第9話 こんな時代こそ祓いましょ
そういえば、カニさんが先程からピクリとも動きませんわね?
僕は少し泳いで距離を取り、ヘッドライトでカニさんを照らして観察してみました。
なんと、カニさんは白目を剥いて気絶しているではありませんか!
あのヒトデ軍団の猛攻すら生き延びた猛者の彼が、こうもあっさり意識を失うなんて。考えられる理由は、二つに一つしかありません!
第一に、そして最も可能性が高いのが――悪霊に取り憑かれたということですわ!
となれば、こここそ、わたくし『スーパーホタテ陰陽師』の出番ですわね!
まずは悪霊を封じる『御札』の作成です。
とはいえ、海の中に紙はありません。ここはわたくしの特技である『コンクリ』の分泌液で代用しましょう!
オホホ、と笑いながら分泌液を薄く延ばして固めると……うん、薄くて硬い、御札というよりはプラスチック製のトレーディングカードのようなものが完成しました。
ですが、ただの板では意味がありません。この上に何を描くか?
適当に描いて効果が出ないのも困りますし、やはりここは王道中の王道、円の中に五芒星――『セーマン』を描くのが一番ですわね!
わたくしのコンクリ操作にかかれば、海中で繊細な絵を描くことだって可能ですのよ!
我ながら完璧な出来栄えに満足しつつ、わたくしはそのカード型御札を、パチーン! とカニさんの額(甲羅の正面)に貼り付けました。
さあ、どうでしょう?
……反応がありませんわね。
やはり形だけでは駄目で、呪文が必要不可欠のようです。
僕は左手を広げて顔を覆い、内なる未覚醒の力を高めるポーズ!
そして右側は人差し指と中指を立てた『剣指』の形を作り、カニさんの額の御札に突きつけます。
いざ、大喝一声!
「急急如律令、ですわーッ!」
……これでも駄目ですか!
もしかすると、陰陽師スタイルではなく、巫女様スタイルの方が効果的かもしれません。
ならば方針転換です。
僕は再びオホホと笑いながら、今度は『御幣』を作成しました。あの白いギザギザの紙がついた、お祓い棒ですわね。
それを両手で厳かに握りしめ、カニさんの左側でサッ、サッ。
続いて右側でサッ、サッ。
祓いたまえ、清めたまえ……。
そして仕上げは、御幣の先でカニさんの額の御札を叩き、あの決め台詞を叫ぶのです!
「汝のあるべき姿に戻れ!」
……あら?
今のポーズを決めた瞬間、なぜか「素敵ですわ~!」と言いながらビデオカメラを構えて撮影したくなる、謎の衝動に駆られました。
きっと気のせいですわね。
けれども、これほど完美な儀式をこなしたにも関わらず、カニさんはまだ目を覚まそうとしません。
仕方ありません。僕が先ほど考えていた「気絶する二つの理由」のもう一つを考えざるを得ません。
「……もしかしたら毒にやられているのではありませんか」
ステータスを確認すると、さっき入手した「タマクラゲの核」の説明文にこう書かれていました。
> タマクラゲの核 (効果:刺胞毒・解毒分泌 ※生体不適合:使用不可)
この洞窟はあちこちがタマクラゲの怨霊でいっぱいです。
そして怨霊であっても、刺胞毒を持っている可能性は十分にあります。霊体だからといって侮れず、毒素そのものが空気中を漂っているのかもしれません。
僕とボコちゃんにはパッシブスキルの『毒耐性』があります。
これはホタテならではの生まれながらの能力かもしれません。ですがカニさん……おそらく持っていないはずです。
僕はカニさんの体をぐるりと一周、じっくり観察しました。
全身が赤く染まっていますが、発疹ができたわけでも、皮膚がひどく荒れているわけでもありません。
とすると、毒の侵入経路は一つ。
「毒は、口や鼻から体の中に入ったのかもしれません!」
……カニさんに鼻があるのかどうかは明確には知りませんが、口は確実にありますわね。
経口的に取り込まれた毒の対処法としては、胃洗浄が有名ですが、それと同等に重要なのが、きちんとした解毒剤を使うことです。
だけど、「タマクラゲの核」に解毒分泌の能力があると書かれていながら、「使用不可」となっている現状では、どうしようもありません。
他の怨霊に依頼してカニさんを解毒してもらう……などというのも現実的ではないでしょう。
そこで一つのアイデアが浮かびました。
頭につけている虹色真珠を使って、『タマクラゲの核』を吸収してみるとどうなるでしょうか?
