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⑦
雨が降り注ぐ。
山の方では何度も雷が落ちているようだ。
俺は書斎の椅子に腰をかけ、一人で目を閉じて考え事をしていた。
あの日、俺と響が会話をした日からこの家は少し静かになった。響が部屋にこもることが増えたからだ。
いつも響に遊んでもらっていた子供たちは寂しそうにしているが、この家自体の雰囲気が暗くなっていることを敏感に感じ取り、明るくしようとしてくれているように感じる。俺自身は仕事として必要なことに加えて、出来るだけ目を見張るようになったが……。
別に、このままでいいと思っているわけじゃない。
俺は席を今まで読んでいた本を閉じ、書斎から夏海さんの部屋に向かった。
部屋を三度ノックする。
「あの、恭平です。夏海さん、今時間ありますか?」
俺がそう言うと、夏海さんは薄い青色のキャミソールを付けた姿で出てきた。年齢的には俺より15ぐらい上のはずだが、そんなことを全く感じさせない人だな。
「お悩みかしら?」
「……ええ、よければ少し話をさせていただければと」
「いいわよ。それじゃ、少し外に出ましょうか」
窓から外を見ると、雨は弱まっているようだ。
「わかりました」
そう言い、いつもの湖の近くに向かって行った。もちろん、子供たちには絶対に外に出ないように伝えたあとで。
「やっぱり、夜の湖は綺麗ね」
もう何度も来て、来慣れた場所だが、夜になると確かに美しかった。以前ゆうたを探す時に通ったが、あの時は景色をゆっくり見ている暇などなかったからな。
木々は夜風に吹かれて心地よい音を奏で、湖は月に照らされ、水面に幻想的な光を浮かべている。
俺と夏海さんは湖の近くの木々の近くに腰を下ろした。
「さて、じゃあ、何を聞きたいのかしら?」
夏海さんは早速本題から入ってきた。
「そうですね……。話せる範囲で構いませんが、出来るだけ詳しく夏海さんが響と出会ったときのこと、それに繋がると思いますが、響のご両親が亡くなられたときのことを聞かせていただければと思います」
俺がそう言うと、夏海さんはゆっくりと目を閉じた。そして、数十秒立つと彼女はゆっくりと話し始めた。
「いいわよ。……あれは、確か丁度3年前……だったかしら……」
3年前、私は孤児院を経営し始めた頃ですごく張り切っていた時だったわね。あ、私たちの家計は天職が……ってわかってるわね。子供たちも比較的素直な子たちばかり……といってもまだ小学生にも満たない子たちばかりだったからかもしれないのだけど、それほど世話という部分では苦労はしていなくて、どんな子が来ても幸せにしてあげる! ぐらいの気迫を持っていたわ。でも、そんな私の前に一人の少女が来て、私の信念は一度粉々に砕かれたわね。
ふふっ……。ごめんなさい、その当時のことが何だかもう懐かしくて。でも、昨日のことのように思い出せるわ。
彼女は周りの子達よりも一回り大きかったわ。でも……彼女の存在は本当に消えそうなくらい儚げだった。彼女の瞳を初めて見たとき、私は本当に息を飲んだもの。私は彼女の目を真っ直ぐに見たけれど、彼女の焦点は……私を捉えてなかったの。
この時ほど寒気……と言ったらいいのかしらね、悲しさを感じたことはなかったわ。これが、こんな小さな子のする目なのか。一体何が、誰がこの子にこんな顔をさせてしまったんだろう、って。……正確にはこの顔を見たのはこの時が初めてじゃなかったのだけれど。
ごめんなさい、話がまた逸れそうだったわね。そして、私はその日にその子……響ちゃんを預かることにしたの。もちろん、事情はすぐに聞いて、その事も常に頭に入れながら、でもできる限り自然に彼女に接してきた……つもりよ。彼女がどういうふうに感じてくれていたのかはわからないけれど。
え、感謝? 彼女が私に? ……そうなの、かしらね。まああなたが言うのなら信じるけれども。でも、本当に感謝しているのは私のほうよ。あなたも今のこの家を見たでしょう。きっと、彼女がいないとここはうまく回らないわ。もう彼女は必要な存在になってしまっているから。
さて、彼女がどうして今の状態に変わったのか……よね? それは、正直私にはここが一番のきっかけだったって言えるポイントがわからないわ。だけど、少なくともこのあたりから彼女が変わったって言えるタイミングはあるわ。
あれは……あの時も、ちょうど今と同じぐらいの暖かい日だったかしらね。ある日に、今回と同じように子供が一人行方不明になったの。行方不明って少し大げさな言い方だけど、本当に1週間ぐらい見つからなくて、私も本当に気が狂いそうなぐらいショックを受けていたわ。響ちゃんはまだ心を開ききってくれていたわけじゃないんだけど、それでも私たちの様子を敏感に感じ取って、少しずつ声をかけてくれていたわ。「大丈夫……ですか?」彼女が初めてこういってくれたのもこの時期。……とても不適切なのだけれど、私は正直嬉しかったわ。そのあと、ある方がこの村に丁度戻ってきていて、見つけてくださったのだけれど。
それと、なんだったかしら? あ、そうそう、ご両親の話よね。あなたも知っていると思うけれど、彼女のご両親は大神神社と言われる神社を経営されていたわ。今は彼女もカーストにかかっているけれど昔は、慈愛っていうすごく大きなくくりの天職を持っていたの。それで彼女のご両親は神社を経営し、本当にうまくいっていたわ。人柄も本当にいい方で、以前話したようにうちにもたまに来ていたのよ。本当に、これと呼べる大きな出来事はなかったのだけれど、たまにお話をしたりしていたわね。
そんな風に過ごしていたある日、今のひとつ前、つまり源蔵さんのひとつ前の指導員の方がこの村に着任されたの。その方は本当に厳しい方で……いえ、源蔵さんのような厳しさではなくて、なんと言えばいいのか……。
……。
言葉を、選ばなくていい? そう。わかったわ。
この方は、独裁的な方だったの。気に入らないことは受け入れず、全てを除外していった。常に「お前たちクズのために……」って言うのを口癖のように言っていたわね。
その方が、大神神社に目をつけたの。……いえ、私は正直正確にわかっているわけではないのだけれど、少なくともその方が着任してからすぐにこの村に大神神社は邪宗だという噂が流れるようになったわ。それから、彼女たちも私たちの家に遊びに来なくなって、私も中々彼女と会えなかったのだけれど……。
本当に一瞬だったわ。二週間後……だったかしらね。あなたもよく知っているように、神社に火が放たれたの。放火犯がいて、その人はもう捕まったのだけれど……。
そうね、言葉は選ばないで言うわね。私は正直その人が自分の意志でその行動に移したとは思えていないの。だって、その人が大神神社から不利益を被る事なんで全くなかったんだから。だから……誰かに頼まれて行動に移したんじゃないかって、そう思うの。
……もう、何も言わなくても私の考えはわかるわね? こんなこと言ったら私も逮捕されちゃうわね。
あ、あと、もう一つだけ言っておくことがあったわ。
彼女は息を一息吸うと、言った。
「彼女のご両親、記録では死亡になっているのだけれど、遺体が見つかっていないのよ」