第42話「黒船来航」
昨夜の話し合いのあと、俺たちはそれぞれの寝床に戻った。
でも、どうやらすぐには眠れなかったみたいだ。
未来のこと、やるべきこと、果たすべき役割――
そんなことばかり考えて、頭が冴えちゃってたらしい。
そして翌朝。
朝食の席では、みんな眠そうな顔をしながらも、
ぽつぽつと昨夜のことを話し始めた。
「未来のことばっか考えちょった。やっせんといかん、
ち思うたら、気張っちまうがな。」
「こりゃあ、みんなして寝不足やのう。
けんど、ええ夜やったがや。気合い入ったき!」
そんな会話が飛び交って、ちょっと笑いも起きた。でもその空気の奥には、
ちゃんとした覚悟があった。ただのテンションじゃなくて、
「よし、やるぞ」っていう気持ちが、静かに漂っていた。
朝の食卓は、そんな前向きな空気で、ちょっとだけ特別な時間になっていた。
食後、俺はひとり神田明神へ向かった。
今でいう東京都千代田区。
江戸の喧騒から少し離れた、静かな境内。
蝋燭の灯りが揺れる社の前で、
俺はこれからのことを考える。
現在1847年時点での俺たちの年齢は、
――橋本左内13歳、坂本龍馬12歳、黒田清隆7歳、
そして俺、暁宗一郎は6歳。どう見てもヤングすぎる顔ぶれだ。
(ちなみに猫の澪は、2045年に24歳で命と引き換えにAI化した。
年齢が増えるかどうかは謎だが、今は猫の姿で俺のそばにいる。)
昨日話し合った役割を、今すぐ果たすのは正直かなり厳しい。
特にCIO絡みの案件は、時代の壁が分厚すぎる。
だからまずは、未来へ移動できる手段、
――新型ChronoSeedの完成が最優先だ。
そのことを考えていたとき、ふと頭に浮かんだ。
ちょうど6年後、黒船が横須賀の浦賀(現在の久里浜)に来るんだよな。
俺が暗殺されたとき、授業でやっていたやつだ。確か「黒船来航」。
何かの建前だったのか、本当に開港が必要だったのかは、正直、
今の俺でも断定はしにくい。
当時の貿易相手は中国じゃなくて、清だった。
アメリカにとって、清との貿易を行う際には、
大西洋経由よりも太平洋経由のほうが効率的だった。
特に、日本近海には鯨油が豊富に採れる海域があり、
当時の鯨油は、灯火や潤滑油として不可欠な燃料だった。
そのため、太平洋航路の中継地点として、日本の港で、
補給ができれば、非常に都合が良かったのだ。
こうした事情もあって、
アメリカは1846年に初めて日本に開国を求めた。
このときはまだ慎重な姿勢で、黒船は2隻のみ。
交渉も穏やかなものだった。
しかし、7年後の1853年には状況が一変する。
ペリー提督率いる艦隊は、軍艦4隻という圧倒的な
戦力をもって浦賀に来航し、強硬な姿勢で開国を迫った。
その違いが、時代の空気を物語っている。
俺は思った。
この出来事を、俺たち5人がそれぞれどう受け止め、
どう考えるのか――その声を聞いてみたい。
世界規模で物事を捉える、またとない経験になるはずだ。
そう確信した宗一郎は、1853年7月8日17時、浦賀での再集合を決意する。
神田明神から戻るとすぐ、自室にこもり、静かに筆を取った。
再集合の日時と場所を記した文を、仲間一人ひとりに宛てて丁寧にしたためた。
その内容は、こうだ。
「再集合までの6年間は、それぞれが自分の力を磨く時間にしてほしい。
自分にとって本当に必要なものを見極め、習得し、興味を持ったことには、
積極的に取り組んでほしい。江戸や出身藩で学問を深めるも良し、
昨日話し合った計画を自分なりに形にしていくも良し。
とにかく、来るべき日に備えて、自分自身を徹底的に研鑽してほしい。
そして、1853年。7月8日。
――6年後の夕飯のときに、昨日の続きを改めて5人で話そう。
聞いてるのは江戸時代の人たちだし、食事処でもそれ以外でも、
話が外に漏れる心配はない。だから、俺たちは未来のことを語ろう。
誰にも聞かれず、誰にも邪魔されない、俺たちだけの時間にしたい。」
6年って、長いようで案外あっという間かもしれない。
でも、その間に何を得るかで、未来は確実に変わる。
俺たちはまだ若い。だからこそ、吸収できることがたくさんある。
今はそれぞれの道を歩いて、しっかり準備しておこう。
そしてまた集まったとき。
――俺たちは、未来を動かす力を、きっと手にしてる。
その夜の乾杯は、時代をまたぐスタートラインになるんだ。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。




