本気じゃないなら、手ぇ離して ~ステップ・バイ
22時スタートのMV撮影。
深夜帯のスタジオも、見た目だけなら昼間と変わらない。
確認モニターが放つ白い光。天井近くで回り続けるファンの低い駆動音。無数のケーブルが這う床。円形に組まれたレール。
今回の楽曲イメージに合わせて、南国リゾート風のセット。白砂を模した床材に、ヤシの葉を模したオブジェ。籐や竹で編まれたソファやテーブル。そこに鮮やかなブルーやオレンジのクッションが置かれている。
ブラックコーヒーの匂いと、ヘアスプレーの甘い残り香。機材の発する熱。
ただスタッフ達の声は、時間が時間だからか少しだけ掠れている。
それでも現場は止まらない。
STELLA-Rootsが8人揃うスケジュールなんて、最近は本当に取れなくなった。
個人仕事。
ドラマ。バラエティ。モデル。CM。雑誌。映画。WEBコンテンツ。
グループとして売れるという事は、同時に全員が別々に走り始めるという事でもある。
飛雅自身も今日は午前から、単独で女性誌の表紙とグラビア撮影、インタビューをこなし、その後ボイトレに直行した。午後に数時間の休みとも言えない休みがあっての今だ。
疲れていないと言えば嘘になる。
だが、それを口にする空気でもない。全員、多忙なのは同じだからだ。特に年上組はデビューまでが長かった。忙しくても忙しいなんて絶対に口にしない。多分、仕事が減る方が恐怖なんだろう。
それぞれの予定を無理やり噛み合わせた結果が、22時開始の撮影。
24時。
ようやくきちんとした休憩が入る。
「一回切りまーす」
スタッフの声と同時に、空気が一気に緩んだ。
怜ちゃんはすかさず、給水テーブルに水を取りに行く。普段のクールイメージなんて、かなぐり捨てて、一気にペットボトルを飲み干している。
暁ちゃんは床に座り込む。今回センターで踊る事が多い。フォーメーション移動も激しく、消耗が激しい。全身から汗が噴き出していた。スタッフがすぐに駆け寄り、すかさず、タオルと水を手渡し、氷嚢を頭に押しつけた。
「大丈夫?」
「・・・平気」
そう答える声も出しづらそうだ。
飛雅は壁際のチェアに深く腰掛け、スタジオ中央を見る。
モニターには、今しがた撮ったフォーメーションダンスが流れていた。揃っている。だが、揃っているだけじゃない。全員が、ちゃんと自分の魅せ方を知っている。
カメラがどこを抜くのか。
どの角度で身体を開けば映えるのか。
誰がセンターでも成立するように、それぞれが自分の役割を理解して動いている。
最近のSTELLA-Rootsは、誰か一人が目立つグループじゃなくなってきている。
全員が強い。
その事実を、飛雅は少し面白く思っていた。
グループとしての完成度は、間違いなく上がっている。
全員が売れ始めて、それぞれの仕事も増えて、それでも8人で並んだ時にはちゃんとSTELLA-Rootsになる。簡単そうで、実は一番難しい事だ。
この世界では1人2人だけが突出して売れる事も珍しくない。
グループ名は知られていても、名前を覚えてもらえるのは一部だけ。やがて、○○がいるグループと呼ばれ、それ以外は、じゃない方として扱われる。そしてそのまま有耶無耶に、売れなかった人間はフェードアウトだ。
誰も辞めろとは言わない。
ただ仕事が減り、呼ばれなくなり、気づけばグループの後ろに立つ時間だけが増えていく。
芸能界は優しい顔をしているくせに、そういう残酷さだけは妙に自然だ。
征一郎くんが横のチェアにどさりと腰を下ろす。長い脚を無造作に投げ出して「終電って概念、もう懐かしいな」と笑っている。STELLA-Rootsのデビュー直前には既に、正社員として働いていたっていうのは有名な話だ。そして事務所を辞めるって言いに行った時にデビューが決まったと告げられたらしい。逆にその少し前、夢を諦めて事務所を去ったメンバー候補もいたらしい。
ほんの少しのタイミング。
実力も必要だが、実力だけじゃ足りない。
この世界は運と巡り合わせが、平気で、人生を変える。
