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第4話 家族の温もり

屋敷の門が静かに開かれ、夜の冷気が頬を撫でた。

けれど胸の奥はまだ熱い。あの場で崩れ落ちなかったのは、意地になっていただけだ。


玄関ホールの暖炉が、金色の光を投げている。

扉をくぐった途端――


「リアンナ!」

母、メリッサが駆け寄ってきた。

緋色のドレスを翻し、私を抱きしめる。その腕は震えていた。


「……聞きました。殿下が、そんな……」

「大丈夫よ、母上」

「大丈夫なわけがありません!」

母の声は泣き出す寸前で、私はそっと背を撫でる。


廊下の奥から、父ダリウス・ヴァルグレイブ侯爵が歩み寄ってきた。

背筋を伸ばした大柄な男。その瞳は、昔から何があっても揺らがない。


「……よく耐えたな」

低く、重みのある声。

「殿下に何を言われたかは知っている。だが、おまえはおまえのために生きろ。

王家のためでも、ヴァルグレイブ家のためでもない」


ヴァルグレイブ侯爵家は、この王国でも指折りの古い家柄だ。

大規模な大商会を抱え、魔導ダイヤモンドの鉱山をいくつも所有し、資産は王家にも劣らない。

今回の婚約も、王命による政治的なもので、本来ならこちらから断る理由も力もあった。

けれど――私が殿下を好きそうだったから、父も母も黙っていたのだ。


「……婚約破棄となれば、相応の慰謝料が支払われるだろう」

父は言葉を続けた。

「それでおまえは、好きに暮らせばいい。旅に出ても、屋敷で静かに過ごしても構わん」


「そうよ、リアンナ」メリッサも頷く。

「あなたはもう、誰の顔色も見なくていいの。お金も時間も、好きに使えばいい」


そのとき、階段を駆け下りる足音が響いた。

「姉上!」

弟のノエルが飛び込んできて、勢いよく抱きつく。少年の細い腕に、必死の力がこもっている。


「殿下はなんてやつだ!姉上がどれだけ頑張ってたか、僕は知ってる!」

「ノエル……」

「慰謝料なんかじゃ足りない!僕が大きくなったら、姉上に全部あげるからね!」

「こら、ノエル」父が苦笑する。


それでも弟は離れなかった。

その小さな背中を抱き返しながら、胸の奥で何かが静かに形を変えていくのを感じた。


――そうだ。

慰謝料で遊んで暮らすこともできる。

けれど、それでは何も変わらない。

私はもう、ただ与えられた枠の中で笑うだけの人間じゃない。


「……ありがとう。みんなのおかげで、少し元気が出たわ。」

そう言うと、メリッサが涙をこらえて微笑み、父は深く頷き、ノエルは目を赤くして「ずっと味方だよ。」と言った。


暖炉の炎が、やさしく揺れていた。

その熱は、冷えきった心に静かに沁み込んでいく。


(大丈夫。私には、もう何もないわけじゃない)


この夜、私ははっきりと決意した。

――慰謝料よりも大きな価値を、この手で作り出す。

そして、この国の形を変える、と。

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