第38話「砲術模型」
澪がChronoseedの図面に集中している横で、
宗一郎はそっと声をかけた。ちょっと真面目な顔つきで。
「作業中だよな。ごめん、手は止めなくていいんだけどさ…」
「ん?どうしたの?」
澪は、いつになく言い淀む宗一郎に目を丸くする。
「なあ、澪さん。俺ってさ、いずれ“蒼井颯真”に名前を戻せると思う?」
その声は、いつもの宗一郎らしさがちょっとだけ欠けていた。
言いづらかったのだろう。少しだけ、弱気である。
別に“暁宗一郎”って名前が嫌なわけじゃない。
でも、自分の中にある“蒼井颯真”って感覚が、
どうしても今の名前と噛み合わない。
しっくりこないのだ。
アイデンティティって、そういうものだと思う。
「うーん、そんなに気にしなくていいんじゃない?
暁家として動くときは“宗一郎”、
それ以外は“蒼井颯真”でいいと思うけどな。
使い分け、アリでしょ?」
澪はさらっと言って、図面に視線を戻す。
その言葉が、妙に心に響いた。
――そうか。今すぐ決めなくてもいいんだ。
俺は、ちょっとだけ肩の力を抜いた。
これもこれで、俺にとっては大事なことではあるけれど、
今は、黒田君を優先で動かなければならないでしょ?やっぱり。
そう、黒田君を江戸に引き留めるには、準備が必要だ。
さて、腕の見せどころってやつかな。
江戸のある寺子屋の一角に、ひとつの砲術模型が置かれていた。
見た目は江川英龍が設計したとされる大砲の縮小版。
木製の台座に、精巧な金属の筒。
だが、その内部には誰も知らない仕掛けが隠されていた。
宗一郎が密かに仕込んだのは、未来を見極めるための演算装置だった。
薩摩藩士の中から、将来、国を動かす器を持つ者を見つけ出すためのものだ。
いやいや、大噓だからね。そんな装置、仕込めないからね。
いくら未来の人でも、澪の力があっても、そんな高性能なものは作れません。
けれど、誰かが触れたら通知がこちらに届くくらいには仕込んである。
それに、対象者の未来を見極めるのは、俺の眼にしかできないからね。
宗一郎は、江戸に滞在する少年たちの行動パターンを分析し、
ある一人の名にたどり着いていた。
「黒田清隆がこの寺子屋に立ち寄る確率、72.4%。
誤差±0.3%……まあ、俺の計算なら十分だな。」
彼は装置を江川英龍の教材に偽装し、
寺子屋の棚に紛れ込ませた。
表面には「触れるな危険」と墨で書かれている。
だが、それは逆に子どもたちの好奇心を煽る仕掛けでもある。
宗一郎は、縁側の柱にもたれながら、静かにその瞬間を待っていた。
そして――その日が来た。
「先生、こいに触れてもかまわんけ?」
寺子屋の隅で、ひとりの少年が手を伸ばした。
薩摩弁。宗一郎はすぐに気づいた。
彼は、薩摩藩から江戸に来ていた見学者の一人。
黒田清隆、7歳。
小柄ながら、真剣な眼差しだった。
彼の指が模型に触れた瞬間、内部の装置が微かに反応音を鳴らす。
「ピッ」という音は、誰にも聞こえないほど小さく、
しかし宗一郎には確かに届いた。
結果から言ってしまえば、
この装置がなくても黒田少年を発見できたかもしれない。
でも、こうして無事に接触できたのは、十分すぎる成果だ。
宗一郎はゆっくりと歩み寄る。
「……やっぱり君だったんだ」
宗一郎は、黒田少年の目を見る。
(眼が痛くなるからあまり使いたくないんだけれど…)
接続開始!
[対象:黒田清隆(7歳)]
[視線接続完了]
▶ 瞳孔反応速度:0.12秒(平均値の1.4倍)
▶ 精神耐性指数:82.3(高水準)
▶ 判断力予測:Aランク
▶ 情報処理速度:推定IQ 128相当
▶ 戦術適応性:局地戦向き/指揮官資質あり
▶ 感情制御:安定/怒り閾値高
▶ 潜在演算力:未開放領域あり(推定解放率12%)
→ 推奨:長期育成対象/未来適性あり
「君、将来すごい人になるよ。」
「え……おいが?」
黒田少年は驚きの表情を顔に浮かべた。
宗一郎の瞳には、ただの予言ではない、
確かな根拠に基づいたデータがあった。
「うん。君は、国を動かす器を持ってる。
まだ少年だけど、魂はもう薩摩士魂そのものだよ。」
「……そいは、褒めすぎじゃなか?おい、まだ寺子屋の子じゃっど。」
宗一郎は少し笑った。
未来のことを、今ある言葉で説明するのは難しい。
だが、彼の中には確信があった。
この少年こそ、次の時代の日本を導く鍵になる。
「俺は、未来から来た。君がこれからどんな道を歩むか、知ってる。
でも、それを決めるのは君自身だ。
ただ、君の歩む道は、誰かが見てる。俺も、龍馬さんも左内さんも。」
黒田少年はしばらく黙っていた。
だがその目は、宗一郎の言葉を疑うよりも、
彼の誠実さと真剣さに向けられていた。
「……おいは、薩摩に帰って、薩摩を誇れるような人間になりたか。
けんど、あんたが、おいのことを知っちょるなら、
――おいも、未来で薩摩人として世の中に貢献したか。」
宗一郎は静かに頷いた。
「なら、おいは江戸に残っで、しばらく勉強すっが。
あんたと一緒に、未来に行く準備ば、したか!」
その言葉に、宗一郎は微笑んだ。
黒田少年の中にある決意の強さが、はっきりと伝わってきた。
宗一郎は、静かに呟いた。
「よし、これで未来への布石は打てた。
あとは、どこまでやれるか…だな。」
また一人、頼もしい仲間が加わったことを、
俺は心の中でしっかりと噛みしめていた。
そして、俺はある計画を動かす決意を固めた。
一歩ずつ進めるしかない。だが、現実は容赦なく、
時間も問題も俺を追い詰めていた。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。




