第28話「贋作」
ある晴れた朝。太陽がようやく空に顔を出したばかりの時間帯、
俺は研究室にいた。
白猫姿の澪は、いつものように冷静な口調で、
ChronoSeedの初期型と2067年モデルの違いについて、淡々と語っていた。
守備特化型の設計思想、時代背景、開発者の理念――そのすべてが、
容赦なく俺の脳に流し込まれていく。まるで知識の洪水。
だが俺、暁宗一郎は、ChronoSeedのニューモデル開発に情熱を燃やす、
れっきとした小学1年生だ。未来技術に挑む日常――それが、俺の“今”だ。
気づけば、澪のレクチャーを5時間以上も受けていた。
さすがに脳がオーバーヒート寸前だったので、
澪が提案してくれたティータイムに乗ることにした。
紅茶の香りが、疲れた頭にじんわり染み渡る。
カップを口に運んだその瞬間、澪がふと問いかけてきた。
「そういえば、蒼井総裁。仲間探しの件、どう進めるおつもりですか?」
その言い方に、俺は思わずむせそうになった。
いや、ちょくちょく気にはなってたんだよ。
“総裁”って肩書き、小学1年生には重すぎるだろ。
「最初の候補は、もう決めてあるよ。……っていうかさ、
その“総裁”って呼び方、そろそろ変えてくれない?」
カップを置きながら軽く苦情を申し立てると、澪はくすりと笑って、
「では、代表とでも?」と冗談めかして返してくる。
いや、それも微妙に重いんだよな……。
そんなふうに、俺たちのティータイムは、
未来技術と肩書きの話題で静かに盛り上がっていった。
そして、その日の午後――俺は、最初の仲間のことを考えていた。
「左内……左内……って誰だっけ?」
寺子屋の帰り道、空を見上げながら頭を抱える俺。
知力MAXのはずなのに、どうしても思い出せない。
左内――その名前だけが、記憶の底にぽつんと浮かんでいる。
(確か……越前藩の人間だったはず。年齢は……今で13歳くらいか?)
そして、脳内に閃光が走った。
「そうだ、『啓発録』……!」
橋本左内が15歳で書き上げた思想書。
未来では教育者としても名を馳せる彼の原点とも言える一冊。
だが、今の彼はまだ13歳。しかも、俺が出会うには、
彼を江戸に呼び寄せなければならない。 普通に考えれば無理筋だ。
だって、まだ藩にいるただの少年だぞ?
──だから俺は、やった。 “贋作”という、突拍子もない手段を選んだ。
記憶の断片をかき集め、筆を取る。 6歳児が書くにはあまりにも高度すぎる内容。
でも、俺は知力MAX。論理構成、思想の骨格、文体の癖――
全部、再現してみせた。
“橋本左内が13歳で書いた”という体裁で、原稿を仕上げる。
完全に偽造。だけど、目的はただひとつ。彼を江戸に呼ぶこと。
そして、越前藩主に推薦状を送った。
「この若者は、将来必ずや藩の知的柱となる人物です。
江戸にて学問を深めさせるべきかと。」
俺の名前は一切出していない。
あくまで“橋本左内”の手によるものとして提出した。
数日後、藩主からの返答が届いた。
「この啓発録、13歳の筆とは思えぬ見識。江戸にて師としての器を磨かせよ!」
──よし、成功だ。
俺の“贋作”は、未来の同志を江戸に呼び寄せるための“招待状”になった。
倫理? 正義? そんなものは後で考える。
今はただ、必要な仲間を揃えることが先だ。
そして、数週間後――有名な塾の門前で、俺は彼と出会う。
俺は、心の中で静かに呟いた。 (これで、仲間探しの第一歩は踏み出せた)
──知力で繋がる同志との出会いが始まろうとしている。
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