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『ノックの向こう』

作者: Silence
掲載日:2025/10/17


[SCSS LOG 06] — SIGNAL CORRUPTED

Last Modified: 2025-10-16

(記録断片 06)

月面へ向 (ザ……)検艇ノクティル (ザザザ)男と

地 (ザザザ…)図書館に居着 (ザザザ…)務職員

時代さえ無関係 (ザザザ…)たりをつな (ザザザ…)りえないはずのなにか


(以下ノイズ雑音)




 月面観測無人基地の通信が途絶え、リモート操作を受け付けなくなり4時間が過ぎる。

月面上基地上空と云っても約 65,000 km離れたラグランジェ2にある中継衛星はいつものPingを返すだけで無関係を装った。

星の上にも星は降る。

担当当直からの報告を受けたフランス人の基地司令はため息をつく。

天文担当部署から月基地周辺に流星(隕石)落下の可能性の報告を48時間前に聞いていたからだ。

「これは」持っていたボールペンを床に取り落とした。

 "困った"

ペンを拾いながら近くにいたアメリカ人の副司令に言う。

「また金がかかる」

「そうですね」副司令は30秒に1回大きな気密マドから流れてくる地球を見る。

「とりあえず緊急事態として「下」に報告しましょう」

見えていた地球は窓の外を流れ今度は少し欠けた月が見えてきた。


 半径250メートルの回転居住リングを持つ、人類史初のほぼ1G発生させる装置。

「人類の叡智の結晶」と称えられた地球外周軌道基地、Artemis Orbital Base(AOB)。


長期の無重力下での活動が身体に及ぼす影響が問題になるほど、人が宇宙に上がる時代になりつつあった。

『無重力下で躰を壊す我慢の時代は終わった、その解放だ』――そう宣伝されたが、莫大な費用と打ち上げ資材は各国の財政を圧迫し続けていた。

巨大なリングは遠目には独楽のようで、アメリカ大統領は「自由の輪(Wheel of Freedom)」と誇ったが、

イギリス人ジャーナリストは(一説には首相が)「世界一のハムスターホイール」と揶揄した。


いにしえの冷戦構造のように国家間で宇宙資源への先手争いも輪をかけた。

新冷戦構造とでもいうべき新たな国家間の枠組みが、空へ空へと手を延ばす。


解決せねばならぬ諸問題を取り置いて、人類は新たな扉を開こうとしていた


「通常の報告書と、事故報告の両方を出さねばなりませんね」

「月の裏側だ。誰かをやって、現場を目視で確認させよう。まずそれからだ」

私にできる権限はそこまでだ。

以降の月面降下調査は大がかりになる。

それは政治家たちが予算をひねり出してくる仕事だ。


司令はソファに深く体を預け、リングの回転から伝わる1Gを確かめるように目を閉じた。


 定刻通り、オレは "ブリキ缶"で、マスドライバーから射出される。


ブリキ缶こと小型点検艇「ノクティルカ」は全長7メートルにも満たない小型の点検艇だ。

セラミック複合材+カーボンナノチューブ補強が入った直径3メートルほどのカプセル型で

ハイブリッド化学燃料推進 (メイン)+リアクション制御スラスター(姿勢制御)付の棺桶だ。

狭い船内はパイロット席と斜め天井部に緊急脱出口を兼ねたエアロックがある。

一応船内は与圧されているが、基本宇宙服は着たままとなる。

ホーマン遷移軌道を取って5日ほどで月に到着後上空から無人観測基地

(密かにラビットハウスと呼んでいる)を確認すると云う任務だ。

状況によっては月軌道を周回しながら復旧?作業も行う。

まあ隕石群が近接ではじけて太陽光パネル他電源部に損傷あるようであれば

もうどうにもならない。なら、すぐ帰れると思うだろう?

でも、あの基地司令がそう簡単に帰してくれるわけがない。経験でわかる。

ダイナーでパンケーキを食って帰るって訳にもいかないさ。


 小型スラスターが『プシュッ』と二度、短く噴く。

視界で、青い地球が窓の隅からせり上がる。

"姿勢安定" グリーンランプ

"相対速度:0.12 m/s" 声出し確認

警告音が一度だけ鳴って

点検艇の主推進器が数秒燃焼し、船体が腹の底に重さを与える。

脊椎に沿って沈み込むような圧力。

視界の地球がゆっくりと右下へ流れ、前方には濃紺の虚空が口を開ける。

航路投入

TLIシーケンス完了。


転移軌道に入った艇は、基地から切り離された孤独な点となり、月方向へ滑り出す。


通信が入る。


AOB: ノクティルカ、こちらアルテミス。ブリキ缶のご機嫌はどうだ?


