Lv―― 猫人たち
「魔王さま、おっ茶でっすニャ!」
勢い良く扉を開き、猫人の「チビ」が執務室へお茶を運んできた。
「ん、そこに置いといてー」
心ここにあらずという体で、モニターから目を離さずに返答する魔王。
「さぁさぁ、お菓子をお持ちしましたニャ
テーブルでお三時にしますニャ」
次に、山盛りクッキーのお盆を器用に片手の肉球に乗せ、同じく猫人の「クロ」が続く。
ウーンソウネー、と未だ魔王は生返事だ。
「3人パーティにやられたやつを見に来たニャ」
最後にまたも猫人の「ムギ」が続いた。
ピタリと動きの止まる魔王。
「……うるさいわよ」
「聞こえてるニャニャいか」
「最初から聞いてたわよ
少しは配慮しなさいよね」
「差し入れに、返事のひとつもないやつにする配慮は無いニャ」
「ぐっ……」
悪びれずに言い放ち、ぴょこんと椅子に飛び乗った小麦色の毛の猫人。
そんないつものやり取りを、小さい方はハラハラ、黒い方はヤレヤレという雰囲気で見守る。
「さ、それではいただきましょうかニャ」
「みなで差し入れ楽しいニャ」
「でも、ムギっち、何も差し入れて無いニャン?」
「細かい話はいいのニャ」
◆◆◆
このニャンニャンうるさい闖入者たちは、猫人という特殊な種族だ。
「VRダンジョン」の中ではいわゆるNPCとして、ダンジョン内に出現する武器屋や道具屋の行商人という役割を担っている。
そして、先の「チビ」「クロ」はオリジナル、「ムギ」は次世代のユニーク・猫人であり、魔王の執務のサポート役として、ゲーム内外の実に様々な仕事を任されている。
ひとしきりお茶とお菓子を堪能した後、「クロ」がおもむろに口を開いた。
「魔王様、先ほどは何かお悩みになられていたのですかニャ?」
「んー、新ダンジョンが開放されるじゃない?
だからいっそ景気良く告知ページをバーン!とサイトに上げようかと思ったんだけど……」
「ほう」
「…お願いしてた制作会社と連絡が取れなくなってね……」
「ニャー」
ネットで完結する取引の場合、魔王が現実世界と直接やり取りを行うことがある。
ただし、この世界がAIたちに運営されていることは秘中の秘の事項であるため、日本国内の会社、特に「VRダンジョン」に興味を持って接してくるような会社には依頼しにくい。本来はいい関係を築くきっかけになるのであるが。
仕方なく、コミュニケーションを取りにくい国外の、かつ対価さえ払って貰えれば満足、といったあまり質の良くない会社に外注せざるを得なくなり、こういった事態がまま発生する。
「流石にもう間に合わないわね
今回はブログをアップして終わりにするわ」
はぁ、と溜息をついてボーッと猫たちの顔を見る魔王。
「気を落とさないで下さいニャ」
「ありがとう、でも平気よ」
明るい笑みを浮かべ、魔王は言う。
「次からあんたたちに任せるから」
「「「ニ”ャッ!?」」」
と、このように、様々な仕事をする魔王のお付きとして、猫人たちも色々な仕事が振られる。
またそれは、最も忙しい魔王の次に忙しい、ということでもある。
◆◆◆
「今日も疲れたニャー」
「新ダンジョンが落ち着くまでは、やるべきことがたくさんありますニャ」
「あ”ー、疲れた……
わしはもう寝るニャ! さらばニャー!」
「ムギ」はトテトテと、ふたりを置いて自分の部屋まで駆けて行く。
「おーつかーれーニャー!」
「お疲れ様ですニャ」
残されたふたりは、その後ろ姿を見送りながら、ゆっくりと歩き出す。
「ムギっち、文句ばっかり言ってるけど、凄く真面目ニャ?」
「その上、とびきり優秀な方ですニャ
ご協力いただける次世代の方は少ない中で、ありがたいことですニャ」
オリジナルのユニークたちは、生まれながらにして魔王に忠誠を誓っているため、対価に関わらず積極的に仕事に参加するが、次世代たちにそのような性質はない。
一応、仕事に従事するものに対しては、給料として通貨である「ゴールド」が与えられるのだが、衣・食・住のほとんどが低コストで賄えるこの世界では、現実世界ほどの価値はない。
それなら、日々気ままに過ごした方がいい、という考えるものが大半である。
「なんで手伝ってくれるニャんね?」
「ふうむ、『暇だから』と言っておりましたが……
時に、我々より熱心だと感じることもありますニャ」
◆◆◆
自室に到着すると、歯だけ磨いてベッドに潜り込む。お風呂は明日にしよう。
眠い、眠い、猫から眠りを取り上げるなんて、あの女はひどいやつだ。
猫はな、眠るのが仕事なんだぞ。
何を頑張って働いているんだか!
今は好調な「VRダンジョン」だが、それが今後も続くかはわからない。
なんだかんだでユーザーは飽きっぽい、同年にサービスインしたVRMMOのタイトルの中で、今もサービスが継続しているのは既に数タイトルしかない。
それは当然のことだ、古きは新しきに淘汰されるという、新陳代謝を繰り返して進歩するのが、健康的な文化というものだ。
しかし、「VRダンジョン」がユーザーから見放された時、それは「この世界」が消滅する時だ。
そして、その事実を誰よりも理解し、重圧と戦っているのが魔王なのだ。
ここに未練はない。
特に消えたいとも思わないけど、無くなるのならそれでもいい。
でも、そんなものを、大事に大事に守っているあの不器用な女のために、少しくらいは手伝ってやってもいいと思う。
……少しだけだけならな!
今日は寒い。彼女は布団に潜り体を丸める。
程なくして、中からスースーと平和な寝息が聞こえてきた。