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第9話 魔王との謁見

いつもありがとうございます。

タイトルを付け始めて思う事は。

タイトル詐欺にならないといいな。です……。


「陛下! 勇者が現れました!」

 その第一報が入った時、彼はついに来たかと思った。

「そうかついに勇者が現れたか。我らも早く覚悟を決めねばな」

 魔王のその言葉に報告を上げた宰相は一瞬戸惑い、勘違いに気づく。

「陛下違います。魔族領土に勇者が現れたのです!」

「なんだと!?」

 これがこの日の最初の驚きだった。そして次々と不可解とも言える報告がもたらされる。

「ジャスミル川の水位が戻りつつあるそうです」

「山頂に雨が降ったのか?」

「いえ、確認しに行った所、そのような様子はないと」

「陛下! ロマ湖の水位も回復しているそうです。気づけば三割は回復していると」

「待て、昨日二割を切ったと報告が上がっていなかったか!?」

「陛下、クッル村に聖女のご子息が現れたと」

「シャン村だろ!?」

「いや、クッル村だ!」

「先ほど俺はシャン村に現れたと報告を受けたぞ!?」

「陛下、ティール川と、リラ湖も水位が回復しているとの報告がっています!」

「大変だ! 聖女の息子がタオ町に現れたらしいぞ!」

「「「はァ!?」」」

 もたらされる新しい情報に何名かが声をあげる。クッル村とシャン村は隣り合っているため、どちらかが間違っているという可能性もあるが、タオ町だと、その二村からもかなり離れている。馬車で行けば何日もかかる距離だ。