僕はまず頭から虹色真珠を取り外し、さっき怨霊の体から取り出した灰色い球体(タマクラゲの核)に近づけます。
すると、キュッキュッ! という樹脂が擦れるような音と共に、虹色真珠が一瞬で灰色の球体を吸い込んでしまいました。
早速、自分のステータスを再確認しました。
しかし、装備スロットから「タマクラゲの核」が消えてなくなっただけで、新たなスキルが追加された様子はありません。
「やっぱり……わたくしが貝でクラゲではないから、機能せずに吸収されてしまったということなのでしょうか……」
そうボヤいて落胆していると、おなかとのどのあたりがムカムカとしてくるような奇妙な感覚に襲われました。
思わず両手で口元を押さえ込みますが、それでも「げふっ」とゲップが出てしまいます。
僕は身につけている真珠層の鏡で自分の顔を確認してみました。
すると、僕の口の中からタラリと、虹色ではなく毒々しい紫色の、グニャーと伸びるような液体が垂れていました。
「これは一体……!?」
慌ててステータス画面を開いて一つ一つ解析してみると、その理由がやっと判明しました。
【種族:ホタテ(姫種)/幼年期】
【装備スロット】
真珠:
▼虹
├ 効果:他真珠の吸収・統合
└ 【装備スキル】 『発光 Lv.Max』
▼灰黒 Lv.2
└ 効果:知性共有・小
▼海ぶどう Lv.1
└ 効果:発光
【アクティブスキル】
『コンキオリン分泌』『生体鉱物化』
【パッシブスキル】
『お嬢様マナー』『毒耐性』
『コンキオリン分泌』というスキルに『刺胞毒』というルビが追加されているのです!
……信じられません。
さきほど核のままであった時は、『生体不適合』と弾かれていたはずです。
それが虹色真珠を経由した途端、種族の違いという生物学的な壁を無理やり突破して、僕のスキルとして統合されてしまったとでも言うのでしょうか!?
虹色真珠……なんてデタラメな性能なんでしょう!
ですが、その結果がこれです。
つまり、これからこのスキルを使うと、口からパープル色の毒を吐き出すようになってしまったのでしょう!
「ええっ!? 嫌すぎますわ!」
お嬢様ホタテであるわたくしが、モンスターゲームに出てくる毒タイプのように『ヘドロ爆弾』を吐くなんて! そんなのヒロイン失格、イメージ崩壊も甚だしいですわ!
人気投票があったら圏外まで暴落してしまいます!
「なんとか切り替えられませんの!?」
そう強く念じながら、僕は口元を押さえてまた一つ、ゲップを漏らしました。
すると不思議なことに、ステータス画面の文字が変化したのです。
『コンキオリン分泌』のルビが、鮮やかに『刺胞解毒』へと書き換わりました。
同時に、口元から垂れていた液体も、毒々しい紫色から、キラキラと輝く白銀色の、まるで水銀のような粘りけのある液体へと変質しています。
どうやら、毒と解毒を自由にスイッチできるようです。これなら安心ですわね。
そういえば、いつの間にか『灰黒真珠』のレベルも上がっていました。
虹色真珠で吸収せずとも、使い込むだけでレベルアップする仕様だったのですね。今まで気づきませんでしたわ。
僕は即座に、この粘りけのある液体をカニさんの口へと流し込みました。
ほどなくして、白目を剥いていた彼の瞳がくるりと回って黒目に戻り、彼は無事に再起動を果たしました。