Noctiluca: 缶は健在、空気もまだ冷えてる。ナイトサイドに入る前に火を噴く。


AOB: 了解。墓石ラビットハウスが黙っている。お前が行って目で確かめろ。


Noctiluca: こちらノクティルカ。鉄くず漁りに出る。ランタンを見失わなければ帰れるさ。


(*通信ノイズ*)……

(沈黙)


 内部はただ生命維持系の室内空気を掻き回すブロアーの音と、自分の呼吸音だけ。

時に航法AIの出す注意音、コイツはあまり聞きたくない。

5日間の「月世界旅行」はこのままオートマチックに進む。

眠たくなったらこのまま眠れば良い。

眠れるのならば居眠り運転も推奨される。

地球からいちばん遠い場所でたったひとり誰もいない場所を往く。

パニック状態にならぬよう訓練と少しの薬品で

たったひとりでオレは虚空を飛ぶのだ。

拡がる想像力の抑制と現実感覚の維持

オレはリアリストなのだ。

特に現場で動く宇宙機乗りはリアリストでないとやってられない。


火星行きの片道船に乗ったのは、『東側』の有人探査計画で選ばれた乗組員たちだった。

志願し、帰還の見込みを捨てて、ただ“次”へ進むための礎となることを選んだ人たち。

彼らの旅はすでに第3次まで進んでいる。

失われる命も、投じられた莫大なリソースも、未知を知へ変えるためのエントロピーの代償だ。

そうでもしなければ、フロンティアは啓かれない──オレは、そう思ってる。

皮肉って「ウェルズの火星人」と呼ばわりするヤツもいるらしいが、

オレは笑わない。

帰れるだけ、オレのほうが、まだマシだと思ってる。


 出発から二日目を迎えたノクティルカは斜め前方へ明らかに大きく見える満月の光に囚われる。

中間修正(MCC)も航法AI自動で噴射。

振動音がコクピットに少し響く。

月周回投入(LOI)まではまだ48時間以上かかるし、中間修正もおまかせ確認だけ。

少し動画サイトでも観てリラックスしようかと考えたのだが、なにか、

おかしい。

天井にある天地無用のエアロックの辺りからなにか聞こえる。

は?

軽いパニック。

エア漏れ…!?


航法AI確認

『STATUS: CABIN ΔP = -0.003 kPa/day (NORMAL RANGE)』


少しホッとする。問題ないようだ。

では何の音だ。

安普請の自前でオレが組み立てた船体だ。正直規定トルクで締め上げられなかった連結具があるかも…。

またはみんなが言う素材が熱収縮を起こしての軋み、微小なデブリとの接触etc.

また宙機内にコンという音がエアロックから聞こえた気がした。

コッ。

金属の“節”が軋むような、鈍い音だった。

ノクティルカの船体外は真空だ。

音が聞こえるはずがない。


「……は?」


オレは呼吸を止めた。再び、音。今度は――「コン」。


船内の空気の揺れじゃない。船殻そのものに何かが触れている音だ。


航法AIに目をやる。

『PROPULSION: NOMINAL(推進残量:正常)』

『ATTITUDE: STABLE(姿勢安定中)』……だが、わずかに補正スラスターが動いている。


重心が……ズレている?