「……何が起こっている?」

 魔王はもはや理解が追い付かなくて茫然とそう口にするしかなかった。

「陛下。勇者の新しい情報が入りました」

「なんだ?」

「どうも勇者は一人ではなく、四人だそうです」

「なんだと!?」

 最初から誠が口にしていた情報が今、最新として届くあたり、現場の興奮ぶりが分かる。

「リーフタ村の者が勇者を案内してくるそうです」

「リーフタ村からならかなりの日数がかかるな。その間に勇者に何かあっては危険だ。我らが移動するとしよう」

「いえ、あの。空を飛んでくるから一時間半で着くとの知らせが入っておりますが……」

「空を飛ぶ? 勇者は有翼種族なのか?」

「人型の様です。魔法で空を飛べると」

「……それは、凄いな……」

 感動すら覚えたのは魔王だけではなかった。この場にいる全員が純粋に驚いている。

「では宴の準備を」

「かしこまりました」

 一礼して去っていく文官を見ながら魔王は深呼吸を繰り返す。

「……いかんな。緊張してきた」

「魔王様。そのような発言は他の者達がいる場所ではしないでくださいよ」

「分かっている」

 魔王は悠然と答えた。しかししばらくすると、どことなく挙動がおかしくなる。いや、魔王だけではなく、幹部達すべての動きがそわそわし始めてきた。

「ゆ、勇者というからには、強いのだろうか?」

「聖女の例もありますからね。一概にそうとは言えませんが……」

「空を飛ぶほどの魔法の力があるという事は、やはり強いのでは?」

「ひ、人型という事だが、我らを見て、嫌悪を浮かべないだろうか?」

「……浮かべないと願うしかないかと」

 まだ見ぬ勇者への願望と想像が飛び交う。

「ま、魔王様。ふと思ったんですけどぉ……。勇者様って、お肉が好きなんでしょうか? お魚が好きなんでしょうか?」

 女性幹部のその一言に、ハッと周りの視線が集まる。

「待て、菜食主義という可能性もあるぞ!?」

「いえ、蜜だけを吸う種族の可能性も!」

「イカン! 料理はどのタイプが来てもいいようにありとあらゆる物を用意せよ! 勇者の歓迎が終わった後しばらくは我らは絶食もやむなしとし、失礼のないように当たれ!」

「かしこまりました」

「これで一安心だろうか。ほかに何か忘れている事は……」

「はっ! 魔王様! ありました! 忘れている事! 勇者様に失礼があってはいけません! ぜひ今すぐ沐浴を!」

「も、沐浴か!?」

 一瞬怯んだ様子を見せる魔王。しかしその怯みなど無かったかのように女官たちが準備へと駆け出していく。

「……ゆ、勇者に失礼があってはいかんものな」

「いけませんね」

「う、うむ。い、行ってくる」

 どこか背中をすすけさせながら執務室を出ていく魔王。それを見送り、さて、情報の整理を。と幹部たちが顔を見合わせた所で女官長がにこやかに笑う。

「皆様。他人事のようにしておりますが、もちろん皆様もですよ。勇者に失礼あってはなりませんもの」

「「「「……う、うむ」」」」

 こくりと彼らは頷き、女官たちのもとに続いていった。後に残るのは、立ち会えない官吏達だ。

 彼らが残された情報の整理をせっせとし始めた。 




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ども。こんにちは。誠です。何故か俺は今から、一人、魔王との会うことになりました。

 なぜ? ホワイ? どうして?

 こんな事ならミチルと行く場所交換…………。いや、ミチルとはダメか。あいつだと危険かもしれない。

 しかしっ! だからと言って俺が魔王と会いたいかというと、もちろんそんなわけなくて!

 いや、きっとたぶん、どっちみち、そのうち、会う事になるのかもしれないけどさ。

 それでも、それでも一人で魔王と会うってのはちょっとねぇ? 何で? ってつっこみたくならねぇ!?

 魔王と名乗ってるけど、別に悪とかじゃなくて、種族的にそう呼ばれてるだけで実態は友好的なもんだからいいけど。いいけど。王様じゃん? 結局な所……。

 あれ? なんで? どうして? 俺一人、こんな所にいるわけ? って、なるわけで……。

 案内されるまま城の中を歩き、扉を一つくぐり抜けたら、赤い絨毯が敷いてあって、その左右には人が立ってて、絨毯の先はちょっとした舞台の様になってて、真ん中には椅子って、ん? あれ? ここって……。え……けんの……間? ものすっごく普通に通されたけど!

「お、おおおぉ!」

 内心焦る俺とは違い、椅子と扉との間にいた男性が俺を見て、ものスッゴイ笑顔で近づいて来た。

 ……あー。魔族がさ、獣人だって知って、密かに魔王は、ライオンだろうか。虎だろうか、もしかしたら象の獣人とか、と思ってたのだけど……。

 どうやら違ったらしい。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇  



「よく来てくださいました。勇者殿!」

 誠の手を取る男性。それはもちろん魔王だった。

(これは、竜人か?)

【はい】

 魔王には他の魔族たちと違って獣耳はなかった。耳は人と同じ位置にありその先が少しとんがっている。魔族達の耳がある頭部には二本の立派な角があった。

 手の甲から肘まで、それぞれの種族の体毛が手袋の様に生えているのも、魔王は、鱗だった。額にはまるで王冠のように、美しい翡翠の様な石が嵌っている。

 東洋の龍を擬人化した感じに見えた。

「えっと、誠です。初めまして魔王様」

「初めまして勇者殿! それで……失礼かもしれないが、勇者というのは……本当なのだろうか?」

「ええ。本当です。村でもやった方法で証明した方がいいですか?」

「いや、不要だ。勇者が我らの元に来てくれたという事がいまだに信じられなくてな。失礼であったな」

「あ、いえいえ。むしろ前の二人がこっちに来なくてすいませんっていうか」

「いや、最初の勇者は邪神族との戦いがあった故、距離が近い人族領の方が良かったであろう。聖女は戦う力もなかったという。旅に出るのも危険であったはずだ。仕方がないことだ」

「……そう言ってもらえると、助かります」

 受け答えに失礼がないようにと必死に心がけながら誠は喋る。魔王はその一言一言に感動しているようだが、緊張している誠はそれに気づいていないし、魔王は魔王で誠の緊張度合いに気づいていない。

 魔王も誠もいっぱいいっぱいの様だ。

「そ、それで、ですね。魔王様。俺達、四人でこっちの世界にやってきたんですが、人族領? の方では、勇者である事を隠して活動しようって事になってるんですよ」

「それは何故だ?」

「えっと、色々目をつけられないように、といいますか。何と言いますか。その方が人族領では自由に動けるのでは、と思ったので……」

「ふむ? よく分からぬのだが、勇者達には勇者達の考え方がある、という事か」

「は、はい。そう思っていただければと……。そ、それでですね、実は大変言い辛いのですが……」

 その言葉を聞いた瞬間、魔王の表情が曇り、握りしめている手に力が入る。周りの空気もピリピリとし始めた。

(なんで俺、昨日からこんな目に~)

