第14話 海底に咲く虹の木
私の名前はマナサ。
族長の娘って言っても、私たちの部族は人数百人にも満たない小さな集まりなの。だから「族長の娘」なんて肩書き、大した意味はないのよ。
本当に凄いのは、長老であるお父様の方。
タマクラゲの養殖技術を開発して、今の品種を作ったのはお父様なのだから。そのおかげで、私たちはずっとご飯に困らずに暮らしてこれたの。
でも最近、この辺りの水質がどんどん悪くなっちゃって……。
養殖場のタマクラゲは弱ってるし、私たちでさえ思わずエラを塞ぎたくなるくらい、お水が淀んでるの。
クラゲも減って食料不足になっちゃったから、お兄様が狩猟隊を率いて外へ出ることになったのよ。
そんな時に、養殖場で『事件』が起きちゃった……。
私は今、西へ続く海底道路を進んでるところ。南西へ向かったお兄様たちを探して、大変なことが起きたよって伝えないといけないから。
こうして泳いでいる間も、私、ずっと考えてたの。
養殖場の様子をじっくり見たわけじゃないけど、みんなの分析にはなんだか違和感があるのよね。
タマクラゲの頭に、模様入りの四角い貝殻がペタッて貼られてた件――。
みんなは「ヒトデを崇拝する敵の仕業だ!」って怖がってたけど、敵がそんな回りくどいイタズラをするかなぁ?
それに、爪の問題だってあるわ。
もし四角い貝殻がいっぱいあったとしても、あんなに細かくて面倒な作業、長くて鋭い爪がある私たちナーガ族にできるとは思えないの。一晩であんな量、絶対に無理よ。
何より不思議なのはね――あの「印付き」のクラゲを食べてから、私の体がすっごく軽いの! なんだか力が湧いてくる感じがするのよね。
お兄様を探して進むこの道も、なんか変。
一部分だけ、すごーく水質が良い場所があるのよ。そこだけキレイな湧き水みたいに澄んでて、植物たちもビックリするくらい元気なの。
かと思えば、急に元の汚れたお水に戻って、植物も元気がなくなっちゃう場所もあるし……。
あまりにも不自然で、極端すぎる……。
いくら考えても、答えなんて出ない。
お兄様たちは、きっとこの先にいるはず。今はとにかく、前に進まなきゃ。
そう決めて泳ぎ続けた先で――ようやくお兄様たちを見つけた。
でも、目の前の光景に私は水を呑んだ。狩猟隊のみんなが、絶体絶命の危機に陥っていたから。
あれは……双子のキングスライム!
赤と黒、二つの巨大な粘液の塊が、圧倒的な威圧感でそこに鎮座している。
周囲には既に、動かなくなった仲間たちが何人も倒れていた。
お兄様と、残った数人の精鋭たちが三叉槍と盾を構えて対峙しているけれど、状況は最悪。
赤いスライムは、まるでタコのような極太の触手を振り回して暴れまわり、黒いスライムは、ウニのように全身から鋭利な棘を突き出して迫ってくる。
いくらお兄様たちが手練れでも、あの二体の巨体を相手にするには分が悪すぎる。
完全に防戦一方。ただ攻撃を耐えるだけで、反撃に転じる隙なんて微塵もない。
遠目に見ても分かる……お兄様たちの体は、もう傷だらけでボロボロだ。
どうして、こんなところに双子のキングスライムがいるの?
あいつらは本来、もっと遠くの海域を縄張りにしているはずなのに。
――ううん、今は考察している場合じゃない。
このままじゃ、全滅しちゃう……!
私が飛び出して何ができるかは分からない。でも、じっとしてなんていられない。
そう思って遊泳速度を上げた、その時――。
ビュンッ! と、緑色の影が私の横を猛スピードで駆け抜けていった。
凄まじい水流が肌を打つ。その影が通った後には、長く細い、七色に輝く光の軌跡が残されていた。
緑の影はそのままお兄様たちの背後へと回り込み、高く、高く跳躍した。
水中に漂うその姿を見て、私は目を疑った。
平たいクラゲのようなものを頭上に掲げているけれど……あれは、大きな水草?