いつも通り余裕そうに見える征一郎くんの横顔を見ながら、飛雅はそんな事を思った。
さすがに今日は疲れているのだろう。
伏せた目元には薄く疲労が滲んでいる。
それでも、リーダーの顔を保っているのが凄い。
直央くんはタオルで首筋を押さえながら、モニターを真面目に確認している。さっきの立ち位置。フォーメーション移動。
休憩中まで仕事人間だな、と飛雅は思う。
湊ちゃんは、露骨にだるそうな顔でスポドリを飲んでいた。チェアに沈み込んで、前髪をかき上げる仕草すら気怠い。なのにカメラが回ると、一番綺麗に表情を作る。ああいう所は素直に凄いと思う。
そして。
つむちゃん。
飛雅は少しだけ目を細めた。
普通、深夜零時を回れば人間は鈍る。特にダンス撮影後なんて、呼吸も重くなる。体全部がしんどくなる
だが、つむちゃんは違った。
むしろ今の方が目が生き生きしている。
銀白に近い髪。ハニーイエローのメッシュ。汗で少し崩れた前髪。
少しライトを落としたスタジオでも、妙に発光して見える。
しかも疲れているはずなのに、スタッフにまで笑顔を振り撒いている。
意味がわかんねー。体力どうなってるんだ。体力おばけか。
直央くんが苦笑混じりに言う。
「紬、今日は調子いいですね」
すると、隣で湊ちゃんが即座に返す。
「紬さんはいつも、無駄に元気でしょ」
「言うじゃん、湊」
つむちゃんはストローを咥えたまま笑った。
「そんだけ言う元気があるなら、ショート動画も、この休憩時間に撮っちゃえば?」
「嫌ですよっ」
湊ちゃんが即答する。
飛雅もそれには同意する。さすがに休憩しないと若くても無理だって。俺だってちょっとキツい。これでも一応、トレーニングはしているんだぞ。
「何とか言ってくださいよ、征一郎さんっ」
「ん?」
征一郎くんはモニターから顔を上げる。
その目が、つむちゃんを見た瞬間に少しだけ細くなった。
「佐伯、デート帰りか?」
一瞬、空気が止まる。
「は?」
直央くんが素で聞き返した。
飛雅も思わず視線を上げる。
征一郎くんは面白そうに口角を吊り上げた。
「こいつは女と遊んだ後は、やたら機嫌がいいんだよ」
近くにいたスタッフが数人、吹き出した。
つむちゃんは一呼吸置いてから、「何その偏見」と笑っている。
否定が妙に軽い。
だが飛雅は知っている。
つむちゃんは、こういう時ほど隠す。
本当に何もない時は、もっと鬱陶しいくらい騒ぐ。自分からネタにして、周囲を巻き込んで、勝手に盛り上がる。
けれど、ふれられたくない時ほど、笑う。
飛雅はペットボトルを指先で転がしながら、ぼんやり思った。
・・・で。
今回は、どっちなんだ。
「だとすると、Sweetの麗奈ちゃん?」
奏多っちが面白半分で口を挟む。
チェアの背にもたれたまま、完全に野次馬の顔だった。
「声優の愛花ちゃんでしょ。この前バラエティで一緒になったって言ってませんでした?」
直央くんまでさらりと乗ってくる。
真面目そうな顔で言うせいで、妙に現実味がある。
「女優の田沢かなでにも、この前声かけてたよな」
征一郎くんが追撃する。
「それとも、長谷川アンナマリア?」
「・・・・うそ。マジっすか、紬さん」
怜ちゃんがショックを受けた顔で固まった。
年下組の中でも、怜ちゃんはわかりやすく、つむちゃんに懐いている。懐いているというより、半分くらい憧れに近いんじゃないかなと思う。
征一郎くんはそんな反応を見て、楽しそうに笑った。
「あー、如月。ショック受けてる所悪いが、佐伯は完璧肉食系だぞ」
そして、つむちゃんを指差す。
「その顔、有効利用してるよな?」
「征一郎くん、酷くない? その言い方」
つむちゃんは笑っている。
笑っているが、目は笑っていない。
「紬くん、本当の事でしょ」
奏多っちが呆れ顔で肩を竦めた。
「俺達の中で一番派手なの、絶対紬くんですからね」
周囲から笑いが漏れる。
「いつか後ろから刺されますよ」
「やめてよ、怖い事言わないで」