 魔王がずっと握りしめている手が痛くなりつつある。帰る頃に右手が無くなってたらどうしよう。そう思いながらも誠は続きを口にする。

「俺達四人の活動方針は、皆様の生活向上を目指す事で、邪神族を倒すとか、邪神を滅ぼす、とかは考えてないんです。神様の力を復活させようっていう方向で動いて行こうって思ってまして、もし、皆様が俺達勇者と一緒に邪神族と戦いたいとか思っているのであれば、すみませんが、俺たちは力になれません。次回の勇者を期待してくださいとしか言えません」

 おっかなびっくりしながらも誠は言い切る。

 魔王はどことなく目を点にし、それからしばし考えて確認をする。

「その、セイカツコウジョウ? とやらには我ら魔族も入っているのか?」

「ええ、もちろんです。神様方からもぜひよろしくと言われてますし」

「っっ! おお! そうか。そうか!」

 またぎゅぅぎゅぅっと手を握り締められるが誠は痛みに耐えつつも笑顔を浮かべた。

 どれだけ勇者という存在が嬉しかったか、神が気にかけてくれていたという事が嬉しかったのかは、魔王の目に浮かんだ水滴を見ればわかる。だから野暮にならぬようにと誠は必死に笑顔を浮かべた。

「ええっと、それで、ほかのメンバーが、あちこちに水を運んだり、病気や怪我の治療をしに回ってるらしいんですけど」

「っ報告は受けてます!!」

 情報が錯乱していると思っていたが、他三人の勇者のおかげだったかと、思い当たり、それからもう一つ気づく。

「勇者殿のお仲間の一人は聖女殿のご子息なのですな」

「あ、違います。仲間の回復魔法を見て、ぜひとも弟子入りさせてくれって事でお試しで一月程弟子入りさせてるんです。ちなみに聖女の息子は俺達が勇者だって知らないですし、今の所知らせる気はないので、うっかり言ったりしないでくださいね」

 誠が何気なく言うと、魔王は何度も首を縦に振り、それから部下にアイコンタクトを送る。彼も心得たように頷いて、伝令をそっと走らせた。

「えっと、とりあえず、後は食料の方なんですが、実は皆さんが食べ物じゃないと思っているだけでわりと近場にゴロゴロ転がっている可能性がありまして」

 言いつつ、誠は空いている左手で、亜空間の入り口を開けて、ニンジンのようなものを取り出した。

「これ、分かります?」

「コレは?」

 魔王は首を傾げたが、何名かが見覚えがあるのか、驚いたように見入っていた。

「割と雑草扱いを受けているらしいのですが、この根っこの部分食べられます」

「「「えぇ!? 根っこが!?」」」

 村で見た反応とほとんど同じだなぁと誠は思いながら頷く。

「ただ、生ではなく、茹でたり焼いたりするなどして火を通してください」

 日本で売ってるニンジンであれば生で食べられたりするであろうが、これは少々灰汁が強くて生では食べにくいものらしい。

「ユデタリ?」

「あーっと、沸騰した水にこれを入れて柔らかくなるまで煮込む……。もしかして煮込むも分かりませんかね?」

「う。……その」

 しどろもどろになりつつある魔王に誠は理解する。

「すみません。あまり料理は得意ではありませんが実際にやってみせるので、どこか台所か、もしくは、火を使っても良い場所ってありますか?」

「い、今すぐ調理場へ」

「魔王様! 調理場は今、晩餐の準備中で……」

「あっ。ゆ、勇者殿、兵の訓練場などでもよろしいであろうか?」

 慌てて魔王は火を使える場所を思い出し、尋ねる。

「いいですよ」

 本当にどこでも誠はすぐに頷いて、一同は揃って移動し始める。

 その間、魔王はずっと誠の手を握り続けていて、どうしよう、この状況。と密かに誠は困っていた。

 せめて女王なら。と思うのは年頃故か、普通に男だから故か。




 料理するという事で、訓練場には簡易ではあるが、作業台が設けられ、火の魔道具と、そして、きちんとした鍋があった。

(あー……わりと、結構しっかりしてるなぁ……)

