくれるのなら何の問題もないわけだし……」

「でも、適性がなくても好きな職業につける環境ってのはありと思うんだよね。治癒魔法は使えなくても薬を使えば医者になれるっていうのは有りじゃない?」

「そうだね。確かにね」

 頷いてしばらくして奏太は深いため息をついた。

「奏太、大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ。ちょっと色々考えてげっそりしただけ」

「あはは、俺はもうなんかどうにでもなれって気分で逆に吹っ切れたな」

「あたしも。本当にあたし達だけが頑張ってもこれは何の意味ないなって分かったし。それに、炊き出しは神殿のみなさんに任せようって思ったらちょっと吹っ切れた。ついでに農法も神殿の人達に教えて説明してもらおうよ」

「それをするにしても、彼らの移動方法がねェ……。すぐに世界中を回れるわけじゃないんだよねェ。それがどうしようかと……」

【あの、きららさま。神殿では炊き出しなどはした事ありません】

「ないんだ……」

【ただ、神殿では子らが持ってきた農作物を神に捧げたあと、希望する信者に持ち帰らせるという事をしていました。これもやっている所とやっていない所があるので知っている信者の方が少ないですが……】

「そっか、炊き出しとかは食べるのに困る人がいるからするわけで、本来だったら食に困らない世界だもんね」

「炊き出し用の道具がない?」

【はい】

 ミチルの質問にトモは頷く。

「じゃあ、それも必要か……。マコマコ、魔族領土には鍋ってきちんとしたのありそう?」

「あるんじゃないか? 普通の鍋はあったし。無くても作ってくれると思う」

「じゃあ発注よろしく、ソウソウ」

「ボクか」

「だってソウソウは顔が割れてる。マコマコは明日買い物。私は炊き出しの時に使う食器類を作る」

「割れてるって、悪事のように言わないでくれ……。分かった明日はボクが行くよ」

「あと、さっき言ってた移動、全員幌馬車にでも乗せて、私達が持って移動すればいい。二日、三日くらい滞在させて新しい食材の調理方法や、農法を教えて行けばいい。で、翌々日くらいに私がまた移動させる。これならみんなであちこち回るより効率が良い」

「効率は確かに良いかもしれんが……。選ばれた奴は悲惨だな」

「恨むならば神を恨め」

「なんかそれ、どっかで聞いた事あるセリフだなぁ~」

 腕を組み頭をひねり答えを探し当てようとする誠。

「幌馬車なのは、人を乗せるため?」

「それもあるし、食料を積まないといけない。あと、水は本人達に用意させる、適性があろうがなかろうが、それくらいは出来る。だよねトモ?」

【はい。派遣される人員も最少で二人でしょう。それならば可能だと思われます】

「御使いさん達も大変だァ……」

 反対する理由が何も浮かばなくて奏太はそれだけをぽつりと呟いた。

 その後、悪徳領主の村には、奪われても問題ないくらいの仕事を。協力を仰ぎたい領主や良い領主の村には長期的に利益を生むものを準備しようというところまで話が決まった所で奏太はキマエルを呼びに行く。

「キマエルさん、こちらの用件は終わったのでこっちに戻ってきてください」

「は、はい!」

 奏太の呼びかけにキマエルは興奮した様子でやってくる。

 そんなに締め出しが辛かったのだろうかとみんなが思った所でキマエルは興奮の理由を口にした。

「みなさん! 勇者が現れたそうです!」

 はつらつとした笑顔。子供が憧れのヒーローを見つけようなそんな顔。

 そんな顔を見ながらみんなの対応は実に淡泊だった。一切動じる事もなく、むしろ今この情報がくるのか。と思ったり、逆に、なぜ今くるのだろうか。通信機能がある何かがあるのだろうか。と考えたりもしたが、とりあえず、キマエルのように興奮することもなく、また、驚きのあまり墓穴を掘ることもなかった。

