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第12話 となりの「クサ」は泳ぎたい

 海の中ゆえに、残念ながら水平線からのご来光を拝むことはできない。

 けれど、周囲の水景色がじわりと青く透き通り、明るさを増していく様を見ていると、新しい一日が始まったのだと肌で感じられ、実に清々しい気分だ。


 どうやらこの体、睡眠欲求はかなり低いらしい。必ずしも夜に眠る必要はないようだ。

 昨晩、大量の幽霊さんたちを成仏させたおかげか、いつの間にか『称号システム』が解放されていた。

 獲得した称号は【癒し手(ヒーラー)】。どうやらあの除霊作業、システム的には「治療」判定だったらしい。


【称号】

 『癒し手(ヒーラー)』 (効果:治療・解毒効果への補正・微)


 あらやだ、慈愛に満ちたわたくしにぴったりの称号じゃありませんこと?


 これはアレやな。そのうち一代で名を成した伝説のホタテ名医として、後世に語り継がれてまうかもしれへんな。『曲直瀬まなせホタテ』の伝説、始まるで!


 すっかりリゾート気分になった僕は、コンクリスキルでカニさんの背中に『白い大型パラソル』と『デッキチェア二脚』を作成した。


 もちろん、もっと美味しいご飯も見つけたいし、ボコちゃんのためにお洋服だって作ってあげたい。

 けれど今は、そうした目的よりも、この気ままな旅の情緒を心ゆくまで味わおうと思う。


 僕らを乗せたカニさんは、見上げるほど背が高く、鬱蒼と茂る水生植物の間を歩いている。

 ここだけ植物が生えておらず、まるで一本の道のように開けた場所があり、カニさんはそれに沿って進んでいるようだ。


 ハサミで器用にパラソルを差したカニさんに揺られながら、僕とボコちゃんはそれぞれのデッキチェアに腰掛け、景色を眺めて歌を口ずさむ。


「となりのカッカニ、カッカニ〜♪ カッカニ、カッカニ〜♪ 海の中に、むかしから住んでる〜♪」


 わたくしの美声に惹かれたのかしら、さっきからお魚さんたちが周囲をついてきているわ。

 時折、物好きな小魚がわたくしとボコちゃんの前に回り込み、器用に後ろ向きに泳ぎながらこちらを興味深げに覗き込んでくるの。


 道中半ば、僕らが楽しそうに歌を歌っていると、突然脇の水生植物がザワザワと激しく揺れ始めた。

 わたくしとボコちゃんが顔を合わせ、「あら?」と声を上げたその瞬間、カニさんも足元を止め、小さな目で動き出した方向をじっと見つめている。


 そこから、なんと一つの大きな草がバタバタと草むらから飛び出してきた!

 間違いなく「草」で、茎は緑色にみずみずしく葉が生い茂っているにもかかわらず、底についている根っこのような部分で砂を踏み鳴らし、まるで人が走るように海底を疾走しているのだ!


 道はそれほど広くないので、草は端から端へとひるまずに走り抜け、すぐに反対側の草むらへと姿を消そうとしている。


「追いますわっ!」


 こんな不思議な生き物がいるなんて……好奇心が抑えられない。絶対に何者なのか追って調べなければ!


 僕は走り去る草の方向を指し、カニさんに進めるよう促す。カニさんは背中の上の僕の手が見えないはずだが、どうやら『知性共有』スキルが効いていたのか、大きなハサミをパチンと鳴らし、すぐに意思を伝えてくれた。

 その次の瞬間、カニさんの六本の足がまるで赤い風車のように高速に回り始め、全速力で草を追いかけて僕らを草むらの中へと突き進ませた。


「まあ、なんてこと! ここはお草が深すぎましてよ! あの方を見失ってしまいますし、何よりこの無礼な草たちが、わたくしとボコちゃんをペチペチと叩いて参りますの!」


 慌ててコンクリスキルで第二のパラソルを作成し、カニさんの空いているもう片方のハサミへと渡すすると、カニさんは素早く両方のパラソルを水平に広げ、わたくしとボコちゃんの前をしっかりと守ってくれた。

 これで前方から飛び込んでくる草の葉や茎を受け止められ、叩かれるのを防げる。


 カニさんがひたすら走り続け、すでに草を見失ってしまったのではないかと諦め始めた矢先、突然明るい光が差し込んできた。

 カニさんが勢いよく草むらを抜け出した先は、まったく植物の生えていない広い空き地だった。


 空き地の奥には、僕たちの小さな体から見れば『崖』のようにそびえ立つ場所があった。

 とはいえ、それは切り立った絶壁というよりは、海底の岩盤が隆起してできた『大きな段差』だ。側面にはなだらかな坂がついているため、カニさんの足でも問題なく登れそうだし、僕とボコちゃんなら少し泳げば簡単に上まで行けるだろう。


 僕らが段差の下から上を見上げると、やはりそこには緑色の草がいて、段差の端からぴょんぴょんと高く跳び上がり、下の僕らへと向かって飛び降りてくるのだった!


