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第7話 生態系破壊者は、海洋警察へ通報しましょう

 ボコちゃんに授乳を試みようとした瞬間、小さな両手でわたくしの体を「ドンッ」と押し、その反動を利用して、眼前で見事な後ろ宙返りを披露しました。


 技量は満点の10点!

 思わず拍手を送りたくなるほどの華麗な動作なのですが、これほど露骨な拒否は、僕の心に少し切なさを残しました。


 おそらく僕の気持ちを察知したのでしょう。ボコちゃんは再びすり寄ってくると、僕のお腹に顔を埋めるように抱きつき、頬をスリスリと擦り付けて愛情を示してくれました。


 やっぱり可愛い!

 これではボコちゃんが何をしても許してしまいそうで、放っておくとダメ親まっしぐらですわ!


 その時、先ほど差し出した海ぶどうがないことに気づきました。きっと食べてくださったのでしょう。


 ホタテの赤ちゃんは授乳も離乳食の段階もいりませんね、本当にお手軽です!

 でも早く大きく育っていただくためには、一粒では足りないでしょう。もっとたくさん食べていただかなくては。


 ところで、外界はどうなっているのでしょうか。 外に出て食べ物を探せたらいいのですが……


 上にいらっしゃるカニさんにそんな思いを送ると、カニさんは体を持ち上げて、わずかな隙間を作ってくださいました。


 海の中は真っ暗です。ヒトデたちが来る前と比べると、まるで光が漏れていないように感じます。


 まだデカラビアがいるのでは?

 恐る恐る上を見上げてみると、何かが光を遮っているのではなく、単に光そのものがないのでした。


 どうやら昼から夜になったようです。少し仮眠をとっただけのつもりでしたが、夜中に目が覚めてしまいました。


 暗視能力で夜の海を観察してみると、思ったほど静寂ではありません。魚群があちこちを泳ぎ回っています。


 しかし、岩の上から見渡す周囲の海底は、ただただ惨状と言うほかありませんでした。


「むごいですわ……」


 水草は無残にも食い荒らされてボロボロになり、サンゴ礁の破片が海流に煽られてゆらゆらと漂っています。砕けた貝殻が散乱する白砂の上には、いまだに多くのヒトデが横たわっています。


 これらのヒトデは先ほどの大軍のように行進していません。よく観察してみると、足が一本や二本欠損した、手負いの個体が多いようです。


 陸の世界で例えるなら、イナゴの大群が通り過ぎた後のようなものでしょう。


 わたくし、この海の生態系については詳しくございませんが、あのヒトデの大群、明らかに度が過ぎておりますわ。あのような暴挙、海底の環境破壊に他なりませんもの!


 美しい海をこうも無惨に荒らすなんて……わたくし、もう猛烈に腹が立ってまいりましたわ!


 環境保全課……いえ、然るべきお役所に通報して、厳正なる処罰を受けていただかなくてはなりませんわね!


 周囲では魚やエビ、カニたちが残ったヒトデと戦っています。一部はヒトデを捕食しているところも見受けられます。


 わたくしは博愛主義のホタテ姫ですが、海洋環境破壊者に手を貸すなど、そんな道理はございませんわ!


「あらっ! あそこにもヒトデがへばりついてましてよ! カニさん、アタックですわ!」


 岩の裂け目には、まだ大量の海ぶどうが残っています。ボコちゃんと一緒にそこで食事を済ませ、ついでに備蓄もしておきたいところです。


 ちょうど裂け目の入り口にヒトデが一匹張り付いていたので、カニさんに追い払ってもらおうと指示を出したのですが――なんとカニさんは素直に従い、ハサミを振るって瞬く間にヒトデを制圧!

