節欲都市
欲まみれの社会、この先どうなるのだろうか?
西暦2043年。
人々は「欲指数(D.I.=Desire Index)」によって評価される時代になっていた。
政府と巨大企業が共同で作った「ライフスコア制度」は、表向きは「豊かな生活を実現するための指標」とされていた。
だが実際は、どれだけ多く買い、どれだけ多く消費し、どれだけ欲しがるかで人間の価値が決まる仕組みだった。
高級車を買えばスコアが上がる。
最新の端末を毎年買い替えればさらに上がる。
ブランド服、サブスク、仮想旅行、人工肉の高級コース。
欲望を示すほど「優秀な市民」と評価された。
反対に、
「必要なものしか買わない人間」
「古い物を長く使う人間」
「貯金ばかりして消費しない人間」
は、社会の停滞を招く存在として低スコアに分類された。
その区分の名前は――
節欲者。
Part1
主人公の相沢遼は、22歳の大学生だった。
彼のD.I.は、全国平均の半分以下。
「C−」という、就職にも住宅契約にも不利なランクだ。
理由は単純だった。
・スマホは5年前の中古
・服は3着をローテーション
・食事はほぼ自炊
・サブスクは一切なし
同級生からは、よく笑われた。
「お前、なんでそんなにケチなの?」
「人生楽しんだもん勝ちだろ」
「スコア低いと詰むぞ?」
だが遼には、どうしても理解できなかった。
なぜ、人は必要以上に欲しがるのだろう。
彼の祖父は、昔ながらの町工場の職人だった。
祖父はよく言っていた。
「足るを知るってのはな、我慢じゃねえ。
“もう十分だ”って思える心の豊かさのことだ」
その言葉が、遼の中にずっと残っていた。
Part2
ある日、大学の掲示板に奇妙な広告が出た。
「節欲サロン 参加者募集
―本当に豊かな生活を考える会―」
参加すると、さらにD.I.が下がる可能性があると注意書きがある。
ほとんどの学生は見向きもしなかった。
だが遼は、迷わず申し込んだ。
会場は、古びた商店街の空き店舗だった。
中には、年齢も職業もバラバラの十数人が集まっていた。
スーツ姿の中年男性。
子連れの女性。
作業着の老人。
そして、遼と同じくらいの若者が数人。
主催者の女性が言った。
「ここは、欲望に支配されない生き方を考える場所です」
彼女の名前は、真壁千尋。
元は大手広告会社のエース社員だったという。
「私は昔、“もっと欲しがらせる仕事”をしていました。
必要のない物まで買わせることが、評価の基準でした」
彼女は淡々と語った。
「でも、ある日気づいたんです。
みんな、全然幸せそうじゃないって」
Part3
その夜、遼は初めて「節欲サロン」の食事会に参加した。
メニューは、
・玄米
・味噌汁
・焼き魚
・季節の野菜
ただそれだけ。
だが、驚くほど美味しかった。
「不思議だろう?」
隣の老人が笑った。
「腹が減ってると、何でもうまい。
欲が少ないと、喜びは増えるんだ」
遼は、静かな幸福を感じていた。
だが、その様子を外から撮影しているドローンがあった。
翌日、ニュースアプリにこんな記事が載った。
「反消費集団『節欲サロン』を確認
経済停滞を招く危険思想の可能性」
コメント欄には、罵声が並んだ。
「社会の寄生虫」
「買えない貧乏人の言い訳」
「スコア低いやつは黙ってろ」
Part4
数日後、遼のスマホに通知が届いた。
「あなたの欲指数が基準を下回りました。
就職推薦サービスの利用が制限されます。」
大学の就職課でも言われた。
「相沢君、このままだと厳しいよ。
せめて新型端末くらい買ったら?」
「必要ないので」
職員は困った顔をした。
「…君、変わってるね」
その夜、遼は祖父の古い工具箱を開けた。
何十年も使われたハンマーやレンチが、丁寧に手入れされて並んでいる。
その底に、一枚の紙が入っていた。
祖父の字で書かれていた。
「物を大切にする人間は、自分も大切にできる。
欲に振り回されるな。」
遼は、静かに息を吐いた。
Part5
数か月後。
節欲サロンの活動は、少しずつ広がっていた。
大きな声では語られないが、確実に共感者は増えていた。
古い物を直して使う人。
自炊を始めた人。
サブスクを解約した人。
彼らのD.I.は低かったが、
表情はどこか穏やかだった。
一方で、ニュースではこんな特集が流れていた。
「高スコア層のうつ病が過去最高に」
高級マンション。
最新の家電。
海外の仮想リゾート。
何もかも持っているはずの人々が、
無表情でソファに座っていた。
Part6 終章 夕焼け
ある夕方。
遼は商店街のベンチで、節欲サロンの仲間たちと座っていた。
誰もスマホを見ていない。
ただ、夕焼けを眺めていた。
「ねえ、相沢君」
真壁が言った。
「この景色、いくらで買えると思う?」
遼は笑った。
「…無料ですね」
「そう。
本当に価値のあるものって、大抵タダなのよ」
風が吹き、商店街の古いのぼりが揺れた。
遼は、ふと思った。
欲を減らすと、世界はこんなに広く見えるのか。
彼のD.I.は、ついに最低ランクの「D」になっていた。
だが、胸の中はかつてないほど満たされていた。
画面のない世界で、
買い物のない夕暮れの中で、
人間はようやく「人間らしさ」を取り戻し始めていた。
それは、誰にも気づかれない、
静かな革命だった。
終わり
節欲は人間復活の手掛かりとなるのだろうか