つむちゃんはそう言って笑ったが、誰も本気では同情していなかった。むしろ・・・まあ、あり得ると思っている顔ばかりだ。
飛雅も世間的には年下組に分類されている。だが、つむちゃんがそういう時ほど童顔を利用して、人畜無害を装っている事を知っている。
実際は27歳。
なのに、一番下の怜ちゃんと並んでも違和感はない。むしろ放っておけば、年下組に紛れ込めそうな顔をしている。
あれは才能だ。
そして、多分、武器でもある。
スタジオの隅ではスタッフまでニヤついている。
完全に休憩時間の雑談モード。深夜特有の、少し気の緩んだ空気。
けれど飛雅だけは、少し違う温度でその空気を見ていた。
知っている。
飛雅の脳裏に、数日前のメッセージ画面が浮かぶ。
・・・今度のオフ日は、佐伯さんとゴハンに行きます。
結流ちゃんのオフを聞いて、軽い気持ちでゴハンに誘った返事がそれ、だった。
文面は普通だ。
絵文字もない。
変に浮かれた感じもない。
なのに。
その一文だけで、十分だった。
ああ。
結流ちゃん、ちゃんと嬉しかったんだ。
そう、わかってしまった。
もし俺の方が先に誘っていたら? あの日、もう少し長く話せていたら? 立ち位置が違っていたら? もし、が次々浮かんで・・・考えた所でもう、どうしようもない。そんな事は自分が一番わかっている。 それでも、もしも、を考えてしまう。だから余計に腹が立つ。
本人だけ秘密のつもりで、こっちは知ってる側に回されて。しかも、つむちゃんは、多分まだ誰にも本気で話していない。
自分の中だけに大事に仕舞っている。それなのに、漏れている。
飛雅は耐えきれなくなって、ぽつりと呟いた。
「ねぇ、つむちゃん」
つむちゃんがこちらを見る。
「結流ちゃんでしょ」
一瞬。
本当に一瞬だけ、空気が凍った。
スタジオのざわめきが、ぴたりと止まる。
皆が一斉に飛雅を見た。
「・・・は?」
最初に声を漏らしたのは湊ちゃんだった。
征一郎くんは「お?」という顔。
直央くんは完全に目を見開いている。
怜ちゃんに至っては理解が追いついていない。視線だけが、2人の間を忙しなく往復している。
飛雅はその視線を受けながら、わざと平然と続けた。
「俺、時々結流ちゃんと連絡取ってるんですよ」
その瞬間。
つむちゃんが、すっと目を細めた。
飛雅は思わず息を吞む。
怖。
飛雅は内心で思う。
あんた、そんな顔するんだ。周囲の空気の温度が一気に確実に下がった気がした。
普段の佐伯紬は、人懐っこい。
よく笑う。
甘える。
距離が近い。
だからこそ、その落差が怖い。
けれど、ここで引くわけにもいかない。
飛雅はわざと肩を竦めた。
「いつの間に」
誰かが呟く。
「あの後、追いかけて」
飛雅は笑った。表情筋を総動員して。いつもの軽くて、チャラくて・・・鳴海飛雅を演じきれ。ここでやらなくちゃ、いつやるんだよ。
「・・・あっちのマネージャーに睨まれながら、ね」
一拍置いて、誰かが吹き出した。
張り詰めていた空気が少しだけ崩れる。
誰が笑ったのか気にしている余裕はない。今、目線をそらす事はできない。そらした方が負ける。飛雅は、つむちゃんから視線を外さなかった。
「ねえ、つむちゃん」
飛雅は真正面からつむちゃんの視線を受け止める。
半分は冗談のつもりだった。
茶化して、揺さぶって、困らせてやろうと思っていた。
でも。
結流の名前を口にした瞬間から、自分でも少しわかってしまっていた。
ああ。
これ、自分、ちょっと本気になりかけてる。
多分、最悪だ。
相手は佐伯紬。
同じグループのメンバー。
しかも、よりによって。
あのつむちゃんが、本気っぽい。
だから本当に腹が立つ。どうしようもなく。
飛雅はもう口を止められなかった。
「本気じゃないなら、手ぇ離してくんない?」
直央ちゃんが「うわ」という顔をする。
「おいおい、飛雅くん?」
奏多っちが慌てて会話に口を挟もうとする。
でも、もう無理でしょ。飛雅は自分で自然に口角が上がるのを感じた。変な高揚感だった。引き返せない場所まで来た時の笑いに近い。
