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第8話 策士王子、策に嵌まる

セランは、控室の扉を勢いよく開けた。

だが――そこには、誰もいなかった。

「……いない?」


ユリウスが後ろから覗き込む。

「クラリス様がよく使われる控室ですが、誰もいませんね」


セランは、言葉を遮るように一歩踏み出した。

「くそ……!」

普段は決して口にしない言葉が、思わず漏れた。

彼の瞳には、焦りと怒りが混ざっていた。

「どこにいるんだ、リゼ……!」


彼は、手当たり次第に扉を開けていく。廊下の先、別室の扉、使用人の控え室――誰かに聞く余裕もなく、ただ探し続けた。ユリウスが後を追いながら、冷静に状況を整理しようとする。


「殿下、クラリス様が別室を取っていた可能性があります。西翼の応接室は、貴族の私的な会話に使われることが多く――」


「そこだ!」

セランは、ユリウスの言葉を遮って駆け出した。西翼の応接室にたどり着き、扉を開けた瞬間、空気が違うと感じた。

だが、そこにも――誰もいない。


「……くそっ」

セランは低く唸るように声を漏らした。


ユリウスが後ろで静かに首を振る。

「殿下、控室はすべて確認しました。一旦会場に戻りましょう。もう戻っているかもしれません」

セランは、拳を握りしめた。焦りが、冷静さを飲み込もうとしていた。


会場の扉が開くと、華やかな音楽とざわめきが流れ込んできた。貴族たちが談笑し、ダンスが続いている。


その中にクラリスとリゼはいた。クラリスは、セランの視線に気づくと、わざとリゼの腕に手を添えて微笑んだ。

「殿下、ようやくお越しになったのね。私たち、先に戻ってしまってごめんなさい」


セランは、言葉を失った。

リゼの瞳が、静かに彼を見つめていた。


クラリスは、さらに一歩踏み込む。

「リゼと話していたの。あなたがリゼのこと、教えてくれなかったから」

(言ってくれたなら一番に祝福したのに…これは、私の最後の意地)


セランは、リゼに向かって歩み寄る。

その瞳には、怒りでも困惑でもなく――ただ、真っ直ぐな想いが宿っていた。


「リゼ……」


彼女は、微笑み静かにいった。

「お待ちしていました、殿下」


「……してやられましたね、クラリス様に」

セランがちらりとユリウスを見る。その瞳は冷静で、どこか皮肉めいていた。

「抜け道を使って、先に会場に戻り、殿下が探し回っていたことを、きっとご存じだったのでしょう」


セランは、唇を引き結んだ。

クラリスの微笑みが、どこか勝ち誇って見える。

「……あいつ……」


ユリウスは、さらに静かに続ける。

「ですが、殿下。今ここで、どう振る舞うかが――本当の勝負です」


セランは、深く息を吸い、リゼに向かって歩き出した。

その背中には、王子としての覚悟と、ひとりの男としての想いが宿っていた。


会場のざわめきが、ふと静まった。

セランは、リゼの前に立ち、ゆっくりと膝をついた。

クラリスは、微笑みを崩さずにその光景を見つめ――

セランは、リゼの瞳をまっすぐに見つめる。


「リゼ。

僕はこれまで、ずっと逃げてきた。周囲のやさしさに甘えて、王子としての責務からも、自分自身の弱さからも目を逸らして生きてきた。

でも君と出会って気づいたんだ。このままではいけないと。

君はこんな僕に真正面から向き合ってくれた。僕は君にふさわしい男になりたい。もう逃げない。

王子としてではなく、僕自身として、君の隣に立ちたい。


リゼ。

君が好きだ。

僕と、人生を共に歩んでくれないか?」


会場が静まり返る。

リゼは、震える手でセランの手を取った。

そして、静かに、でも確かに頷いた。

「……はい。私もセラン様をお慕いしております。

ご一緒に歩ませてください」


その瞬間、会場が拍手に包まれる。

だが、セランの瞳にはリゼしか、リゼの瞳にはセランしか映っていなかった。


拍手の中、壇の奥からゆっくりと一人の影が現れる。第1王子レオが、静かな足取りで壇の中央へと進み出る。会場が再び静まり、視線が彼に集まった。

レオは一度、会場を見渡し、そしてセランとリゼに視線を落とす。


「本日は、少々騒がせてしまった。だが――」


一拍置き、口元に穏やかな笑みを浮かべる。


「彼らは、互いを選び、互いに向き合い、そして、共に歩むことを決めた。それは、王族としてではなく、一人の人間としての選択です。どうか、若いふたりの門出を、温かく見守っていただきたい。