航法AIに何かが機体に張り付きでもしたか?と云うような

聞いても答えられる訳がない質問だ。

航法AIのプログラミングはオレたちが行っているから

宇宙機が進行中何者かに抱きかかえられると云うような想定はしていないのだ。

オレは首をふるって天井部を見る。

点検艇用の宇宙服ヘルメットは特注でバイザー部の開け閉めが出来るのだ

艇内での生活維持のためだった。というより

オレは自分の耳でその音を聞きたかった。

コンコンと続いたあとまた、おずおずという感じでコンコンと続いた。

大昔オレがハイスクールで校長に呼び出された時にしたように

丁寧なノックだった。

オレはエアロックを睨む。これは幻聴だろうか。


明確に、金属をノックする音だった。


そんなはずはない。

ここは宇宙空間だ。

いったい誰が外にいると云うんだ。


「AI、船体外部ノイズ確認」

コマンドを打ち込む。少し手が震えた。


後付け補機が即座に返答。


音響センサ:検出済み

記録済:02:17:45 / 02:17:52

振動強度:Δ1.3kHz/6.2dB

一致音源:構体外部/天井エアロック近傍


──聞こえたのは、幻聴じゃない。


オレは息を吸い直した。

ノクティルカの外に、「何か」が、いる。


基地と連絡


Noctiluca: アルテミス、こちらノクティルカ。報告する。エアロック上部からノック音があった。2回、間隔をおいて4回。


AOB: ……聞き間違いでは?


Noctiluca: 船内の音響センサに記録あり。ログを送る。タイムスタンプは02:17:45、52。確認してくれ。


(※通信ログ送信)


AOB: 受信……確認。確かに検出されてるな。なんだこれは。


Noctiluca: 宅配便でも来たんじゃないか? 真空でも走れるUberでも導入したか。


AOB: じゃあ、自転車こいで近づいてきたんだろ。オレンジチキンは注文したか?


Noctiluca: そいつ、ドリンクの注文忘れてるぞ。アイスドコーヒーが欲しいんだ。


(2人、軽く笑う)


AOB: ……冗談はさておき、念のため身体状態を報告してくれ。心拍、酸素飽和度、意識の明瞭さ。


Noctiluca: 全項目正常。薬も使っていない。


AOB: 了解。念のため、航法AIの完全ログも送ってくれ。動作状況と機体姿勢、外部センサ値も。


(沈黙)


AOB: ノクティルカ、こちらアルテミス。応答せよ。


(沈黙が続く)


AOB: ……ノクティルカ。冗談だろ…。


(沈黙)


また丁寧なノックがノクティルカの中に響く。


オレはもうエアロックから目が離せなくなっていた。


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 村上利彦は、始業目安の9時のチャイムを聞きながら、図書館棟の年次点検に向けた仮設電源箇所の資料を作っていた。

全館停電に備えて、オンライン図書目録サーバのバックアップ電源をどう確保するか――その算段だ。


ここは、とある地方国立大学の中央図書館。

村上は総務・施設部門内の「図書館管理グループ」に所属する事務職員で、

肩書きは“主査”。担当は“経理”とされているが、実態はなんでも屋だ。

予算管理から施設業者との折衝、建物の保守まで、裏方雑用すべてが範疇に入る。


当該大学出身で、そのまま受かりそうだからとして

この大学に、結局ずっと居着いている。

最初は学部事務、配属替えで図書館へ。異動はあるはずなんだろうけど、なぜか今日までここにいる。


事務室から離れ、旧館のひとり静かな資料室の隅で、村上はまたExcelを睨んでいた。


出入り口のやや年代物の壁掛形の内線電話が鳴った。

資料室に籠もって集中という事でも、遠慮なく電話はかかってくる。

また何かあったのだろうか?

小さなトラブルからまあ大きなモノまで、まず村上の所にやってくる。


それを受けるのがオレの仕事だ-。


電話に出る。

「お、おはようございます。村上です」


電話をかけてきた主は司書グループの非常勤で30年勤めている大ベテランのMさんからだった。

コワい司書のお姉サマ方のひとりだ。

オレが生まれる前からこの図書館で働いてる人だ。

この図書館の司書を一旦結婚退職されたあと

何年かしてパートとして復帰された大先輩だ。


お忙しいとこすいません。村上主査


「い、いえ、大丈夫ですよ」長机の上のノートPCと散乱した資料をちらっと見る。

Mさんはいつも「村上主査」と呼ぶときだけ、なんだか少しだけ声のトーンが低い気がする。

(…オレのいないとこで“オタくん”と呼んでるのは知ってるが)


