第59話「CIOとの交渉(後編)」
CIO本部、最上階の会議室。
重厚なドアが、静かに開いた。
「……!」
龍馬は、思わず足を止めた。
そこにいたのは、まさかの人物だった。
「やあ、また会いましたね。」
葉月が、あの夜と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
スーツに身を包み、背筋を伸ばしたその姿は、まぎれもなく——CIOの代表者。
「おまんが……CIOの……?」
「うん。驚きましたか?」
龍馬は言葉を失ったまま、しばらく葉月を見つめていた。
あの夜、あんパンを半分こした男が、まさか“敵方の代表”だったとは。
けれど、不思議と胸の奥がざわつかなかった。
むしろ、少しだけ、ほっとしていた。
(妙なもんやのう……敵やいうのに、話してみたうなるがや…)
「……まあ、かまん。
わしぁ、颯真の使いで来ちゅうがや。伝えちょきたいことがあるき。」
「聞きましょう。」
ふたりはテーブルに向かい合って座る。
資料も契約書も、まだ開かれていない。
ただ、静かな空気だけが、ふたりを包んでいた。
「颯真は、もう争いをやめたいっちゅうちょる。
けんど、ただ手を引くんやのうて、白黒はっきりつけたい。
その方法が、“対戦”ながよ。
守護者を使う、試合形式の勝負。
それを、あんたに承諾してもらいたいっちゅうがや」
葉月は少しだけ目を細めた。
そして、静かに頷いた。
「……なるほど。
戦わずに、決着をつける方法か。
彼らしいですね。」
「わしは、ただ伝えに来ただけやき。
けんど、あんたがあの夜、
“甘さが思考の角をまるくする”っちゅうたとき、
なんや、わしもそれに近いこと思うちょったがよ。
……あんたが相手やったら、話してみるがも、
悪うないかもしれんと思うたがや。」
葉月は、ふっと笑った。
「君も、牛乳派だったですもんね。」
「あれがなかったら、ただの甘いパンやき!
牛乳があってこそ、あんパンは完成するがや!」
ふたりの間に、あの夜と同じ、ゆるやかな空気が流れる。
敵味方の立場を超えて、ただ“嗜好”という小さな共通点が、
ふたりの距離をそっと縮めていく。
葉月は、合意書に静かにサインを入れた。
その筆の運びは、まるで迷いがなかった。
「これでいい。
僕は、君と戦うつもりはありません。
でも、君が届けたかったものは、ちゃんと受け取りましたよ。」
「……ありがとな。」
立ち上がり、軽く頭を下げる。
葉月もまた、立ち上がった。
「また、どこかで会えるといいですね。
今度は、あんパンの話じゃなくて——
そこでは別の話を、2人でゆっくりしたいものですね。」
そして、龍馬は、ふと振り返らずに言った。
「……そのときは、牛乳も忘れんといてや。
葉月は、少しだけ目を細めて笑った。
その笑みは、敵でも味方でもない、
ただ“わかり合えた者”のものだった。
それから2日後。風が吹く午後。
颯真のもとに、一通の手紙が届いた。
封を切ると、そこには龍馬の、
どこか照れくさそうな筆跡が並んでいた。
宗ちゃんへ
すまんのう。
わしは、戦線から退くことにしたがよ。
葉月っちゅう男と話してみて、思うた。
わしが剣を抜かんでも、通じるもんはあるがやと。
あいつは、戦いを望んじょらん。
けんど、あんたと澪に向けられた害意は、
わしが止められるもんやない。
だからこそ、あんたの“対戦”の形を通してほしい。
わしの代わりに、白黒つけてきてくれ。
それが、わしの最後のお役目ながよ。
あんパンと牛乳の話は、また今度な。
坂本龍馬
手紙を読み終えた颯真は、
風鈴の音に耳を澄ます。
チリン。チリィーン。チリリーン。
風鈴の音だけは、相変わらず響いている……。
そして、大の字になった颯真は、空を見上げた。
その目には、誰かのために立ち上がるっていう、
やさしい強さがあった。
対決できる環境は整った。でも残り時間はわずか。
いよいよ決戦が始まろうとしていた。
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