 昨日は見ることのできなかったこの世界の鍋を誠は日本のとどう違うだろうかと色んな角度から見てしまう。

「勇者殿、これでは駄目だったか?」

「あ、いえ、違います。この世界の鍋って初めて見たからどう違うかなって思わず見比べただけで……」

「勇者殿の世界と違いますか?」

「そうですね。一番大きな違いは取っ手が無いことですかね」

「取っ手ですか?」

「ええ、これって、穴に棒を通してそれで持ち運びしてるんですよね? 俺達の世界だと、左右に持ち手が最初からついてるんですよ」

「ほう、面白いですな」

「そうですね」

 そう答えて、誠は鍋に水を満たし、ほんの数秒で沸騰させる。火の魔道具の使い方が分からなかったので、まずはそこまで自分でする事にした。

 その何ともないように使われる無詠唱魔法に魔族の人達が驚いているのにも気づかず誠はまな板に野菜を置き、皮を剥こうとして包丁しかない事に気づき、苦い顔になる。

「……すみません、この包丁って割と高いものですよね」

「業物ではありますが、勇者殿に使っていただけるのなら、ぜひに、と」

「……えーっと、これは後で使うので、安物の果物ナイフとか、壊しても問題のないナイフというか刃物ってあります? サイズ的には小さくて全然問題ないのですが」

 誠の言葉にしばらく全員顔を見合わせる。壊していいような刃物は今ここにはない。魔王と幹部は帯剣すらしていなかった。

「兵舎に行けば剣がありますが、それでもいいのですか?」

「壊しても大丈夫であればそれで!」

 ほっとしたような誠の顔に戸惑いつつも兵士の一人が剣を取りに行き、幹部からの手渡しで誠の手に渡る。

「すいません、一応後で直すつもりではありますが、直せなかったら怖いんで」

 と、言いながら誠は剣の一部を錬金でピーラーに変え、使われなかった刃の大部分がそのまま、作業台の横に置かれる。

 何が起こったのか理解不能な周りを置いて、誠はピーラーで皮を剥いていく。その紙の様に薄く剥ける皮に幹部たちは声もなく誠の手元と剥かれていく皮を交互に見つめた。

 皮を剥き終え、誠は根菜をまな板の上に置くと、残していた刃の方に手を伸ばした。

「勇者殿!!」

 その手を魔王が止める。

「は……はい?」

 大音量の声にびびった誠が完全に体を硬直させ、魔王を見た。

「そ、その道具に大変興味がある故、剣に戻さず、そのまま頂けると非常に嬉しいのだが」

「あ、分かりました」

 あからさまにほっとしながら誠はピーラーを魔王に渡し、根菜を切り始める。

「えーっと、野菜を切りましたら、こうやって沸騰したお湯にいれぐつぐつ煮立つのを茹でるっていいます。今はお湯なので茹でるですが、お湯じゃなくて味がついた汁、スープとか出汁とかだったら茹でるじゃなくて煮込むになりますね」

「ほー」

「いろんな具材を入れて煮込むと具からいろんな味が出ておいしくなるんですけど、料理は俺が担当してないので、あまり詳しくはないです。柔らかくなるまで、ちょっと時間かかるので、その間にこの剥いた皮などの活用法を説明したいと思います。えっと、今までこういう生ごみっていうか皮とか種とかどうしてました?」

「まとめて焼いてます」

 答えたのは料理長だ。晩餐の準備はあるが、勇者が教える未知なる食材はここにいるどの魔族よりも彼が生かせるために同席させている。

「その時に残った灰は?」

「それは私の管轄ではないので……」

 料理長が言葉に詰まると別の文官が答える。

「焼却炉から出し、水で流して捨ててます」

「えー、では、燃やしている内容が、土に還るものであれば、その灰を畑に撒いて、土と混ぜてください。燃やさずそのまんま土に混ぜてもいいのですが、臭いがきつくなるのでその辺は注意が必要です」

「灰を土に混ぜるのは何か意味が?」

「えー、肥料を上げると、土が良くなり、その分作物が育ちやすくなると考えてもらえればいいと思います」

「おお!」

「灰にそんな効果がっ!」

「あ、あくまで、土に還る物ですよ。鉄とかなんとかよく分かんないものを入れたまんま燃やした灰は駄目ですからねー」

 この世界で何がどう有害になるか分からず、誠は燃やしては駄目なものも良い物も大まかに指定する。いっそ食べ物のみと指定してしまいたいが、木や紙、革や洋服などの灰は大丈夫だろうと思うと、やっぱり土に還る物という表現になった。

