求婚者
「ハル! また授業さぼったな!」
ポカンッ! と額に衝撃。せっかく、寮のベッドで気持ち良く昼寝をしていたというのに……!
「いいんだよ、あれは出なくても。試験日だけ忘れず受けさえすれば大丈夫なんだって、散々説明したよな、ディアス」
どうして理解できないかなあ?
こいつは、俺が預けられた全寮制魔法学校のルームメイト。ここでの最初の友人だ。人が良さそうなのを見込んで、世話係りに任命したのは間違いだった。
「試験が楽勝だからって、授業に出ないなんていう勝手は、学校という集団生活をしていく上で周りに悪影響だと言ってるだろ」
とにかく、口うるさい。
「先生の許可は取ってる」
な、文句ないだろ?
「先生の許可があっても、僕は許さない」
はあ?! 何でお前の許可が必要なんだよ?!
「ディアス、いい加減にしろよ! 俺に指図するな!」
「指図しているわけじゃない。友人として、ハルを心配して助言してるんだ」
「心配? 何で?」
「……に目を付けられると厄介なことになる」
ん? 誰だって? 深刻ぶって、声のトーン落とすなよ。
「怖い先輩でもいるのか?」
俺、教師言い負かして、授業免除もらったからなあ。上級生に生意気な転入生として目を付けられることも、あり得なくはない。知識だけなら大魔術師の俺に敵う者は、そうはいないだろうが、実戦ときたら俺に勝る者だらけだ。
「怖いというか……彼女は、」
ディアスの言葉が真相を告げる前に、当の本人が現れた。ノックも無しに、彼女は突然部屋へ入って来た。
「いい物件があるって聞いたんだけど……あなたがハル?」
うん。これは厄介なのが来た。
「タ、ターシャ。ハルは、君の取り巻きに加われるような器ではないと思うよ」
取り巻き? うん。この容姿なら、いっぱいいそうだ。しかし、ディアスの進言どおり、俺には荷が重いな。
「そうかもね。でも、それを決めるのは、あたしよ。ねえ、ハル。あなたがあたしの伴侶に相応しいかどうか、試させてくれない?」
この申し出を断れる男はそういないだろう。魅力的な異性だから恋に落ちるとか以前に、強力な呪縛眼に逆らえない。
「無理。俺、生涯独身だから」
でも、俺は例外。
「!?」
あ、驚いてる。で、ちょっとムッとした。表情が可愛いなこいつ。あれだな、普通の女子なら、惚れてたな。残念。
「俺さ、竜族とは関わりたくないんだ。ごめん」
竜族には苦労かけられっぱなしだったからな。じじいが。
「ちょっと……!あなた何者⁈」
唐突に胸ぐらを掴まれる。
うっ……。 この締め付け……女の子の力じゃないな。
「ターシャ⁈ 」
驚いたディアスが無謀にも止めに入ろうとする。
ばか、死ぬ気か⁈
口うるさくとも、唯一の友人を見殺しにするわけにはいかない。
「優位は我にあり。我が眼前に膝を折れ」
俺は、万が一のためにと仕掛けておいた魔術を発動させた。
例外なく、俺以外は跪く。この部屋限定だけど。
「嫌っ! 何なのこの力⁈」
「ハル⁈ こ、これは、 君の仕業か⁈」
「ああ、この程度の魔術でもキツいなあ。胃にくる。吐くかも……」
立ってる勝者の俺が1番ダメージって……。早く丈夫な身体が欲しい。
「ディアス、ちょっとの間ごめんな。無理に立とうとすると押さえつけくるから、話つくまで無抵抗に転んでてくれる? 」
困惑顔のディアスが、無言で頷く。
「で、その、ターシャだっけ? お前、竜族と人の混血みたいだけど、その馬鹿力ちゃんと制御しろよ。俺じゃなかったら、今頃、三途の川渡ってるとこだぞ」
「何よ、随分あたしの事分かった口ぶりだけど、あなた、兄様が付けた監視役? 」
「いや、兄様とか関係ないし」
さらに竜族を登場させるのはやめてくれ。天敵なんだよ、まじで。
「嘘。あなた兄様の息がかかった竜族でしょ。でなきゃあたしが魔術で屈するなんて、おかしいわ」
「まあ、世の中には例外ってものがあるんだよ」
「本当に? 竜族じゃないのね」
「ああ。竜族でも監視役でもない。お前とは何の接点もない。だからさ、今後、俺に関わらないって約束できれば縛りを解いてやるけど?」
頼むから大人しく要求を呑んでくれ。
「だめ。約束はできない」
しまった! また扱いをしくじったか。
「どうして?」
内心の動揺を隠し、平静を装いつつも、血の気が失せていくのを止められない俺。
「だって、あなたは、あたしと結婚するのよ」
待て待て。
「俺、はじめに言っただろ。生涯独身だって!」
「だから? それは、ハルの考えでしょ。あたしは、ハルを夫にするって決めたの!」
じじい……世代交代しても、受難継続らしいぞ。