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第23話 服は貰ったけど下着は…

 クサムライさんは、スライムの遺骸に深く根を下ろしていた。


 皆が固唾を呑んで見守る中、それは先ほどの真珠の木と全く同じ成長のプロセスを再現してみせる。


 根は二つの残骸を跨ぐように広がり、赤と黒の粘液ゲルをポンプのように吸い上げている。それらは茎や葉――いや、維管束と言うべきか――を伝って、頂点へと絶えず送り込まれていた。


 養分を吸い取っているのは明らかだ。スライムが萎み、クサムライさんが肥大化しているからだけではない。吸い上げるたび、維管束の一部が脈打つように膨張しているのだ。

 それはまるで、ゴムホースを足で踏みつけた時のように、流れを堰き止められた箇所がぷくりと隆起するさまに似ていた。


 ただの水草だったクサムライさんは急速に成長し、太い幹と豊かな枝葉を持つ大樹へと変貌を遂げた。

 元々巨大だった二匹のスライムを余さず吸収したのだ。その姿は天を衝くほどの巨木となり、見上げても頂上が霞んで見えないほど巨大化している。


 頭上は鬱蒼とした枝葉に完全に覆われてしまったが、クサムライさん自身が淡い燐光を放っているため、水面からの光が遮られても辺りが闇に閉ざされることはなかった。


 四方へ広がった枝からは、瑞々しい緑色の蔦――まるでガジュマルの気根のようなものが垂れ下がってくる。それらは僕やカニさん、ボコちゃん、そしてナーガたちを取り囲むように降り注いだ。

 海の中なのだから、気根きこんではなく水生根すいせいこんと呼ぶべきだろうか。

 その根はさらに下方へと伸び続け、すべて海底の砂地へと深く突き刺さっていく。


 一本一本の密度はそれほど高くないため、近くにいる者の姿は確認できる。だが少し距離が離れると、全方位から垂れ下がる根が幾重にも重なって視界を遮り、向こう側の様子は判然としなくなった。


 さらに驚くべき現象が起こる。垂直に垂れ下がった蔦のあちこちに、色とりどりのつぼみが芽吹いたのだ。


 蕾は瞬く間に膨らみ、咲き誇り、そして散っていく。まるで植物の成長を記録した早回しの映像を見ているようだ。花が散った跡には、すぐさま多種多様な果実が実を結ぶ。


 イチゴやスイカ、ザクロといった、本来なら木になるはずのない果物。カブのような根菜にエンドウ豆。それだけではない。キャンディやクッキー、チョコレートの形をした不思議な果実までぶら下がっているではないか!


 散りゆく色鮮やかな花弁が、水底へと舞い落ちる。だが、それらは砂地に積もることはなかった。着底した瞬間、まるでそこには何もないかのように、地面をすり抜けて消えてしまったのだ。


 すり抜けた瞬間、水面に水滴が落ちた時のような波紋が広がる。あれは……まさか、空間そのものが揺らいでいるのか?


 クサムライさん、あんた一体何モンやねん!?


 周囲のナーガたちも、互いに顔を見合わせて困惑している。


 僕が自分の顔よりも大きなキャンディをもぎ取って食べてみようかと迷っていると、幹の方からゆっくりと緑色の物体が浮かび上がってきた……。


 いや、違う!


 あれは、猫だ!


 幹から現れたその猫は、まるで四次元から飛び出してきたか、あるいは転移門ゲートのような空間魔法を使ったかのように、ぬるりと姿を現した。


 ヒョオオオオオオ……。


 その時、奇妙な音が響き渡る。高い音が急速に低くなっていくような、ドップラー効果じみた下降音だ。出現と同時に、幹の表面には縦方向の波紋が広がっていく。


「オーマイガー……」


 だが、その猫はネズミに耳を齧られて青ざめたあの国民的ロボットではない。

 全身が緑色で、造形ディテールが妙に甘いのだ。猫の写実的な姿というよりは、子供の落書きに近い。マスコットキャラクター特有の緩さを漂わせており、輪郭もどこか曖昧だ。

 頭には魔法使いのような帽子を被っている。そして猫にとって最も重要なアイデンティティである「猫耳」を主張するためか、帽子にはわざわざ耳を通すための穴が開けられていた。


 緑色の猫は、つぶらな黒い瞳で僕をじっと見つめると、ぷにぷにとした肉球を見せつけるように右手を元気よく挙げて挨拶をしてきた。


「こんにちは! 可愛いホタテのお嬢さん! 吾輩は可愛い草の精霊だよ!」


 し、喋った……!

 しかも、異世界共通語だ!

 僕は一瞬、感動に打ち震えた。


 ……って、一人称が「吾輩」だと!?


 しかも、妙に渋いおっさん声やないか! 思わず「阪本さん」って呼びたくなる衝動に駆られるわ!

 これがいわゆる「ギャップ萌え」ってやつか!? キャラが濃すぎるやろ!


 幼馴染は天からの授かりものには勝てへんって言うしな。人間っちゅうのは新しいもん好きやし、幼馴染はいつだってポッと出の転校生に負けるのが世の常や。ウチの人気を、この天から降ってきた草の精霊に全部持っていかれるかもしれへん!


 僕は空前絶後の危機感を覚えた!


「ごきげんよう。わたくしは慈愛に満ちたホタテでございますわ。草の精霊さん、貴方はこの木から出ていらっしゃいましたが、もしやこの木そのものであらせられますの?」


「その通りだよ!」


 それにしても、こんな大きな猫ちゃんが、こんなに渋いおじ様ボイスで喋るなんて……ぐへへ、たまらん!


 僕は迷わず草の精霊の顎の下へと突進した。

 サイズ感は前世の猫と同じくらいだろうか。僕の体なら、彼の顎を軒先にして雨宿りができそうだ。それでも、あの魅惑のスポットを撫で回してみたい。ゴロゴロと喉を鳴らしてくれるかもしれないではないか。


 だが、触れようと手を伸ばした瞬間、僕は空を切った。


「ごめんね。精霊体は実体じゃないんだ。吾輩たちの言葉で言うなら、ホログラムって表現が一番近いかな? だから触れないんだよ。吾輩の木になった実は、全部君たちへのプレゼントさ。好きに採っていいよ! それと、ホタテのお嬢さん。ずっと服を探してたんじゃない? 任せて! この吾輩が作ってあげるよ!」


 近くの蔦に花が咲いたかと思うと、すぐに散り、真っ白な綿花が実った。


 綿花はみるみる収縮し、小さな白いローブへと形を変えていく。


 だが、それは決して薄っぺらな代物ではない。

 見た目は超ロング丈のダウンコートか、あるいは某タイヤメーカーの白いマスコットのようにも見える。けれど、そのモコモコとした隆起はもっと不規則で、かつ特別な配置になっていた。

 既存のそれらよりもずっと美しい。例えるなら、空に浮かぶ雲をそのまま身に纏うような、そんなデザインだ。


 その上、フード付きで、至る所に美しい金色の刺繍が施されているではないか。なんて精巧な作りなんだ! 草の精霊さんは凄腕の仕立てテーラーなのかもしれない! 憧れちゃうなぁ!


 細い蔦が伸びてきて、ふわりとそのローブを僕の体に羽織らせてくれた。

 ただ……。


「親愛なる草の精霊さん。申し上げにくいのでございますが……その、お下着の方も仕立ててはいただけませんこと?」

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