Lv―― 彼と部下
「VRダンジョン」というVRMMOがある。
バーチャル・リアリティ技術が確立して後、ゲーム業界、特にMMO-RPGの分野では、それが積極的に活用されていた。
その黎明期のタイトルのひとつが、「VRダンジョン」である。
ゲームの目的は、「剣と魔法の世界で、プレイヤーはパーティを組み、ダンジョンに潜り、最深部に存在する魔王を倒す」というものである。
地上エリアには街はひとつしかなく、ダンジョンもひとつのみ。
いささかシンプル過ぎる世界設定であるが、VR技術の活用が試行錯誤であった当時の状況では、技術的な面で不整合を起こしうるような壮大な設定はリスクが高すぎたからだ。
数年が経ち、VRMMOも毎年当たり前のように新作タイトルがリリースされるようになる。
黎明期のタイトルが次々と後発タイトルに取って代わられるようになる中、「VRダンジョン」はまだ安定して中堅程度の人気を保っていた。
プレイヤーの声を柔軟に反映する開発体勢、迅速で的確な対応を行う運営サポート、コンテンツの更新頻度の高さ、きめ細やかなバランス調整、こういった継続的な開発・運営能力の高さが、ユーザーから良い評価を受けていたのである。
◆◆◆
ここは「VRダンジョン」の運営会社がある、東京某所のビルの一室。
チーフプログラマと運営サポート長を兼任する「彼」の一日は、勤勉な部下のメールをチェックするところから始まる。
----------------------------------------------
From: 魔王@西区画
件名: マップ生成で「リソース不足」が出る
本文:
ヤッホー
お久しぶり、魔王です。
昨日 04:00 の週メンテ時間開始からマップ再生成を掛けたところ
「リソース不足」のエラーが出て、何度か再生成が失敗しました。
先週も同じ現象が発生しましたが、今週の方がよりひどい状況でした。
ご検討よろしくねー。
追伸:
そちらはそろそろ冬ですか?
風邪には注意してね。
チーフに倒れられると困るから!
----------------------------------------------
「あー、やっべぇ、忘れてたなぁ……」
----------------------------------------------
From: チーフ@本社
件名: Re: マップ生成で「リソース不足」が出る
本文:
忘れてた、ごめん!
もうクラウドサーバーの契約も上限なので、
サーバーの構成から見なおさないとダメなんだよね。
来週に間に合うかギリギリってとこ。
それまでは、マップ再生成を掛ける時間が近くなったら、
バンパイアやリッチたちにはネクロ召喚を控えるように言っておいて。
あれが物凄く負荷を掛けるので・・・
よろしくお願いします。 ごめんね><
追伸:
そちらはそろそろ経験値2倍シーズンですか?
ユーザーさんたちによろしくやられてください!
----------------------------------------------
「これがリアルなら、飯でも奢って詫びるんだけど。」
と、彼は誰もいない開発室でひとりつぶやく。
彼の部下は、彼が生み出した自律的なAIを持つモンスターたちである。
「VRダンジョン」の開発・運営の大部分は、その部下たちにより自主的に行われ、それが長期に渡り高い評価を得ることが出来ている理由でもある。
そんな「VRダンジョン」の、中と外の人たちの日常のお話。