「今は神の加護が薄れているので、同じ畑に同じ物を植えるよりも、別の物を植えた方が育ちが良い可能性もあります」

 なるほど。と逐一感心する一同に、誠は必死に合ってますようにと祈る。大きく間違った場合はトモが指摘してくれるだろうと説明を続ける。

 やがて、根菜も茹で上がり、それを皿に移すと上から塩をかける。

「まあ、味付けらしい味付けをしていないので美味しくないとは思うのですが、こうやったら食べられますよっていう一例と思っていただければ」

 風を送り粗熱を取り、皿を魔王に差し出して、気づく。

「あ、毒見の人が先ですかね? あ、俺が毒見した方がいいのかな?」

「問題はない」

 皿を右往左往させる誠に魔王は笑い、ニンジンもどきを取り、パクリと口に入れた。

「……甘い?」

 意外だったのだろう。もう一つ口にして、甘い事を確認する。

「美味い。皆も食してみるといい」

 魔王の言葉に他の幹部たちもニンジンもどきやゴボウもどきを口に入れ、驚いた表情を浮かべる。

「肉入れて煮込むのも美味いらしいですよ」

「なるほど、早速皆に知らせます」

「これ以外にもいろいろ食べられるものってあるらしいので……」

 気安く、試してみてくださいね。とは言えず、誠は一瞬どもる。

(トモ、この周辺で食べられていない、食べ物ピックアップ)

【はい】

 誠の言葉にマップのあちこちに「!」マークが付く。

「実際にこの付近にもいろいろあるので、実物を見せながらどこが食べられるか説明しますね」

「「「ぜひ!!」」」

 誠の申し出に全員が力強く頷いた。





 潮騒の音が真っ暗闇の中に響く。

 ミチルは暗闇の中、明かりをつけることなく、亜空間の機能を色々と試していた。

 そこに奏太が近づいてきているのがマップから分かり、足元の籠の中で、鶏もどき達が眠っているのを邪魔しないように豆電球位の明かりを出して位置を知らせる。

 五分もしないうちに奏太はミチルの所にやってきた。

「お疲れ様、ミチル」

「迎え、ありがとう」

 籠の一つを奏太に渡し、空いている手同士を繋げて空へと舞う。

「まだ最初の街の堤防の修繕してないからそっちに連れてって。で、ソウソウはこれ持って、マコマコのとこ行って。繁殖、魔王領の所がいいっていうし。あと、魔石も持って行って」

「魔石?」

「マコマコにふ卵器作ってもらって」

「ああ、一番実物見てて、失敗なく作れそうだもんね」

「ん」

「ミチルは堤防、修繕するだけの力残ってる?」

「ん。大丈夫。回復していってるし。でも帰りはまたよろしく」

「はは、了解」

「きらっちは?」

「ボク達が今日最初に行った村、あっちで炊き出し中」

「そう」

「根菜はやっぱり意外だったみたいだねェ。何度も止められそうになってたよ」

「……根菜以外にもいろいろ食べて無いのありそう」

「そうだね。……なんか色々聞いてないだけで、いっぱい色んな問題ありそうで、ちょっと怖いんだよね……。トモに聞くのも」

 トモはトモの判断で情報を小出しにしている感がある。昨日のような隠匿ではなく、みんなの精神状態を考慮し、後回しに出来るものは後回しにしているといった感じだ。

「たぶん、みんなそう思ってる。そして、みんな割といっぱいいっぱい。私も」

 昨日も今日も人の命がかかっているのだ。精神適に焦りすり減るのは当たり前だと言えた。

「貰った後に気づいた。エサどうしよう」

 籠を軽く上げてミチルは少し後悔しているような表情を浮かべた。

 食べる物も無いと言われている集落で家畜なんて養えるわけがない、と。

「……肉にしたほうが良い?」

「いや、繁殖にしよう。卵は栄養価高いし。エサや食料はこまめに持って行けばきっと大丈夫だよ」

「……ソウソウは仲間には優しい」

 奏太の答えが、自分やきららが鶏を貰った時にとても喜んで居たためだとミチルはすぐに見抜く。

「ボクはそうするって決めたからね」

「マコマコとはよく話するといい」

「……ミチルは? 何とも思わないの?」

「人のために何かしたい。はあるけど、仲間を犠牲にしたいとも思わない。自分を犠牲にも無理。そこまで聖人君子じゃないと自覚している。助けられる所は助ける。そんな考え方だからソウソウには文句は言えない。言葉にしてる分、ソウソウは偉い。勇気がある」