 余りにも静かな対応に、キマエルの熱も下がっていき、意気込みで上がっていた拳も落ちる。

「えっと、勇者……」

「あ、あー……ごめん。俺達別の場所で勇者が現れたって話聞いててさ」

「そ、そうでしたか。すみません、一人興奮してしまって」

 恥ずかしそうに笑った後、キマエルは何気なく尋ねた。

「それで、どうするんです?」

 投げかけられた質問の意味が分からず、四人はきょとんとし、キマエルはキマエルで四人がなぜそういう顔をしているのか分からないと言った様子だ。

「どう、とは?」

「ええ、ですからこれからみなさまはどうするのかと思いまして」

「どうもしませんが?」

 キマエルの言葉にきららが首を傾げながら答えた。

 勇者として活動する気はないので、きららとしては当然の答えだった。

「え?」

 しかしキマエルには予想外の言葉だったらしい。戸惑いと驚きを見て、奏太が思い出した。

「ああ、そういえば、キマエルさんは勇者のお手伝いがしたいんでしたっけ?」

「え?」

 奏太の言葉にキマエルは重大な間違いを犯している気分になり、冷や汗が出てきた。

「なら、弟子を止めて勇者様のお手伝いをしに行ってもかまいませんが」

 その言葉が決定的だった。

 勇者が召喚されたと聞いてキマエルは四人がそうではないかと思った。疑う事もしなかった。

 ただ神託がまだ下されていなかったから名乗りを上げていないだけだと思い込んだ。

 だから神託が降りた今、勇者として大体的に活動するのだと思っていた。

「ち、違います!」

 慌てて否定する。

「皆様が勇者なのだと勘違いしておりました。申し訳ございません」

 一度しっかりと頭を下げる。

「自分は皆様の弟子でいたいと思います!」

「そうですか? 別に無理はしなくてもいいですよ? ずっと勇者の手助けをするって頑張っていたんですよね?」

 奏太がさらに畳み込んでくる。

「いえ、多くの人を守るために、多くの人を助けるために、自分は皆様の弟子でありたいと思います」

「そうですか? 弟子であり続けるというのなら、ボク達は間違いなく、貴方に無精卵を食べさせますよ? もちろん、ヒナが生まれないとキマエルさんが納得した後になりますが」

「……あの、どうして、そこまでして卵を食べさせようとするんですか?」

 気合いややる気をへし折るような言葉にどうしても尋ねずにはいられなかった。

「栄養価が高いから、ですかね? あと、あれがあると料理も色々豊富に作れますので」

「……エイヨウカ?」

「ああ、えっと、体を作る上で必要なもの、でしょうか? 水を飲んでお腹を満たしたとしても、それをずっと数日続けていけば、体を壊します。弱っていきます。食べる事はお腹を満たすだけじゃなくて、色々な意味があるんですよ。実は」

「病気にかかりやすい人、かかりにくい人、の違いも食生活からきている可能性は十分にあるんだよぉー」

 きららがさらに付け足す。

「……そうなのですね。初めて知りました」

「こっちの国の人は知らない人多いみたいだから気にしない気にしない」

 きららが明るく言ってキマエルは頷いた。

「分かりました。今は納得できませんが、本当に、ムセイランとやらからヒナが生まれないのであれば、頑張って食してみようと思います」

「そう? 良かった。じゃあ、明日の予定は当初の予定通り、街に行って色々なものの買い出しなんだけど、キマエルさんって」

「あの、キララ師匠、キマエルでいいです。どうぞ、呼び捨てにしてください」

「そう? んー……じゃあ、呼び捨てで。師匠だしね。でね、キマエルって、神殿にある程度の発言力ってある?」

「……それは一体どういう意味でしょうか?」

「悪用しようってわけじゃないよ。言い方が悪くてごめんね。そうじゃなくて、今日お夕飯に食べてた食材を神殿関係者の方から食べられますよってお知らせして欲しいの。食べ方と一緒に」

「あ……それでしたら問題ないと思います」

「そう、良かった。で、それでね。いくつかの村に食料と共に御使いさんを派遣して貰いたいんだ。えっと、今の所六ヶ所かな? そこに二泊三日くらいで行ってもらいたいんだ。移動はね、ミチルちゃんが連れてってくれるらしいから。幌馬車にぃ、食料と人を乗せてぇ、空の旅へとレッツゴー! って感じで」