その大水草は、まるで生き物みたいに葉を動かし、掲げたクラゲを開閉させて水の抵抗を受けながら、ふわりと降下を始めた。
近づいて見てみると、その体から何かがコロコロと転がり落ちるのが見えた。
一匹のカニと、二枚のホタテだ。
さっきの七色の光は、そのうちの一枚のホタテから放たれているみたい。
落ちてきたカニは、器用なハサミ捌きで二枚のホタテを自分の背中に乗せると、もう片方のハサミで真っ白なクラゲを掲げ、同じようにゆっくりと降りてくる。
双子のキングスライムの狙いが、お兄様たちから、突然割って入ってきたその奇妙な集団へと切り替わる。
あんな小さな体で、巨大なスライムの攻撃を受けたらひとたまりもない――私の胸が、ギュッと締め付けられた。
でも――あの動く水草、ただ者じゃない!
無数の触手と棘が襲いかかった瞬間、水草は掲げていたクラゲをスボめて鋭い形状に変えると、それを盾のように、あるいは槍のように巧みに操って、全ての攻撃を受け流したのだ。
部族最強のお兄様が三叉槍を使っても、あんな精妙な動きはできないわ。
事態が飲み込めない私の前で、さらに信じられない光景が広がる。
奇妙な生物たちの足元の砂地から、突然、植物の芽がポコッと顔を出したの。
最初は瑞々しい新緑色だった芽は、見る見るうちに太く、長く成長していく。
そして幹の色が変化した。あの奇妙なホタテと同じ、鮮やかな七色に!
「あれって……木!?」
珍しいなんてもんじゃない。かつて一族を率いて安住の地を探していた父様から、話に聞いたことがあるだけの存在。
どうしてそんな伝説上のものが、こんなところに?
水草とカニは、急速に成長するその木の周りをグルグルと走り回り、二枚のホタテは貝殻をパクパクと開閉させて泳ぎ回っている。
まるで、何か怪しげな儀式でもしているみたい。
その儀式のおかげなのか、 木はほんの数秒で双子のキングスライムを見下ろすほどの巨木へと成長した。
さらに不思議なことが続く。
大きく広がった枝の先々に、白くて丸い実のようなものが、たわわに実り始めたの。
その瞬間――全ての球体が、強烈な七色の光を放ち始めた!
こんな光景、生まれて初めて……。
でも、おかげで双子のキングスライムの注意は完全にあの木に釘付けになっている。
今なら、危険に晒されずにお兄様のもとへ行けるわ!
「お兄様、ご無事ですか!?」
「マナサ!? お前、どうしてここに! 危険だ、近寄るな!」
「でも、みんな怪我が……」
「ああ……。目の前の妙な連中のおかげで、今はなんとか持ち堪えているが、あの二体のキングスライムがいつ動き出すか分からん。
マナサ、お前は早く離れるんだ! おい、動ける者は倒れている兄弟たちを安全な場所へ運べ!」
七色の光が眩く輝く中、お兄様はさっきまで共に戦っていた精鋭たちに指示を出し、負傷者の搬送を始めた。
私も手伝おうと、近くで倒れていた仲間のそばへ駆け寄る。
彼を抱き起こそうとした、その時――。
七色の軌跡を引き連れたあのホタテが、さっきの木から採ったと思われる「七色に光る球体」を運んできた。
そして、あろうことかその球体を、倒れている仲間の口へと放り込んだの。
大丈夫なの!? と思ったけれど、仲間が無意識に咀嚼して飲み込んだ瞬間――信じられないことが起きた。
彼の体に刻まれた深い傷が、見る見るうちに塞がっていったのだ!
呆気に取られる私の目の前に、その小さなホタテがスーッと泳いできた。
貝殻をパカッと開き、私の目線の高さで止まる。
――中を覗いて、私は息を呑んだ。
そこに座っていたのは、ホタテの身なんかじゃなかったから。
顔立ちは私たちナーガ族によく似ているけれど、肌の色は私たちのような青緑色ではなく、透き通るような純白。そして、青い髪をした美しい女の子がちょこんと座っていたの!
その子は私に向かって片手を挙げると、口を動かした。
何か言葉を発しているみたい。小さくて、とっても可愛らしい声。
なんて言っているのか言葉は分からない。
でも、その仕草や、仲間を治してくれた行動を見る限り……。
これってきっと、友好的な挨拶……よね?