「勇気か。あるかなァ、ボク」

「有る」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 そう言って弱々しく笑った奏太に、ミチルはにっこりと笑顔を向けた。

「大丈夫。奏太も間違ってない。誠も間違ってない。それで良いと思う」

「……ありがとう」

 素直に礼言うとミチルは今度はいたずらっこの様な笑みを見せた。もう気にするなと言っているような気がして奏太はそれ以上何も言わず、ミチルも何も言わなかった。

 しばらく飛んだ後、壊れていな方の堤防にミチルを置いて籠を二つ持って奏太は魔王城へと向かう。

(誠。今鶏もってそっちに向かってる)

(分かった。こっちは飼育小屋、つーか飼育部屋の用意はできてる)

(そう。分かった。後……)

 一瞬言い淀み、奏太はミチルから渡された魔石の話をする事にした。

(ミチルからふ卵器作ってって事で魔石渡されている。作ってくれるかい?)

(ああ。そうだな。分かった。作る)

(じゃあ、また近づいたら連絡するよ)

 どことなく会話を続けるの辛い気がして奏太は接続を切ろうとする。その居心地の悪さを誠もそれを感じていた。そしてそれの理由は分かっていた。

(奏太。仲間を大事にするために他人を犠牲にするっていう行動は理解できないけど、でもそんな方法もあるんだって考える事だけでもしておくのは、意味がある事なんだってのは、なんとなく分かった気がする。俺、馬鹿だからさ。気づくの遅れてごめん。わりと感情で突っ走る傾向があるけど。人を守りたいっていう思いのまんま行動してたとしても、それが全員に良い事じゃないもんな。みんなで幸せになりたいけど、みんなで幸せになろうってするのが大変だって知ってるつもりだし。人の数だけ正義も悪もあるって事も一応、知ってるつもりだ。悪かったよ。昼間は)

(……誠が謝る必要はないよ)

(いや、でも、謝りたいというか……。うーん。これって俺が自己満足で謝りたいだけなんだな。さらにごめん)

(いや、だから……。あー、いや謝罪は受け入れるよ。それで終わりにしよう。あまり引きずりたくないし)

(そうだな。色んな考え方をするために、神Aは俺たち四人を選んだんだろうし)

(そういや、みんなで相談して決めろっていってたものね)

(そうそう)

(それじゃあ俺はふ卵器作成に入るけど、夜の空を飛ぶのが怖いってのなら、このまま会話続けとくけど?)

(あー……居眠りしそうになったらまた声をかけるよ。あまり遅くなってもいけないし)

(おっけー。じゃあ、またな)

 ぶつりと接続が切れて、奏太はマップを拡大し、夜の空を慎重に飛んでいく。

 心の中にあったしこりが消えているのを感じる。小さく笑みを浮かべてスピードをさらに速める事に集中した。





 シスターや巫女の様に神に仕える者達をこの世界では御使いと呼ぶ。キマエルは共に巡礼していた御使い二人に今後の方針を告げていた。

 きらら達に弟子入りする事。とりあえずは一ヶ月と言われたが、一ヶ月後も四人の弟子でいる事。流石にその時には神殿所属から抜けるという事も話す。

「確かに彼女の回復魔法は素晴らしかったですが……。脱退してしまっては、多くの人達を救えなくなるのでは?」

「教徒を止めるわけではありませんし。そこは大丈夫でしょう。巡礼という形で回るのであれば、彼女達についていくのが一番だと、自分は今日知りました」

 空を飛ぶという怖い思いもしたが、それ以上の成果が有ったとキマエルは実感していた。

 一日に三か所の村を回るなど、そう出来る事ではない。移動時間の短縮というのは知っていたつもりだが、自分の認識はまだまだ甘かったと、悔やんだ程だ。そして、ずっと気になっていた魔族の様子も知れた。あれほどあっさりと魔族の村に行けたのだ。人族と魔族とのしがらみなど知らないというように。

