第34話「つながり」
卵焼き論議から数時間が経ち、 あれほど白熱していた戦いも、
今ではただの笑い話になりつつある。
まあ、議論ではなく論議だろうから、戦いというのは言いすぎか……
龍馬は、縁側で風に吹かれながら、ぼんやりと空を見上げていた。
俺――暁宗一郎は、そんな龍馬の背中を見つめながら、少しだけ迷っていた。
今なら話せる。さっきの論議の熱が冷めた今なら、きっと冷静に聞いてくれる。
そう思って、俺は湯呑みを二つ持って縁側へと向かった。
「直さん、ちょっといいか。」
「おう、宗一郎殿。卵焼きの話なら、もう勘弁してつかぁさいよ。」
「いや、違う。もっと大事な話だ。」
湯呑みを差し出すと、直さんは受け取り、ひと口だけ飲んだ。
その仕草が、まるで「聞く準備はできちゅうぞ」と言っているようで、
俺は少しだけ安心した。
「CIOのことだ。あいつらの動きが、最近どうにも気になる。
俺一人じゃ、どうにもならない。だから――直さんの力を貸してほしい。」
その言葉に、直さんは湯呑みを置き、静かに目を閉じた。しばらくの沈黙。
「宗一郎殿……CIOっちゅうもんの、悪いところも、ええところも、
まずはしっかり聞いてみたいがや。
わしゃあ、智そのものにはあんまり興味はない。
けんど、その智が今の時代に合うかどうか――そこが大事ながよ。」
その言葉は、まるで刀のように鋭く、そして温かかった。
龍馬は、ただの反抗者じゃない。
単に、新しい時代を切り開こうとするのではなく、
時代を見極め、必要なものを選び取る者だ。
「……なるほど。直さんらしい答えだ。」
俺は思わず笑みをこぼした。
彼が即答で「協力する」と言わなかったことに、
むしろ安心した。 彼は、ただの味方ではない。
思考する同志だ。
そして、俺はもう一歩踏み込むことにした。
「実はな……現状、左内さんと直さんの未来は、俺が知っているものとは違う。
俺の知ってる世界では、越前藩の松平春嶽公を通して、
二人にはつながりがあったんだよ。」
龍馬が目を細める。風が少し強くなり、彼の髪を揺らした。
「春嶽公……越前の殿様かえ?」
「そう。俺の知る未来で春嶽公は、左内さんの才を見抜いて重用した。
そして、左内さんは春嶽公を通じて、時代を動かす者たちと繋がっていった。
その中には、直さん――君もいた。
俺の知ってる世界では、左内さんと直さんは親交があった。
それを、さっきまで忘れていたんだ。けど、今、思い出した。」
俺は湯呑みを見つめながら、言葉を続けた。
「左内さんの才は、時代にとって必要なものだった。
理を語るだけじゃない。情を持って、人を動かす力があった。
そして、直さん――君の人柄もまた、時代を動かす力だった。
その二人が繋がっていた可能性を思い出したとき、俺は確信した。
君に、同志になってほしいと。」
龍馬は、しばらく黙っていた。
「けんど、才だけでは時代は動かせん。人の心を動かすもんが要る。
それが、左内さんにあり、宗一郎殿が言うように、
わしにもあるっちゅうなら……」
龍馬は湯呑みを持ち上げ、ぐっと飲み干した。
「その話、乗ってみようかのう。」
俺は、心の底から安堵した。
だがその頃、CIOでは俺たちの未来を脅かす兵器の開発が
密かに始まっていたことを、宗一郎は知る由もなかった。
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