表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/35

第6話 作戦会議

昼下がり、執務室の窓から春の陽が差し込んでいた。

使用人が静かにドアを開けると、背の高い青年が入ってくる。


「お招きいただき、光栄です、リアンナ様」

金髪を後ろで結び、落ち着いた灰色の瞳を持つ男――ジュリアン・アーネスト。

この国でも屈指の規模を誇るアーネスト商会の跡取りだ。


部屋の隅には、侯爵家お抱えの騎士、レオンハルトが控えていた。

鋭い蒼い瞳は常に周囲を警戒しているが、今は私とジュリアンのやり取りを黙って見守っている。

彼は必要な時以外、滅多に口を挟まない。だが、その沈黙は私への信頼の証でもあった。


ジュリアンと初めて出会ったのは、王太子の婚約者として公務をこなしていた頃だ。

王都で行われた大規模な交易会議。

王太子は開会の挨拶だけをして退席し、その後の調整役はすべて私に任された。

各国や各商会の利害が複雑に絡む場で、唯一冷静に対話してくれたのがジュリアンだった。


以降、王都と商会の間で必要なやり取りがあるたび、私と彼は顔を合わせた。

市場や貿易の話をする彼の姿は、損得だけでなく数字の裏にある人の動きを見ていた。

……その目が、どこか私に似ていると感じたこともある。


「来てくれてありがとう、ジュリアン。急な呼び出しだったのに」

「あなたが“話がある”とおっしゃるなら、たとえ戦場からでも駆けつけます」

軽口を交わしながらも、その灰色の瞳は私の表情を探っている。

婚約破棄の噂は、当然彼の耳にも入っているはずだ。


私は机の上の書類を彼の前に滑らせた。

数字と矢印がびっしりと並んでいる。


「……これは?」

「新しい金融商品の設計図よ。平民でも参加できる、小口投資の仕組み」

「平民が、魔力や金貨、土地に投資する……? 本気ですか」

驚きと興味が入り混じった声。


「ええ。本気よ」

私は迷いなく頷いた。

「平民の資産が増えれば、生活は豊かになる。

同時に、王族や貴族が独占してきた力は、必然的に小さくなるわ」


その言葉に、レオンハルトの蒼い瞳がわずかに細まった。

彼は黙ったままだが、その視線は「危険な計画だが、あなたが決めたなら守る」という意思を告げていた。


ジュリアンは黙って書類に目を走らせる。

魔力株式の分割売買、土地権利の共有化、金貨の積立投資……

その全てが、現状の市場構造を揺るがすものだ。


やがて、彼は口元にわずかな笑みを浮かべた。

「利益は……出せますね。かなりの額が」

「もちろん。ただし利益だけが目的じゃない。社会の形を変えるの」

「あなたらしい」ジュリアンは低く笑った。

「面白い。やりましょう」


しかし彼の瞳が鋭さを帯びる。

「ただし、敵は多くなります。既得権益を持つ貴族たち、王家も。

市場は戦場になりますよ」

「構わないわ。戦略的思考こそ、私の得意分野よ」


その瞬間、ジュリアンの瞳が一瞬だけ驚きに見開かれた。

以前の私なら決して口にしなかった、戦いの宣言。

それが彼には、新鮮に映ったのだろう。


「……了解しました、リアンナ様。では、共犯者として」

差し出された彼の手を、私は迷いなく握った。

レオンハルトの視線がその手を一度見てから、ゆっくりと外へ向けられる。

この日、私たちの“市場革命”は動き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