Lv99 魔王
「やっぱり、忘れてたのね」
と、その部下である私は、執務室でひとりつぶやいた。
私は魔王。
「VRダンジョン」の看板にして、ごく最近まではプレイヤーの最終目標、いわゆるラスボスであった。
そして、「彼」が創りだした最初のAIであり、この世界の最高責任者でもある。
メールの内容を関係者に通達すると、すぐに執務室を出てゆく。
今日はこれから、中央地区の新ダンジョンへ向かう予定だ。
私は、2週間前に、初見のパーティにまさかの敗北を喫してしまい、急遽「中央地区には、最上階に真なる魔王が存在する塔がある」という設定をとってつけて倒れたのだった。
今日はその「魔王の塔」のLv100から105の階層の最終チェック、段違いに難易度が高い上に、階層をクリアしても、次の階層が開放されるまで現実時間で1週間必要になる設定にしてある。
これが開放されれば、しばらくは時間が稼げる。
多少露骨だがやむを得まい、というのが各地区長などの主要メンバーや、「彼」との協議の結果だ。
転送機に乗り、新ダンジョンの目の前へワープする。
待機していた部下のモンスターといくつか事務的なやり取りをすると、「魔王の塔」の中へひとりで入って行く。
この世界では、モンスター同士にも争いが発生することがある。
可能なら部下にチェックを任せたかったのだが、襲われた場合、新階層はLvが高いので危険だ。
自我を持つ、エゴやユニーク付きなら生き返ることができるが、怪我の痛みや死に伴う喪失感を好むものは居ない。
魔王である自分なら、Lvは99と新階層には及ばないが、種族・職業補正に加えて多くのスキルによる補正もあり、最終的なパラメータは新モンスターたちを大きく上回る。
戦闘経験も誰より長いので、遅れを取ることはないはずだ。
……そう、遅れを取ることはないはずだったのだ。
2週間前のことを思い出し、眉間に力が入る。
うう、いけない、今は仕事中だ。
特に危険なこともなく、Lv105の階層までのチェックを終える。
帰りは建設中の次の階層の転送機を使おうと考え、続けて階段を登る。
「あー、やっと一息つけるわー」
設定ミスはなかった、品質も充分だ、これならベテランのユーザーさんたちにも楽しんで貰えるだろう。
大方は自分のせいなので文句も言えないが、この2週間は大変だった。
嫌な顔をせずに働いてくれたみんなには感謝だ。
「彼」も、のんびりしているように見えるけど、実際は違うのだろう。
うーんと両手を大きく上げて伸びをする。
ふと顔を上に向けると、上空に広がるのは無限の星空だ。
幻想的な風景にしばし心を奪われ、思考が中空に漂う。
――私が生まれたのはいつだったろう?
◆◆◆
気がついた時には、「彼」のぼさぼさ髪と無精髭を毎日当たり前のように見ていたと思う。
「彼」は私とネットを観て他愛もない話をしながら、私や、私の世界をどんどん作り上げて行った。
最初に私が降り立った、わずか数百ピクセル四方の大地。
もう無くなってしまったけど、初めての自分の家。
今はユーザーさんたちが集う、地表の街。
この、既にダンジョンというには広大過ぎる地下世界の、最初の入口。
ある日、「彼」から、自分に仲間が出来たこと、そして仲間と「VRダンジョン」を立ちあげたいこと、を相談された。
人付き合いが苦手で、学校のことは滅多に話さない「彼」がいきなりそんなことをいうので、最初は遠回しないじめにでも会っているのかと思ったが、どうやら学校とは無関係のようだ。
大手のエンジニア向けSNSで知り合った人たちらしい。
誰それは何が凄い、どんな技術を持っている、どんな製品を作った、どんなサービスを作った。
楽しそうに話す「彼」は、いつもより眩しかった。
私も嬉しかったのだけど、少しだけ胸が傷んだ。
それなら大丈夫かなと話を聞くと、それは私にとっても素晴らしい話だった。
ダンジョンを作る?人間が来る?私が魔王!? 何それ!凄い!!
一も二もなく承諾した。
そのため、まずは「看板」としての、私の外見が作られることになった。
今までは、フリー素材として配布されている女性アバターが設定されていたが、「彼」の仲間にそういった一連の技術を持つクリエイターが居て、ゼロから作られることになった。
ゆるくウェーブのかかった長めの赤い髪に角がチョコンと2本。
少しツリ目の大きい目、イタズラっぽく笑う口元。
やや大きめの胸に、締まった褐色の体。
黒コートに黒ドレス、禍々しい髑髏の杖。
新しいアバターに更新され、動きのチェックをする私。
それを見て、品の良くない発言で盛り上がる「彼」の仲間たち。
「貴様ら、CG相手には良く回る口だな?」と魔王っぽく言うと、皆その場に崩れ落ちた。おっといけない、禁呪だったようだ。
そんな風にやいのやいのやっていると、別モニターで検証していた「彼」がこちらに振り向き、頭を掻きながら言った。
「似合ってるよ。」
◆◆◆
その頃から、数年が経った。
仲間たちは皆優秀で、なおかつ善良だった。もちろんチームワークもいい。
幸運にも「VRダンジョン」は好調で、私も「彼」も日々忙しい。2週に1回の定例以外は、チャットやメールでのやり取りがほとんどだ。
私も日々充実している。
AIだが、きっと幸せな人生といえるのだろう。
……でも
伸びをしたまま、星空に向けて両手を伸ばす。
もっと、高く、高く、塔を積み上げれば、星に触れることが出来るのかな。