「…………か、過酷な修行になりますね……。大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫」

「と、本人は言っております」

「…………」

「で、こちらでも色々準備はするけど、人員と馬車はお願いしたいなって」

「はい、分かりました。それはいつまでに用意すれば」

「明後日」

「明後日!?」

 上ずった声がキマエルから飛び出る。

「大丈夫大丈夫~。最悪馬車じゃなくてもいいから~。人と物がセットで運べれば大丈夫だから~」

「全然大丈夫な気がしません。そもそも驚いたのは時間のなさです」

 疲れたように言って、それから大きく頷いた。

「分かりました。今すぐ連絡を取り、人員を確保して貰います」

「お願いねー。後、水の適性ってもってる?」

「いえ、持っておりません」

「そう。良かった。じゃあ、これからは飛ぶ魔法と浮く魔法と一緒に、飲み水を作る魔法も練習してね」

「あの、適性はないと」

「大丈夫。無くてもやれるから」

「いえ、適性がないと」

「大丈夫。簡単な水魔法なら適性なしでも魔力が多少ありでも作れるから。本当に魔力が無い人以外作れるから」

「し、しかし」

「実際に適性がないキマエルが作れるようになったらみんなも信用するでしょ? みんながみんな使えるようになったら水不足って解消できるんだよー」

 実際には人が生きていく分だけで農地まで回るかどうかは分からないが、少なくとも明日の不安がなくなれば神々の力も回復するだろう。

「……わかりました。師匠がそういうのであれば信じて練習いたします」

「はい、よろしくお願いします。あとの二人にも明日の朝、帰れるよう準備してもらえるよう伝言お願いします」

「わかりました。伝えておきます」

「じゃあ、今日はこれにて解散! おっふろー!」

 きららは嬉しそうに立ち上がって誠から大きな桶を受け取り女子部屋へと移動する。

 ミチルも上機嫌できららの後をついていく。

「ずいぶんと嬉しそうでしたね」

「まあ、昨日今日と疲れることばっかりだったしな。俺もさっさと入って寝たい。キマエルも入っていくか?」

「え? あー……そうですね。お邪魔します」

 一瞬断ろうとも思ったがこれも大事な交流だと、キマエルは頷いた。

「おっけ、おっけ」

 誠は目隠しにと先ほどのミチルと同じように土壁で入り口をふさぎ、常温のお湯を温める。

「クリーンアップ」

 三人の体を一気にきれいにする。

「功労者って事で誠、先に入っていいよ」

「マジ? サンキュー」

 誠は嬉しそうに服を脱ぎ、足場を作ると木桶の中に入っていく。

「やべー。きもちいー」

 ほーっと息を吐く誠。

「この木桶置いてく? それとも持ち歩く?」

「毎回作るのも大変だから持ち歩こうぜ。木って割と貴重らしいし」

「ああ、そういえばそうだったね。木を切る許可を取る方法も考えないとなぁ」

「木製にこだわって色々すんの?」

「木製にこだわってるんじゃなくて、間伐しないと、山崩れが起きるだろうなって思ったんだ。昔ならそんな災害なかったのかもしれないけど今なら普通にあるだろうし」

「あー……あるだろうなぁ」

 そんな二人の横でキマエルはじっと誠……というよりも桶を見ていた。

 キマエルにとっての風呂は、水に入るものや、タオルなどで汚れを落とすようなものだ。

 まず誠が使った魔法が何かは分からないが、汚れが落ちた。という感覚だけは分かる。

「……あの、師匠。自分、お湯のお風呂というのは入った事ないのですが……火傷とかしませんか?」

「あはは、そんな温度高くないって。まあ、でも入りすぎるとのぼせるけどなー」

 言いつつ誠は木桶から上がる。

「これ、中にも足場つくんねーとあぶねぇなぁ」

 残った材料で椅子替わりにもなる階段を作る。

「よし。入ってみなよ。気持ちいいぞー。あ、本来は体洗うとかなんとか色々手順はあるんだけど、さっきの魔法で綺麗にしてあるから気にせずどうぞ」

「はいっ!」

 キマエルは鎧や服を脱ぎ、初のお湯のお風呂へと入る。

 ほんの少し熱いだろうかと思ったがそれもすぐに気持ちよくなった。

 気づけば四人との間にあった壁のようなものがなくなっている気がしてキマエルは気持ちよくて、嬉しくて、笑顔になっていく。

「気持ちいですね! 師匠!」

「喜んでもらえて何よりですよっと」

 誠はそういって笑う。

 しかし、これ、確かに綺麗になったとはいえ、もう一度同じ洋服を着るってのはちょっと嫌だなぁ。といった会話を聞きながらキマエルは体がほぐれていく感覚を味わった。

 今日はすごく良い夢を見れそうだ。

 助けられないと思った村人達が助かり、それ以外にも多くの病気や怪我を治した。

 こんな良い日滅多にない。もしかしたら初めてかもしれない。そう思うくらいキマエルは幸せを感じていた。

 それは風呂から出ても持続していた。上機嫌で二人の御使いに明日以降の指示を出した時は少し変な顔されたが気にならなかった。幸せ気分のまま眠り、そして夢を見た。



<無精卵はヒナが生まれないので、食べても大丈夫よ~。頑張ってね~>




「…………」

 女神からのタイムリーすぎる神託。


「あの、女神様から無精卵は食べても大丈夫だという神託を受け取ったのですが、どういう事でしょう!?」

 朝、そう四人に聞かずにはいられなかった。


((((女神、余計な事を))))


 四人の言葉は綺麗に心の中で重なった。

 これではキマエルは実験に使えない上に、勇者だという疑いをさらにもたれる事になる。

「キマエルは、聖女の息子だもん。女神はずっと見守ってたんだね。良かったね」

 きららが即座にそんな嘘でごまかした。


 やっぱりすべての元凶は神々かもしれない。


 そう思わずにはいられない四人だった。

ちょっと長い説明回でした。すみません。お読み頂ありがとうございます。

次からはちょこっと違うかな?

内政チートっぽくなる……かなぁ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