さっきまで笑っていた空気が、また静かに変わった。誰も、休憩時間の軽い恋愛話だとは思っていない。
スタッフ達も気配を察したのか、ちらちらこちらを見ている。
音声スタッフなんて「マジか」という苦笑いを受かべている。
完全に楽屋ノリじゃ済まない温度になっている。
つむちゃんは、黙ってこっちを見返していた。
「つむちゃんって、自分より小さくて、胸あって、賑やかな感じの可愛い系がタイプのはずでしょ」
また誰かが、「おお~っ」とか「そういえば」とか好き勝手に声を上げる。わざと空気を和ませようとしているのがわかった。
けれど飛雅は、一緒に笑う気になれなかった。普段なら真っ先に参加する、その空気に。
「結流ちゃんって」
飛雅はふっと息を吐きだす。
「背ぇ高くて、スレンダーで、カッコいい系の、声もちょっとハスキーで、きつめの美人さんでしょ」
つむちゃんから目をそらさない。
「クールビューティ―って感じ」
周囲が静かになる
「つむちゃん。違うじゃん。好みじゃないでしょ」
普段なら。ここで普段のつむちゃんなら、笑って誤魔化す。
そんな事ないって~とか。
人の好みなんて変わるじゃん? とか。
軽く流して、場を丸め込むはずだった。
でも。
その目から、いつもの甘さも軽さも完全に消えている。
「飛雅、悪いけど無理」
静かな声だった。
怒鳴っているわけでもない。
感情を露骨に出しているわけでもない。
「結流ちゃんと連絡取るようになってから、他の子達とは一切連絡してないよ」
一瞬、沈黙。
そして。
「他の子がいた事は否定しないの・・・それも複数・・・」
誰かが小さく呟いた。
暁ちゃんだったか、奏多っちだったか。
もう飛雅には判別できない。
ただ、変にツボに入ったスタッフが肩を震わせていた。
けれど飛雅は笑えなかった。
つむちゃんの言葉が、思った以上に真っ直ぐだったからだ。
他は切った。
つまりそれだけ、結流ちゃんを特別扱いしている。
胸の奥が少しだけざわつく。悔しいのか。
焦っているのか。
自分でも整理がつかない。
二人の視線がぶつかったまま動かない。
空気を割ったのは征一郎くんだった。
「佐伯。鳴海。あんまり熱くなるな」
低い声。
この、ふざけた空気を一瞬で締める声だった。
二人同時に、征一郎くんを見る。
征一郎くんはチェアに深く座ったまま足を組み替え、口元だけで笑った。
「グループ内で、同じ女の取り合いか?」
楽しそうですらある。ほんと、こういう所は尊敬する。
「選ぶのは、あくまであっちだ」
征一郎くんはゆっくり続けた。
「お互いの邪魔はするな。やるなら正々堂々やれ」
そこで一旦、言葉を止める。
「選ばれなかった奴は、しっかり諦めろ」
そのまま、にやりと笑う。
「まあ、どっちもお断りって言われる事も覚悟しておけよ」
沈黙。
飛雅は思わず眉をひそめた。
え、どっちもお断りルートもあるの? それ酷くね? 俺達一応、今一番人気あるグループって言われてるんだけどねぇ。
暁ちゃんが吹き出した。
「っはは・・・!」
腹を押さえている。
完全に笑いを堪えきれていない。
「どっちもダメだったら、残念パーティでも開こうね」
笑いながら言う。
周囲からも堪えきれない笑いが漏れた。
さっきまで張っていた空気が、一気に崩れる。
湊ちゃんなんか、露骨に「助かった・・・」みたいな顔をしていた。
スタッフ達まで苦笑している。
飛雅はそんな周囲を見ながら、曖昧に息を吐く。
多分。今、自分はかなり面倒くさい顔をしている。
悔しいのか。
意地なのか。
それとも、本当に結流ちゃんが気になっているのか。
自分でもまだ、よくわからなかった。
読んでくださってありがとうございます(*_ _)
ポイント、イイねを入れてもらえると、嬉しいです。
~~ STELLA-Roots ~~
8人組 男性アイドルグループ
皇 征一郎 28歳
一ノ瀬 直央 25歳
佐伯 紬 27歳
橘 奏多 28歳
鳴海 飛雅 23歳
神楽坂 暁 21歳
如月 怜 19歳
椎名 湊 20歳
(事務所入所順)




