第8話 優雅なる除霊法〜幽霊さんはお口で退治します〜
「カニ隊員、ボコ隊員! 準備はよろしくて?」
洞窟の入り口前で、カニさんとボコちゃんが背筋(?)をピンと伸ばして整列している。
僕はさながら鬼軍曹のように、二人の前を貝殻の開閉移動で往復しながら訓示を行っていた。
現在、僕の額には虹色に輝く真珠が、鉱山用のヘッドライト――あるいは、昔の耳鼻科医がおでこにつけている『あの丸い鏡』のように固定されている。
驚かないでほしい。暗闇の探検において、光源の確保は基本中の基本なのだから!
僕はバッ、と勢いよく振り返る!
額のライトが、カニさんの巨体を闇の中に浮かび上がらせた!
円形のスポットライトを浴びた彼は、驚いて反射的に両のハサミを万歳させ、飛び出た目をさらに丸くしている。
まるで、監視塔のサーチライトに見つかった脱獄囚そのものだ!
それもそのはず。ほんの出来心で、先ほどカニさんの甲羅に貝殻成分を塗りたくっておいたのだ。
今の彼には見事な白黒のストライプ柄――いわゆる囚人服コーデが施されている。実に様になっていた。
一方のボコちゃんは体が小さい上、元々の殻が白黒の色調なので、加工の必要はなかった。
カニさんは自分がなぜ囚人扱いされているのか分からず、困惑げにハサミを揺らしている。へへへ、大成功だ。
「ゴホン。ともかく……これがわたくしたち探検隊の、記念すべき初任務ですわ! ゆめゆめ油断なさらぬように!」
「目標は、この洞窟に眠る秘宝! ですが、お宝といえば守護者がセットなのが世の常ですわね」
「いいこと? わたくしたちは愛と平和を重んじる友好的なチームですの。しっかりと対話をすれば、きっと向こうも快くお宝を譲ってくださいますわ! エイ、エイ、オーですのよーっ!」
僕が掛け声と共に片手を突き上げると、カニさんもつられて片方のハサミを掲げ、ボコちゃんはぴょんとその場で跳ねた。
カニさんは器用に左右のハサミで僕とボコちゃんを持ち上げ、自身の背中へと乗せてくれた。
「お、お邪魔いたしますわ……」
さっきまでの威勢はどこへやら。いざ中へ入ると、急に弱気な言葉が口をついて出る。
前方の海底砂地には、カニさんの巨体を優に超える、巨大な海洋生物の骨格が横たわっていた。
頭蓋骨に肋骨、脊椎までが綺麗に残っている。イルカか、サメか、あるいはシャチのような猛獣だろうか。
骨に噛み砕かれたような痕跡はない。おそらくは天寿を全うした自然死なのだろう。
だが、死骸を見て僕が何より懸念したのは――ここから『幽霊』が飛び出してきたりしないか、ということだ。
い、いや、理論的に考えよう。
この海という環境には、極めて高濃度の塩分が含まれている。
塩といえば魔除け。つまりここは、空間そのものの除霊効果が満点の『聖域』に等しいはず……!
だから、オバケなんて出るはずがないのだ。そうだよね?
僕はビクビクと首を振り、ヘッドライトの光を左右に走らせる。
懐のボコちゃんを撫でながら、自分自身にも言い聞かせた。
「こ、怖くありませんわ……怖くありませんわ……」
いわゆる『お化け屋敷』や『ホラーゲーム』というのは、こういう感覚なのだろうか?
いつ何が飛び出してくるか分からない恐怖に、心臓が早鐘を打っている。
その時だ。バッと右を向いた瞬間――至近距離に『それ』はいた。
半透明の、何かが!
「ひゃあああああっ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。だが『お嬢様マナー』補正のおかげで、その絶叫すらもオペラ歌手のような高音の美声となって洞窟に響き渡る。
僕は片手でボコちゃんを抱きかかえ、もう片手で逃げようと地面を押す――が、僕はホタテだ。カニさんの背中や貝殻を押したところで、逃げられるはずもない!
ライトに照らされたその半透明の物体は、内部で光を乱反射させ、青白く不気味に輝いていた。
見た目は白いシーツを被ったような、まさに古典的な幽霊そのものだ!
