第47話「葉月」
地下の第3会議室。 冷たい蛍光灯が机を白々と照らし、
幹部たちの顔は緊張に固まっていた。
厚いコンクリートの壁に遮られ、外の音は一切届かない。
ここは秩序を決める場所であり、同時に人の心を疲れさせる場所でもあった。
CIO本部からの報告が淡々と読み上げられる。
「演算阻害薬の開発は可能です。しかし、完成までには数年を要します。」
その瞬間、室内の空気が重く沈む。
朗報であるはずの「可能」と、苛立ちを誘う「数年」。
幹部たちは互いに視線を交わし、その相反する現実に、誰もが言葉を失った。
中央に座る男――葉月。CIOの新たな責任者。
彼は静かに目を閉じ、沈黙によって場を掌握していた。
報告を反芻しながら、心の内で考えを整える。
(山崎には礼を言うべきだ。
しかし、開発が遅すぎる。これでは意味を成さない……)
やがて、重々しい声が沈黙を破った。
「……やはり、蒼井颯真を完全に排除しなければならないようですね。」
葉月はゆっくりと立ち上がった。
椅子の軋みが沈黙を破り、幹部たちは緊張のあまり姿勢を正す。
冷たい視線が会議室を巡り、逃げ場はどこにもなかった。
「……葉月様。」
震える呼びかけが空気を裂く。声は乾き、かすれて途切れそうだ。
葉月は答えない。ただ、ゆっくりと視線を向けた。
部下は口を閉じた。答えは沈黙だった。
その沈黙が会議室全体を緊張で満たしていることを、誰もが理解していた。
葉月の存在は、言葉以上に重く冷たく、そして人間的な弱さを滲ませていた。
その目には、責任を担い始めてからの疲れと迷いが静かに映っていた。
冷酷な「場の支配者」でありながら、生身の「人間」である。
その2面性こそが、幹部たちをさらに震えさせていた。
葉月は静かに口を開いた。
「阻害薬が完成するまで待つ余裕はない。秩序は制御によって保たれる。
だが、蒼井颯真は自由と理想を掲げ、人々を枠から解き放とうとしている。
その思想は甘美だが、秩序を崩壊させる毒だ。」
その声は冷徹でありながら、どこかに後ろめたさが見え隠れしていた。
颯真の理想を「毒」と断じる葉月の言葉には、かつて自らもその甘美さに、
心を奪われた経験が刻まれている。だからこそ、彼は颯真の排除を決意した。
迷いを断ち切るために。
「秩序と制御を象徴する私と、自由と理想を象徴する蒼井颯真。
二人の存在は共存できない。必然的に――どちらかが消える。」
幹部たちは息を呑んだ。葉月の言葉は宣告であり、未来の予兆だった。
だがその声には、冷たく重い響きだけでなく、
人間的な疲労と決意が混じっていた。
彼はただの怪物ではない。人間としての弱さを抱えたまま、
CIOの最高責任者として存在しているのだ。
沈黙が再び会議室を支配する。葉月はそれ以上語らない。
しかし、その沈黙は拒絶ではなく承認でもあった。
幹部たちは、そのことを既に理解していた。
葉月の沈黙は命令であり、赦しであり、そして人間である証なのだ。
部下は震えながらも、心の奥で確信する。葉月様はただの怪物ではない。
人間的であり、ゆえに恐ろしく、だからこそCIOの最高責任者なのだ。
葉月は深く息を吐いた。音にならぬその吐息が、場を解きほぐす。
幹部たちは胸に重くのしかかっていた圧力が少しだけ軽くなるのを感じた。
だがそれは安堵ではなく、嵐の前の静けさだった。
「蒼井颯真を追い詰める。彼の理想も、仲間も、すべて排除する。
それがCIOの使命であり、秩序を守る唯一の道だ。」
その言葉は冷徹な宣告でありながら、
どこかに人間的な哀しみが滲んでいた。
葉月は颯真を理解している。
だからこそ排除しなければならない。
静まり返る会議室の中で、葉月はふと自分の胸に残る言葉を思い出す。
誰に向けるでもなく、低く、独り言のように呟いた。
「……秩序と自由は、やはり共存できないのか。
僕と蒼井さんは、必ずどこかでぶつかり、どちらかが消えてしまうのか。
それが――僕らの運命だったということなのか……」
会議室の空気は再び沈黙に包まれた。
葉月の存在は圧倒的でありながら、人間的な弱さを持ち合わせている。
その2つの顔を持っていることこそが、
彼がCIOの最高責任者に相応しい理由なのだ。
だが沈黙は物語の終着ではない。
次に訪れるのは、秩序と自由の激突。
その瞬間、誰もが予想し得ぬ展開が待ち受けている。
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