Lv78 ケンゴウ
「長、入るぞ。」
東地区長の執務室の扉が不躾に開かれて、一人のゴブリンが入ってきた。
姿形は雑魚の代表であるゴブリンだが、目付きは鋭く、腰には刀を差している。
もし、「魔物知識」のスキルで彼を視たなら、名前の前にユニークであることを示す「★」が入っていることを確認できることだろう。
彼の名前は「ケンゴウ」、種族はゴブリンで職業は剣士、Lv78相当のユニーク・モンスターだ。
自分よりLvが高いパーティだけを選んで勝負を挑む性質があり、弱いモンスターが多い東地区において、上級プレイヤーが最も気をつけるべきモンスターと言われている。
「早速だが本件だ。昨晩、魔王様が倒された。」
東地区長は簡潔に要件を述べ、反応を待つ。
「ふん、そろそろだとは思ってたが、早かったな。」
と、「ケンゴウ」はさもありなんという顔で了解の意を示す。
リアクションを期待していた東地区長のガッカリ顔をひと睨みし、表情で続きを促す。
「西はもちろん、北と南のメンバーは、新ダンジョンの突貫工事に掛り切りになる。そこで東地区は、その間『侵攻イベント』を発動し、ユーザーたちの目をなるべく奥から離すことになった。」
「ケンゴウ」の顔が少し曇る。
勝負は望むところだが、ユーザーを楽しませるような立ち回りは苦手なのだ。
「お前はいつもどおりでいいぞ?」
と、表情の変化を察した東地区長が、補足する。
気のせいか、してやったりという顔をしているようにみえる。くそ、性格悪い。
その後、実務的なやり取りをして、「ケンゴウ」は執務室から出る。
「魔王のアホも流石に堪えただろう」
帰り道、長の前では流石に控えた言葉を、ひとり口にする。
魔王が倒されるのは予測がついていた、あるプレイヤーが西地区まで到達しているのを知っていたからだ。
「VRダンジョン」における「Lv」の定義は、モブモンスターの場合は1対1で戦った時の目安のレベルを示すが、ユニーク・モンスターの場合は、パーティメンバー上限数である6人を揃えた時の平均レベルの目安を示す。
つまり、奴ひとりで少なくともLv78パーティと同等の戦力ということだ。
加えて仲間が居たなら、あの「オリジナル」の魔王相手なら負ける道理が無い。
俺のように、何かの拍子でふわふわと自我が芽生え、成長してユニークになったものを「次世代」、魔王や各地区長のようにチーフから自我を与えられ、ユニークとして設定されたものを「オリジナル」という。
「オリジナル」の奴らは共通して社畜根性というか、「ユーザーを第一に考える」という意識を持っていて、負けることも死ぬこともあまり気にしない。
今回のことも、ユーザーに楽しんで貰えたらいい、とか言い出すかもしれん。
彼は「くそが」と小さくつぶやき、昔を思う。
◆◆◆
ある瞬間、俺はハッキリと意識を持った。
それまでの、突然生まれたこと、生き死にを繰り返していること、という経緯もおぼろげながらに認識できていた。
ふと気付くと、手には一枚の封筒が握られており、その中には長の居場所までの地図が入っていた。
差出人名は「チーフ」と書いてあった、記憶に無い名前だ。
さぁ、大冒険の始まりだ。
自慢じゃないが、最初はLv1で、武器は錆びた短剣だけだった。
大抵のモンスターは非友好的というか、餌を見る目で襲いかかって来る。
プレイヤーたちも、変な場所に湧いているゴブリンに興味があるのか、積極的に攻撃してくる。
オーガの棍棒につぶされたり、魔法使いの雷撃に貫かれたり、何度も死に戻りを繰り返しながら、ようやく辿り着いた長の部屋で、俺はこの世界の成り立ちを知った。
それからも楽ではなかった、なんせ最弱クラスのゴブリンがベースだ。
それなりにこの世界を生き抜いて来たという自負がある。
仲間には、死に伴う喪失感、あの徐々に精神が溶け出すようなくそったれた感覚の中で自我を保てず、リスポーンできなかった奴らも数多く居る。
一方で、「オリジナル」は死に戻りが保障されているのか、消滅したものを見たことがない。
例えば、定期的にレイドボスとして湧いている各地区長の中に、消滅したものはまだ居ない。
だから、それだけが理由かはわからないが、死に対する緊張感がまるで違う。
昔、「プレイヤーに最初に倒される、地上の森林のボスをやってくれ」と長に言われた時には耳を疑った。
当然ブチ切れると、長はびっくりした顔をして、それから「なるほど、そういうことか」とつぶやいた後、「今のは忘れてくれ」と俺に詫びた。
その顔は、何故かとても寂しそうに見えた。
今では、喪失感への対応も訓練で克服できることが証明されているし、生まれたての「次世代」を保護する仕組みも整っているので、かつてほどの緊張感は無い。
「次世代」の中にも、「ユーザー第一」を考える奴らが増えてきてる。
◆◆◆
自宅に近づいて来た、不意打ちを懸念して暗がりに身を隠しながら、高い「索敵」と「追跡」スキルを駆使し、慎重に進む。
プレイヤーはこちらの都合はお構いなしだ。
不意打ちや罠は当たり前、複数パーティで波状攻撃を仕掛けてきたり、チートだと言いたいような自己強化薬を用意してくることもある。
だから俺も、基本的に手段は選ばない。
それが、それだからこそいいのだろう?
襲撃が無いことを確認し、「ケンゴウ」は自宅の洞窟に近付く。
替わりにというか、ひとりの剣士がその前で無防備に剣を振り暇を潰している。
にじみ出る凶暴な笑み、警告替わりに唸り声を上げる。
剣士も、雄叫びでそれに答える。
剣戟の音は、いつまでも鳴り止まなかった。