第54話「花札」
昼下がりの俺の部屋。畳に寝転がり、
天井の木目をぼんやりと追いかけていた。
「……なんか違うんだよな。」
思わず漏れた言葉は、誰に聞かせるでもない独り言だった。
先日、左内さんと清隆さんがやってきて、
審判機構の設立やAIによる対決の採点方法の話を持ちかけてきた。
俺はその場で「了解っす!」と答えたし、
今まではそれでいいと思っていた。
合理的で公平だと説明されれば、確かに筋は通っている。
けれど――心の奥ではずっとモヤモヤしている。
どうにも違和感が拭えないのだ。
畳の匂いと、窓から差し込む午後の光。
静かなはずの部屋なのに、俺の胸の中だけはざわざわしていた。
「俺の理想って、こんなわかり難い感じにしたい訳じゃないよな……」
天井の木目が、まるで俺をからかうように揺れて見える。
そのとき、不意に戸をノックする音がした。
戸が開くと、そこには後ろ向きで立ち、
俺に誰かわからないようにしている人影がある。
だがロン毛具合で見分けはつく。
そんなことはお構いなしに「わしはだ~れぜよっ?」と声をかけてくる。
女の子なら可愛いかもしれないけれど…。
このノリに付き合うべきか迷っていると、龍馬が振り返り、にやりと笑った。
「宗ちゃん、考えごとは長すぎても短すぎてもいかんぜよ。
ここは気分転換に一度花札でもやって、頭と気持ちを入れ替えちょこうや。」
花札――その響きに、俺の心は少しだけ軽くなる。
「花札か……これって勝負するのに審判は?」
くだらない質問をしてしまった俺に、龍馬は豪快に笑った。
「おかしなこと言うちゅうね。札見りゃあ、だれが見てもわかるろうが。」
そう言って龍馬は畳の上に布を広げ、花札の束を取り出した。
赤い裏面がきれいに並ぶ様子は、それだけで1つの景色のように見えた。
俺は札を切り、手に取る。
桜も菊も、それと柳も松も、札の絵柄が次々と目に迫ってきて、
季節の景色が一斉に広がるみたいだった。
「ほいたら、こいこいで勝負ぜよ!」
龍馬の声に、俺の胸が高鳴る。札を場に並べ、手札を見比べる。
桜に短冊、菊に青札。組み合わせを考えるだけで頭が冴えていく。
龍馬は柳に小野道風を引き、得意げに札を重ねた。
俺は負けじと松に鶴を合わせる。
場の空気が一気に熱を帯び、静かな午後が勝負の舞台へと変わっていく。
「こいこい!」
龍馬が叫ぶ。俺も負けじと札を重ね、声を張り上げる。
勝敗は札の組み合わせで一目瞭然。審判なんて必要ない。
札そのものが答えを示してくれる。
その瞬間、俺の胸のモヤモヤは晴れ、
代わりにワクワクが広がっていった。
公平さとは、誰もが見て納得できる形にある。
花札の勝負がそうであるように、
俺の理想もまた、そんな仕組みで形にできるはずだ。
俺が感じていた違和感。それは単なる技術的な問題じゃなかった。
左内さんや清隆さんが提案してきた審判機構やAIジャッジは、
確かに合理的で公平に見える。けれど、今を思えば、
俺の胸の奥でざわついていたのは、
「その公平さが、誰にとっての公平なのか?」という問いかけだった。
AIが判定すれば、数字や計算の面では間違いはほとんどない。
でも結局それは「外からの権威」に頼ることになる。
人間の審判も同じで、
第三者が「勝ち」と言えば勝ち、「負け」と言えば負けになる。
その仕組みには、どうしても不完全さを感じてしまう。
まるで、勝負している本人の声も、見守っている人たちの声も、
最初から置き去りにされているように思えるんだ。
俺が欲しいのは、もっと透明で、もっと自己完結した仕組み。
勝敗がその場にいる者たちの行動と選択だけで決まる仕組みだ。
ジャンケンのように、花札のように。
誰が見ても一目でわかる、疑念の余地がない勝負。
そして気づいた。これは単なるゲームの話じゃない。
世界の平和だって同じ構造を必要としているんだ。
どことどこが対決して、どこが舵を切って世界をまとめていくか。
――それが大事だ。
だが、その対決は思想や主張、人種や貧富、性別や国籍を、
否定するものではあってはならない。
余計な要素を持ち込めば、対決は対立を深めるだけだ。。
必要なのは、誰もが受け入れやすい対戦形式。
札を見れば勝敗がわかるように、ルールそのものが答えを示す仕組み。
第三者の権威ではなく、場そのものが公平さを伴う仕組み。
その形式を世界のみんなに知ってもらうことが、
平和への第一歩になる。勝敗を通じて「納得」を共有できるなら、
そこに争いは生まれない。
花札の勝負が俺の胸を晴らしたように、世界の人々もまた、
透明な勝負の中で未来を見出せるはずだ。
畳の上に散らばる札の様々な色が、
まるで世界の多様性を象徴するかのようだった。
俺の違和感は、ただの迷いじゃなくて、
平和の舵を切るための直感だったんだ。
ほどなくゲームは完成するのだが、それはまた別の話にしようと思う。
もちろん、俺たちの未来への挑戦は、まだまだ続く…
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。