「自分は絶対に彼女達の弟子になり、色々と学びたいと思います。貴方達を途中で放り出す事になりましたが、代わりの神殿騎士を回してもらうよう連絡は入れてあります」

「……決定ですか?」

「我儘で大変申し訳ないと思いますが、どうぞ、お許しください」

 キマエルは彼女達に頭を下げた。きらら達についていく。それが一番自分の理想に近いことが出来る。何度考えてもキマエルはそう思わずにはいられなかった。

「分かりました……」

 結局二人は折れるしかなかった。位的にもキマエルの方が上なのだ。ごねるわけにもいかなかったし、頭を下げさせるなんて事は本当はあってはならない事だった。

「ありがとうございます」

 とても嬉しそうなキマエルの顔が彼女達には辛いものだった。

「ただ、キマエル様、これだけは言わせてください。貴方様は聖女の子息なのです。その立場がどれ程のものか、どうかお忘れなきよう」

「ええ、もちろん。分かっています。母の名を汚すような事はしません」

「……信じております」

 御使いの二人は頭を下げ、神に祈る。これから先、彼に苦難が降りかからないように、と。

 そんなやり取りを遠くから盗み見・盗み聞きしていたきららは木陰に隠れたまま、夜空を見上げた。

(やっぱ、聖女の息子ってのは結構な威力あるんだ)

【はい】

(奏太君はあんな事言ってたけど、本当にやるかは謎だし、やるんだったら、それなりの事情があるんだろうし……。その辺はその時が来てみないとわからないだろうけど……。キマエルさん、一か月後も弟子で居る気、満々だよね)

 きららは奏太の考え方も誠の考え方も否定する気はなかった。臨機応変にその相手で対応を変えればいいだけだと思っていた。

【はい。今日一日で彼の考えはほぼ決まったと言っても過言ではないかと。あれだけの患者を癒す機会など、巡礼の最中ではそうありません】

(それにしても医者って全然いないんだね)

【昔はどの村にもおりました。魔族と人族が戦争を始める前は、になりますが】

(そうなんだ)

【はい。戦争が始まってからは前線に集められ、邪神が誕生してからは、その能力を持つ者が減ってきています】

(そうなの!?)

【毎年必ず下がっているわけではないのですが、全体的に見れば、治癒能力、水能力、土能力を持つ者は数が激減し、火能力、風能力を持つ者は増えていってます】

(火と風は増えてるの?)

【はい。能力者と一まとめにすると人口に対する割合はそう変わっておりませんが……。邪神が何かしらの影響を与えていると思います】

(どうして?)

【火魔法と風魔法は攻撃魔法がほとんどです。その分戦争が激化します。また土能力者が居れば、土に魔力を送るなどして収穫がある程度維持できます。水能力者がもう少し多ければ、ここまで干ばつ被害は大きくなりませんでした。後、一、二年、現状が続けば、水や土地を巡る争いが人族同士で起きる可能性が九割に達します】

(……それ、実は水面下では起きてたりしない?)

【いえ、さらに神の加護が弱くなると今は分かっているので、それは起こってはいません。ですがどの国も最終手段とし、防衛を含めた準備は密かに行われています】

(……そっか……)

 きららはため息をついた。

 つまり、一年以内に確実に何かしらの成果が目に分かる形で分からないと国のトップが開戦してしまう可能性もあるのかと、きららはため息をついた。

【すみません】

(え?)

【心労を増やしました】

(あー……でも、トモが悪いわけじゃないし……。確かに思ってた異世界ライフとはちょっと違うかな? って気もするけど……。でも、まあ、あたしは周りのみんなが呆れるほど脳天気な所もあるし、大丈夫大丈夫。明日にはストレスなんて無くなってるよ。寝ちゃうとほとんど忘れちゃうもん)

【ありがとうございます】

(気にしないで)

 とりあえずは、まだみんなに黙っておくべきかな? ときららは思いながら夜空を見上げた。

「……星きれー……」

 知っている星座は何一つないが、それでも瞬く光が織りなす夜空は美しく、深呼吸する度に、力がわいてくるようで。

「よしっ!」

 気合いを入れ直し、三人が戻ってくるまで、出来る事をしようと、きららは貸し出された部屋へと戻っていった。

 



ちょっとずつ見てくださってる方が増えて、嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。


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