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第7話 クラリス vs リゼ

クラリスは出口近くに控えていた侍女に声かけ、リゼを連れて会場を後にした。彼女が向かったのは、いつもの控室ではなく、離れの西翼にある小さな応接室。

クラリスは、扉を閉めると、ゆっくりと振り返った。


「……落ち着いたわね、リゼ・アルトリーナ嬢」

「はい。ヴァルシュタイン様」


「クラリスで結構よ」

「ありがとうございます、クラリス様。それでは、私のこともどうかリゼとお呼びください」


「ええ、わかったわ」


クラリスは、微笑を浮かべながらも、瞳は冷たく研ぎ澄まされていた。

「あなたの“演出”は見事だったわ。場を整え、王子の隣に立ち、誰もがあなたをふさわしいと錯覚するほどに」


リゼは、表情を変えずに答える。

「錯覚かどうかは、皆さまの判断に委ねます」


「……ええ、だからこそ、私は確かめたいの」

クラリスは、ゆっくりとリゼに歩み寄る。その足取りは優雅で、けれど獲物に迫る猛禽のようでもあった。


「あなたの目的は何?」

声は穏やかだった。けれど、その一言には刃が潜んでいた。

「殿下の隣に立ちたいの?

それとも、王子妃の座が欲しいのかしら?」


リゼは、わずかに眉を動かしたが、すぐに平静を取り戻す。クラリスは一歩、間合いを詰める。


「あなたに、殿下を支える覚悟があるのか――それを、私は見極めたいの」


クラリスの声は静かだったが、その眼差しには鋭い問いが宿っていた。


リゼは、まっすぐにクラリスを見つめ返す。

「私の目的は、セラン殿下の隣に立つことです。けれど、それは王子妃の座を望んでいるからではありません」


一拍置いて、言葉を継ぐ。


「彼が私を必要としてくれるなら――私は、その隣に立ちたい。肩書きではなく、ひとりの人間として。私は、彼の心に向き合いたいだけです」

その声には、飾り気も駆け引きもなかった。

ただ、真っ直ぐな思いだけがそこにあった。


「……純粋すぎて、眩しいわね」

クラリスは、ゆっくりと息を吐き、ほんのわずかに口元を緩める。


「私、小さいころから、セラン殿下が好きだったわ。初めてお会いしたとき、私たちはまだ幼くて…でも、殿下は誰よりも優しかった。私は、ずっとお嫁さんになりたいと思っていたわ。彼の隣に立って、彼を支えたいって、ずっと願っていたの」


一瞬、言葉が途切れる。

クラリスは視線を落とし、そして再びリゼを見つめた。


「でも、私は選ばれなかった。どれだけ努力しても…」


その声は静かだったが、胸の奥に沈んだ悔しさが、確かに響いていた。


「だから、聞かせて。なぜ――あなたなの?」


リゼは、言葉を探していた。

クラリスの想いの深さに、ただ答えを返すだけでは足りないと、感じていた。

「……クラリス様。そのお気持ち――胸に響きました。それほど深く、長く、殿下を想ってこられたこと……私には、到底及ばないものです」


その言葉にクラリスは目を伏せる。


「私は母を早くに亡くして、父に守られて育ちました。父は私を大切にしてくれましたが、私はどうしても甘えることができなかった。気づけば、強い自分を演じるようになっていました」


リゼは少し息を整え、続ける。


「そんなとき、殿下に出会いました。彼は、強引に私の心の境界へ踏み込んできたのです。最初は警戒していました。けれど、不思議とその距離が心地よくなっていって。気づけば、彼のまっすぐな言葉に心が揺れていました」


「接するたびに、彼のことが少しずつ見えてきました。臆病なところ、人に見せられない弱さ――私と似ているんです。いつのまにか、もっと彼を理解したい、彼と並んで歩きたいと、そう思うようになっていたんです」


リゼが言い終わるとクラリスはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと微笑んだ。

「セランが、なぜあなたを選んだのか。少し、分かった気がしたわ」

「あなたたちってどこか似ているのね。だからこそ、惹かれあうのかもしれない。彼の隣に立つのがあなたでよかった。どうか、よろしくね」


「…クラリス様…」


「ごめんなさい、少し意地悪をしてしまったわ。セランのことは、とっくに吹っ切れてるの。初恋だったのは本当だけれど――今は、幼馴染として心から祝福したいと思ってる。リゼ、セランを頼んだわよ」


「はい。クラリス様、ありがとうございます」

リゼはほっと小さく息をき、安堵が広がった。


「それと――呼び出した本当の理由、言ってもいいかしら?」

「えっ」

(まだ、何かあるの?)


リゼが顔を上げたその瞬間、扉が控えめに二度、叩かれた。

「失礼いたします」

控えの侍女が静かに入室し、クラリスに白のショールを差し出す。クラリスはそれを受け取りながら、リゼの背後を指さした。


「右袖の後ろのあたりにワインのシミがあるわ。先ほどの令嬢の中の誰かの仕業ね」


リゼは驚いて確認すると、ライラックの生地に、赤い染みが小さく滲んでいた。クラリスは手にしたショールを広げ、リゼの背後に回り肩にかける。

「これなら、ちょうど隠れるわ」


白の布はライラックのドレスに自然に馴染み、金の刺繍とも調和していた。汚れはすっかり覆われ、誰の目にも触れない。


「これで、誰にも気づかれないわ。あなたは、堂々とセランの隣に立てる」


クラリスの想いが、言葉以上に伝わってきて、リゼは、胸がいっぱいになった。

「……クラリス様。ありがとうございます」


微笑みを浮かべながら、リゼはそっと言葉を継いだ。

「クラリス様。実は、以前から貴方のこと、存じ上げておりました」


クラリスは、目を細める。「知ってた? 私を?」


「ええ。ファッション雑誌で中心的な役割を担っていたことも、詩集を発表されていたことも、知っています」


クラリスの目が見開かれた。「……それ、どこで……?」


「社交界の記録を少し見たのと、詩集は図書館にありました。“隠し切れない想いをそっと、ラナンキュラスに重ねたら、言葉になれず春風に揺れる”――あの一節、切なくてすごく好きです」


クラリスは、思わず頬に手を添えた。

耳まで赤く染まっている。

「そんな昔のこと……誰も覚えてないと思ってたのに」


リゼは、その様子を見て、ふっと笑った。

「……かわいい」


クラリスは、さらに赤くなった。

「ちょ、ちょっと……あなた、今、何て……?」


「だって、クラリス様って、とても完璧で気高くて。でも、今みたいに照れてる姿、すごく素敵です」


クラリスは、言葉に詰まりながらも、どこか嬉しそうだった。

「……あなたって、本当にずるいわね。そんなふうに言われたら、怒れないじゃない」


リゼは、少しだけ肩をすくめた。

「思ったことを、言っただけです。クラリス様の詩が大好きなので――」


クラリスは、しばらく黙っていた。

そして、静かに微笑んだ。

「リゼ、……ありがとう。あなたに見つけてもらえたことで、少し救われた気がするわ」


ふたりの間に、やわらかな空気が流れた。

それは、言葉ではなく、心で通じ合った証だった。



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