「ん?なにかありましたか?」


ええ、前に見て頂いた閉架書庫の除湿器なんですけど…


Mさんは切り出す。

旧館の警報盤に「除湿器故障」のランプがついてて…


「あーまた出ちゃいましたか」


村上は思い出す。


居並ぶ司書さん達の、眉間にしわを寄せた腕組み姿。

先々月、閉架書庫内部の除湿器の故障表示が監視装置のブザーを鳴らした。

初めてのことで対処を頼まれた村上は、何も考えず即、出入りの空調業者に点検を依頼したのだが、

異常なく、よく現場で聞き取りしたら、司書の新人さんが照明スイッチと間違えて

警報テストボタンに触れたみたいというのが、原因 ということがあとでわかった。

何ごとも異常はなかったが、定期点検や保守費用を削って契約しているため、

突発対応や休日・緊急トラブルは都度請求される実費対応になるのだ。

館長(部長)から、何か言いたそうな目で見られ金銭処理したが、

まず自分の目や耳で確認が必要だという事を学んだのだ。


Mさんに今回は現場の方でなにも触っていない事を確認し

閉架書庫に入り、1フロア4台×5階分=計20台の除湿器を、目で確認しながら見て回ることにした。


午後

村上は早々に、コンビニの唐揚げ弁当を冷えきった缶コーヒーで流し込み、閉架書庫へと向かった。

村上ひとりだ。

エレベーターはなく、壊れたダムウエーターが口を開けている。古びた建物を階段で上るしかない。

消防法を囓っていれば遡及適用などと出てくるがここでは語るまい。

ここは本の墓場だと思ってる。

もう二度と開かれもしない本もあるだろう。古い除湿器は唸りを上げるが

かび臭い匂いが建物の中に漂う。

古い本が本棚にぎゅうぎゅうに詰め込まれ身を捩る。


フロアの天井は低く本棚の島が、いにしえの律令都市のようで(昔のドンキの売り場が思い出された)

紫外線を遮るため、窓は極端に少なく、端には黒いシミが浮かんだ40Wの蛍光灯が並ぶが

何本かは点灯せず、所々歯抜けになっている。

まさに“本の迷宮”だ。

臭いと埃のために村上は紙のマスクをする。

手には私物のモジュールライト。

これは光源が強すぎて、暗がりを照らすと

棚の隙間が黒く影が落ち、暗闇に囲まれるので

スイッチを切る。

昼光色の青い蛍光灯の光で包まれたフロアにホッとする。

この棚の間に誰かいるかも?

幽霊がそっとこっちを覗いているかも…。


司書さん達もひとりでは入りたくない場所なのだ。

単純に怖い。

オレも怖いよ、村上は独りごちる。

フロアの四隅に古ぼけた除湿器があるこれを1台1台調べていく。


故障表示は出ていないか?

動いているか…?

変な音はしていないか…?


1フロアを終え次の上階へ

そして2階に来たときにおかしな事に気がついた。


フロアの中央部付近の本棚が倒れている?

いや本棚が動いて前後の本棚に重なり身を寄せている。


は?


本棚は地震などで転倒防止のため、天井部に縫い付けられていて

床部もボルト締めで動かせないはずだ。

どうなってるんだこれ??

本棚同士が組み合わされまるで正方形の箱のようだった。

村上はおそるおそる近づく。

思わず声が出そうになる。

そこは本棚ではなかった。

本は一冊も見当たらず、本棚のひさしの向こうには一枚のドアがあった。

それは安普請の時代物か、

昔の小説に出てくる下宿屋のベニヤを貼ったようなドアがあった。

そして立て付けが悪いのだろうドアの隙間に沿って細い縦線な電球色の灯りが漏れ出していた。

は?は?

村上は思わず座り込みそうになる。

部屋が出来てる!

よく見ればドアの横に木枠の窓もある。

パニックに陥りかけて携帯を取り出す。

14時前だ。

館長に電話をしようと思ったが、まず確認をしようと思いなおす。

誰かここに住んでいるのか?

半年前に消防設備点検で業者さんが出入りはしているが、なにも言わなかった。

こんなものがあれば当然報告するだろう。

なのでこの半年の間に、これは出来たのか。


あ!


ドアの内側から、かすかな咳払いのような音が聞こえた気がした。

ヒトがいるのだろうか…。

そういうことなんだろう。

村上はドアに近づく。

震えながら意を決する。


そしておそるおそる、ドアをノックした。





ノックの向こう




最後までお読み頂き

ありがとうございました。



……あなたなら──そのノック、応えますか?

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