 あろうことか、そのままムシャムシャと捕食し始めたではありませんか。


 ヒトデって食用可能なんですの? でも見た目がグロテスクすぎて、わたくしには無理ですわ……。


「ボコちゃん、カニさんがあんなものを食べているところを見てはダメですわよ! 情操教育によくありませんもの!」


 気を取り直して、僕はボコちゃんを抱きかかえ、再び裂け目に入って海ぶどうを補充します。


 なんだかいつも同じものばかり食べている気がしますわね。わたくし自身はあまり気にしませんけれど。


 入院生活中も似たようなものでしたから。栄養管理された病院食メニューなんて、ローテーションで数種類が回ってくるだけ。流動食になれば、味の変化すら期待できません。

 それこそ、点滴(中心静脈栄養)のみの生活になれば、口から物を食べる事自体が叶わぬ夢となりますのよ!


 ですが、わたくしは耐えられても、単一の食材のみというのはボコちゃんにとって良くありません。

 あまりに偏食すぎて、成長に必要な栄養素が不足し、栄養失調になってしまうかもしれません!


 ですので、ある程度お腹を満たした後、わたくしはボコちゃんを自分の貝殻の中に収納し、カニさんの背中に搭乗いたしました。


 ボコちゃんは赤ちゃんに変化したばかり。泳ぐのも一苦労でしょうから、ここはカニさんに運んでもらいましょう!


 さて、どちらへ進みましょうか?


 周囲の惨状から察するに、ヒトデ軍団が来た方向と去った方向は、植物が根こそぎ食い尽くされ、まともな食べ物は残っていないでしょう。


 それに……視界の端には、ヒトデとの戦いで傷ついた魚やエビたちの姿も映ります。治療して差し上げたいのは山々ですが、この凄惨な状況下では、助けを必要とする方があまりにも多すぎますわ。

 わたくし一枚の貝の力では、到底すべての方々をお救いすることなどできません。なんと歯がゆいことでしょう……。


 やはり、根本的な解決策を講じなければなりませんわね。

 デカラビアを討ち倒し、増えすぎたヒトデを減らして、海底の生態系崩壊を食い止めるのです。どうやら、海の大戦争を仕掛ける必要がありそうですわ!


 もちろん、カニさん一人では荷が重すぎます。よしんばカニさんの大群を集めたとしても、デカラビアに勝てる保証はありません。

 ですが、わたくしは信じていますの。「上には上がいる」と。

 所詮は大魚が小魚を食らう海の世界。これから先、強くて気高い精神を持った海洋生物の方と巡り会えるかもしれません。その方に悪党の成敗をお願いするのです。

 もちろん、わたくしも参戦いたしますわよ! 海洋環境の保全、それこそが一介の貝であるわたくしの務めですもの!


 ともあれ、将来の戦いに備えるためにも、今は食料の確保が最優先です。栄養満点でなければ、戦う気力も湧いてきませんからね!


「ボコちゃん、お聞きなさい? わたくしたち、ここが正念場ですわよ。気合を入れて参りますわ!」


 二つの方向は論外として、残された二方向のどちらへ進むべきか……。迷ったわたくしは、海の先輩であるカニさんにお任せして、自由に選んでいただくことにしました。


 虹色真珠をフルパワーで発動、輝度レベル3の最大出力! 車のヘッドライトの如く前方の景色を照らし出します。


 ヒトデたちに蹂躙されたエリアを離れるにつれ、周囲の景色は再び鮮やかで美しい彩りを取り戻していきました。


 移動速度は決して速くありませんが、カニさんの歩みは威風堂々、何者にも遮られぬ力強さがあります。まるで戦車か移動要塞に搭乗している気分ですわ。

 僕は貝殻を少し開き、暗視能力を駆使して外の景色を楽しみます。懐にはボコちゃんが、僕の身にぴったりと寄り添い、離れようとしません。


 まあ、なんて甘えん坊さんなのでしょう。可愛すぎて胸が苦しいですわ!


 不意に鼻から温かいものが流れた気がして……あら、興奮のあまり鼻血が出てしまったようですわね。手で拭ってみれば、それもまた美しい虹色でした。


 そんな心温まる道行きの果てに――わたくしの冒険心をくすぐる場所へと辿り着きました!


 前方に現れたのは、なんと岩の洞窟!


 海底に潜む洞窟だなんて、古来より相場が決まっていますわ。あそこには間違いなく、お宝が眠っているに違いありません!


「進路、西北西! 面舵一杯! 全速前進あそばせーっ!」

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