 草は根っこをパタパタと激しく扇ぎ、まるで上に泳ごうと努力しているようだが、少しも成功していない。細い根っこをいくらばたつかせても、体を浮き上がらせるだけの力は生まれないらしく、重力に従ってどんどん落ちてくる。


 やがて草は僕らの足元にドスンと着地し、重い体が底面に衝突して周りに砂の輪が広がる。

 だが、草は決して諦めないようで、すぐに脇の坂道を根っこで踏み鳴らしながら駆け上がり、またそこから高く跳び上がる──

 そんな繰り返しを続けているのだ。


「まあ、あの方……もしや泳ぎを習得しようとなさっているんじゃありませんこと?」


 話に聞く猛禽類は、断崖絶壁に巣を作り、雛の羽が生え揃う頃にあえて巣から突き落として飛翔を促すといいます。目の前のあの草が行っているのは、まさにそれと同じ荒行に見えました。


 けれど、鳥の雛には空を掴む翼があります。魚には水をとらえるヒレがあります。

 僕たちホタテでさえ、貝殻を開閉して水流を噴射し、優雅に泳ぐことができます。


 しかし、あの草は……どう考えても泳げる構造をしていないはずです。


 何度も高所から飛び降りては、不可能な技能の習得に挑み続けるその姿……まるで神話のシシュフォスやないか。決して頂上にはたどり着けない岩を押し上げ続ける、永遠の徒労と苦痛。見ていて心が痛むわ。


 なんとかして、あの草さんをお助けする方法はないのでしょうか。

 僕が頭を悩ませている横で、ボコちゃんが先ほど教えた歌の続きを、可愛らしい声で歌っていました。


「ずぶ濡れ、オバケがいたら〜♪ あなたの、雨ガサ〜♪ さしてあげましょ〜♪」


 ――それだ!


 もし、草さんに「傘」を持たせたら、落下速度を抑えられるんやないか?


 パラソルは大きく作ってある。あれを草さんが手に持てば、水の抵抗が大きくなる。その浮力を利用すれば、あるいは泳ぐことだって可能になるかもしれない!


 草さんが再び地面にドスンと着地したタイミングを見計らい、僕はカニさんに指示して、持っていたパラソルの一本を草さんへと差し出させました。


 今度は、草さんはすぐに坂を駆け上がろうとはせず、不思議そうに首(茎?)を傾けてこちらを見ています。傘を受け取ろうとしません。

 それにしても奇妙です。目らしき器官は見当たらないのに、どうやら視角はあるようです。


 言葉が通じへんから、意図が伝わってないんか。しゃあない、実演販売といこか。


 僕はコンクリスキルで、自分のサイズに合わせた小さな傘を作成しました。

 まずは閉じた状態で貝殻をパクパクさせて泳ぎ、草さんから見える少し高い位置へと移動します。

 そして高みから、手にした傘をパッと開きました。


 傘を開いた僕は、水の抵抗を受けてゆっくりと、くるくると回転しながら、優雅にカニさんの背中へと舞い戻ります。


 その一部始終を見ていた草さんは、何かを悟ったようです。

 カニさんのハサミからバッとパラソルを受け取ると、一度閉じてから、猛烈な勢いで段差の頂上へと駆け上がりました。

 そして、崖っぷちでパラソルを大きく広げ、高々と跳躍したのです!


 開いた傘を掲げて降下する草さん。その落下速度は、先ほどまでとは比べ物にならないほど緩やかでした。

 草さんは空中で根っこをバタつかせる代わりに、手にしたパラソルを力強く『開閉』させました。


 バフッ! バフッ!


 傘が大きく開くたび、重い海水が下へと押し出されます。その反動により、強烈な推進力が生まれました。すると──


 グンッ、と。

 草さんの体が力強く上昇しました!


「まあ! 泳げましたわ!」


 わたくしとボコちゃんは思わず拍手喝采です!


 泳ぎを習得した草さんは、喜びを爆発させたようです。

 傘をリズミカルに開閉させて水中を自在に飛び回り、その反動に合わせて体をくねらせ、奇妙なダンスを踊り始めました。


 なんやその踊り! 喜びの舞にしては独特すぎるやろ!


「ボコちゃん、あの方をご覧になって? あれはなんですの?」


 クサと、カサ。二つの単語はすでに教えてあります。

 さあボコちゃん、あなたの応用力が試される場面ですよ?


「えっとねー……カサさす、クサ!」


「うふふ、その通りですわ」


 カサとクサで韻を踏むとは、ボコちゃんもお笑いのセンスが出てきたようやな。


 ひとしきり泳ぎ回って満足したのか、やがて草さんは傘を閉じ、その自重ですとん、と海底へ着地します。

 どうやらその長い柄の傘を自分の茎に差し込んで装備することにしたようです。再び私たちのそばへ降り立つと、植物繊維でできた手を伸ばしてきました。

 そして、カニさんのハサミ、わたくしの手、そしてボコちゃんの手を同時に優しく絡め取り、こくこくと上下に揺らしました。


 どうやらこれは、彼らなりの握手であり、感謝のしるしのようです。

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