王家を代表する者として、この場に集う皆々に、心よりお願い申し上げます」


そして、凛とした声で言葉を継ぐ。


「真の結びつきとは、義務ではなく、心が選び取ったものにこそ宿る。それを尊ぶことが、我らの誇りであり、王家の責務でもある。――だからこそ」


一瞬、場を見渡し、柔らかな笑みを浮かべる。


「今宵は祝いの夜だ。どうぞ、心ゆくまで楽しんでくれ」


その言葉に、会場が再び拍手に包まれる。

レオは壇上からセランに一瞥を送り、何も言わずに静かに壇を降りていった。


拍手の中、セランとリゼはふと我に返る。ふたりだけの世界にいたことに気づき、思わず目を合わせて――ほんの少し、照れくさそうに笑った。





舞踏会の熱気が静かにほどけていく中、クラリスは馬車乗り場へ向かっていた。夜気に包まれた石畳を、ドレスの裾を揺らしながら歩く。その背に、ユリウスが静かに歩み寄ってくる。


「……お疲れさまでした。クラリス様の采配、見事でした。さすがです」


クラリスは振り返り、唇にわずかな笑みを浮かべた。

「ありがとう、ユリウス。選ばれないことには慣れているつもりだったけどね……今夜は、少し疲れたわ」


ユリウスは眉をわずかに動かすが、声の調子は変えない。

「慣れる必要なんてありません。あなたは、あなたらしくあればいい」


そう言って、彼は手を差し出す。

クラリスは、ユリウスの手を受け取りながら、ふと胸の奥に小さな波が立つのを感じた。

「あなたらしく」――その言葉に、張りつめていた何かが、ほんの少しだけほどけていく。

夜風が、彼女の髪をそっと揺らす。


「お気をつけて。

……今夜のあなたは、誰よりも美しかった」


クラリスは、少し驚いたように目を見開く。

「今日は、優しいのね。なんだか調子が狂うわ……

でも、ありがとう」


馬車の扉が静かに閉まり、クラリスの姿が夜の闇に包まれる。


ユリウスは振り返り、王城の奥へと歩き出し――

陛下の執務室前で足を止めた。


重厚な扉をノックし、ユリウスは静かに入室する。

陛下は書類に目を通していたが、ユリウスの気配に気づくと顔を上げた。

「……終わったか」


ユリウスは、無表情のまま一礼する。

「はい。つつがなく」


「セラン殿下もアルトリーナ嬢も、貴族たちの支持を十分に集められました。 殿下には一時距離を取っていただき、彼女が圧力にどう向き合うかを見極めさせてもらいましたが、見事に応えてくれました」


「そして最後には、殿下自らの言葉で彼女を選び、皆の前で意思を示された。必要な流れは、すべて整いました」


陛下は、わずかに口角を上げる。

「すべてお前の手のひらの上だったな。セランは、まったく気づいてないようだ……」


「それでいいのです。彼が自分で考え行動したことが、最も重要です」


陛下は、ユリウスの顔をじっと見つめる。

「策は、完遂された。……よくやった」


ユリウスは、深く一礼する。

「光栄です。 では、これにて失礼いたします」


扉が静かに閉まり、執務室には再び静寂が戻る。


Fin


つたない話ではありますが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

これまでは読む専門でしたが、妄想がもりもり膨らみ、今回初めて書いてみました……

考えることと、それを伝えることの違いを、改めて実感しています。

まだまだ妄想は続いておりますので、今後も続きを書いていきたいと考えています。

もしよろしければ、また読んでいただけると嬉しいです。


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