第13話 クサムライの恩返しと、勘違いビキニアーマー
私たちが贈った傘のおかげで、草さんは見事に泳法を習得したようです。
彼はリズミカルな開閉運動で水中を飛び回り、その喜びを全身で表現すると、最後にはガシッと私たちと熱い握手を交わしました。
……うん、ただ風に吹かれて転がるだけのタンブルウィードとは訳が違います。
目の前の植物には明らかに知性があり、意思疎通ができる。パスカルが言ったのは「考える葦」ですが、これはいわば「考える海草」です。
あまりに人間臭いその挙動を見ていると、植物繊維のうねりの中に、実は小さいおっさんが隠れて操縦しているんじゃないかと疑いたくなるほどです。
彼は泳ぐために使っていた傘を閉じ、腰のツルに差し込みました。その姿はまるで、愛刀を帯びた流浪の剣客。
……カッコいい。今日から彼を『クサムライ』さんと呼ぶことにしましょう。
しかし、そんなクサムライさんは今、私たちの前で植物繊維の体をくねらせ、奇妙な手旗信号のようなダンスを踊っています。
頂いた傘を掲げ、葉っぱのような繊維で自分を指し、そしてまた私たちを指す。
必死に何かを伝えようとしているようです。
僕は冷静に、その意図を読み解こうと試みます。
──ふっ。分かったで。ウチには分かる!
『某、施しを受けたままでは武士の恥。何か返礼を致したく候』
おそらく、こう言っているに違いありません!
植物のボディランゲージまで完璧に翻訳できるとか、ウチの才能、怖いくらいやな。天才ちゃうか?
見返りを求めないのが美徳とはいえ、貰いっぱなしでは座りが悪いという気持ちもよく分かります。クサムライさんの男気(植物ですが)を立てて、ここは甘えるのが正解でしょう。
ですが、植物である彼に何を提供してもらえるでしょうか?
僕たちの当面の課題は二つ。『食料の確保』と『ボコちゃんの服』です。
食料については……正直、期待薄です。
クサムライさんの特技は「海底ダッシュ」。確かに足で稼いだ土地勘はあるかもしれませんが、彼は植物。食事をしません。
もし「最高のお食事スポットにお連れします」と言われて、日当たりの良い斜面や、栄養豊富な泥の中に案内されても、僕たちは困ってしまいます。
となると、やはり『衣服』でしょうか。
海の中に蚕や羊がいるとは思えませんが、植物である彼ならば、織物の材料になりそうな海藻や、特殊な繊維質の植物が生えている場所を知っているかもしれません。
よし、決まりです。
問題は、どうやってクサムライさんに「服の材料が欲しい」という意図を伝えるかですが……。
言葉が通じない相手には、実物を見せるのが一番手っ取り早いでしょう。
ここは貝の殻を使って、即席のブラジャーを作り、身振り手振りで伝えるしかありません!
扇子で口元を隠すように慎ましく、けれど中身は思いきりえずきながら、僕はスキルを発動。
吐き出されたコンクリは、瞬く間に二つの半球とそれを繋ぐ紐状のパーツへと成形され、自らの胸元にピタリと装着されました。
さあ、これを見れば彼も「ああ、体を覆う物が欲しいのだな」と理解してくれるはず。
僕は確認のため、自身の真珠層に映り込んだ今の姿を覗き込みました。
──って、なんじゃこりゃあああ!?
ブラジャーっていうか、これ、ただの過激なビキニアーマーやないかいっ!!
いったいどういう思考回路でコレをお出ししたのか。自分のことながら理解に苦しみます。
これをこのまま装着し続けるべきか、即座にパージすべきか……僕が葛藤していると、それを見たクサムライさんが、繊維でできた手で音のない『指パッチン』をしました。
どうやら、何か天啓を得たようです。
彼は腰の愛刀を傍らの地面に突き立てると、その場でおもむろに跳躍。
ズボッ! という音と共に着地し、腰から下の部分を一瞬で海底の砂の中へと潜らせました。
その姿は、どこからどう見ても、ただ周囲に生えている水草そのものです。
すると、砂の上に出ている彼の上半身が、みるみる変質していきます。
緑色の蔓のような枝が一本、水流に揺られながらスルスルと上方へ。
枝は次第に太くなり、その先端に『ある物』がぶら下がりました。
……サヤ、です。エンドウ豆の!
クサムライさんから生えてきたそれは、まさにエンドウ豆の苗。結実したサヤは二つの丸い膨らみに分かれていて、それぞれの部屋に豆が入っているのが見て取れます!
──って、ちゃうわ!
なんで? なんでビキニアーマー見て「よし、エンドウ豆や!」ってなるねん!?
確かにあんなもんを作ったウチもアレやけど、そこから豆を連想するとか、難易度高すぎひん?
……いや、待てよ。二つの半球。整然と並んだ二つの膨らみ。
……あかん、形状的には、まあ、似てなくもない……か?
僕が困惑している間に、クサムライさんは器用に葉っぱの手を動かしてサヤを摘み取り、手渡してくれると同時に、親切にもそれをパカッと割って中身を見せてくれました。
中には確かに、まん丸なグリーンピースが二粒。
……まん丸?
これ、もしかしてシステム的には『真珠』判定になるんじゃ?
僕は一粒を手に取り、大事に抱きかかえるようにしてステータス画面を開きます。
予想通り、装備スロットに詳細が表示されました。
【エンドウ豆(美味) 効果:食用可、植え付け可】
……その効果を見て、僕は戦慄しました。
もし、もしも虹色真珠の力でこれを取り込んでしまったら……?
ホタテ姫であるわたくしにも、『食用可』とか『植え付け可』なんていうとんでもない属性が付与されてしまうのでは?
うっかりつまずいて、砂に顔から突っ込んだら最後、そこから発芽して、大量のウチが生えてくるってこと!?
アカン。これは絶対に吸収したらアカンやつや!
──モグッ。
ん、お味の方はなかなか美味ですわね。
毒見完了。特に問題もなさそうなので、もう一粒はボコちゃんにあげました。
……って、違う違う! そういうことじゃない!
わたくしが求めておりますのは、これではありませんの。
「い・ふ・く」の、「そ・ざ・い」! オーケー?
僕は全身を振って全力で首を横に振り、再びジェスチャーゲームを続行します。
必死にアピールする僕を、クサムライさんは小首をかしげてじっと見つめていましたが……やがて、何か閃いた様子でポンと手を打ちました(音はしませんが)。
彼は海底の砂から勢いよく飛び出すと、愛刀である傘を腰に差しました。
そして、傍らにいたカニさん、僕、そしてボコちゃんをまとめて抱え込むと、自らの体を構成する植物繊維の中にスッと取り込んだのです。
まるでゆりかごのように、繊維が優しく、しかししっかりと僕たちを固定します。
次の瞬間、彼はクラウチングスタートのような前傾姿勢を取り──爆発的な加速で飛び出しました!
ズドオオオオオン!!
凄まじい水圧が顔を打ち付け、目が開けていられないほどです。
ひえええっ! 速すぎるっ!!
僕は慌てて貝の蓋を閉じ、わずかな隙間だけを残して完全防備の体勢へ。そこから夜目を発動し、外界の様子を窺います。
速い。速すぎます。
僕はもちろん、あのカニさんが本気を出したとしても、到底及ばないであろう超速度。もはや海底を走る弾丸です。
こ、今度こそ理解してくれたのでしょうか?
この猛ダッシュの先には、きっと服の材料になる何かが待っているんですよね!?