僕はカニさんの甲羅をバシバシ叩いて逃走を促すが、彼は恐怖で硬直しているのか、ピクリとも動かない!
仕方なく、僕は貝殻を閉じて細い隙間を作り、夜目を利かせて外の様子を窺う。
……まだ、そこにいる!
終わった、これは呪い殺されるパターンだ。やっぱり海水の除霊効果なんて信じるんじゃなかった。よく考えたら幽霊船や沈没船の怪談なんて山ほどあるじゃないか!
海で生まれる幽霊は水属性耐性持ちに決まっている!
その時、ふと肩に何かが触れる感触があった。
「もう……ボコちゃんったら。こういう時に悪ふざけはメッ、ですわよ」
きっとボコちゃんだ。恐怖を紛らわすためにしがみついているのだろう。
僕は少しムッとして、抱きついてくるボコちゃんを体から引き離した。
……だが、まだ肩に何かが触れている。
ボコちゃんじゃない?
背筋が凍りつき、恐る恐る左肩を見る。
細長い紐のようなものが、僕の肩に乗っている。
その出処は……あの幽霊だ!!
『母は強し』という言葉がある。ボコちゃんは僕が産んだ子ではないが、僕には保護者としての義務がある!
僕は湧き上がる勇気を振り絞り、その紐を両手で掴むと――ガブリと噛み付いた!
ん?
食いちぎった断面から汁が溢れ出す。……梨の果汁のような味がする。
紐はビクビクと暴れるが、逃がすものか!
次は紐そのものを口に放り込む。食感は豆腐や春雨のようで、味は梨……。
意外だ。幽霊さん、めっちゃ美味しい!
僕が幽霊さんをムシャムシャ食べているのを見て、ボコちゃんも見様見真似でその紐をちゅるちゅると吸い始めた。
よし。末端がこれだけ美味なら、本体はもっと美味しいはずだ。
じゅるり。
違う、これは除霊だ。幽霊さんを成仏させることが主目的で、食欲はあくまで二の次だからね!
僕は触手を綱引きのように手繰り寄せて、本体を強引に引きずり込む。
そして貝の開閉を利用し、幽霊さんの本体を殻でガブッと挟み込む!
今の僕の姿は、さながら歩く入れ歯だ!
貝殻の中に引きずり込み、ボコちゃんと共に貪り食う。食べては引き寄せ、食べては引き寄せ。
しばらく続けていると、幽霊さんの体内に、僕の真珠や海ぶどうと同じくらいのサイズの球体があるのを見つけた。
手を伸ばして掴むと、プチッと簡単に摘出できた。
鑑定は後回しだ。まだ半分残っている幽霊さんもしっかりと成仏させてあげないと。
僕とボコちゃんは力を合わせ、ついに幽霊さんを完全に胃袋へと納めた。
ふう、と一息ついて隣のボコちゃんを見ると、一回り大きくなっている。生まれたての赤ん坊から、一歳児くらいには成長しただろうか。
僕はステータス画面を開いた。
【装備スロット】
真珠:
▼虹
├ 効果:他真珠の吸収・統合
└ 【装備スキル】 『発光 Lv.Max』
▼灰黒 Lv.2
└ 効果:知性共有・小
▼海ぶどう Lv.1
└ 効果:発光
▼タマクラゲの核
└ 効果:刺胞毒・解毒分泌 ※生体不適合:使用不可
手に入れた球体は『タマクラゲの核』。つまり、さっきの幽霊の正体はタマクラゲの怨霊だったのか。
ともあれ、僕は物理的に幽霊を成仏させたことで『ホタテ陰陽師』としての一歩を踏み出した。不思議ともう怖くない。
僕は意気揚々と頭上のライトで周囲を照らす。
すると――洞窟内には、無数の幽霊たちが漂っていた!
「あら……ふふっ。今の気分は、まさにこれですわね!」
高ぶる食欲のままに、僕はあの有名な歌を口ずさむ。
『悪霊退散♪ 悪霊退散♪ 怨霊、ものの怪、お腹が空いたら~♪
ドーマン♪ セーマン♪ ドーマン♪ セーマン♪ 直ぐに食べましょ陰陽師~♪』




