第25話「夜明け」
夜が白み始めていた。
空にはまだ星が瞬いているけれど、
東の空には、ほんのりと朱が差し始めていた。
朝もやが町を包み込む中、遠くで鶏の鳴き声が響く。
静かだった世界が、少しずつ目覚めていく気配。
その空気に、俺はふと息を吐いた。
「……まだ、言うべきことはあるかもしれないけど。
とりあえず、今はこのくらいでいいかな。」
澪がぽつりと呟いたその言葉に、俺は頷いた。
俺の方も、聞くべきことは聞けた……と思う。
ただ、澪の話の中で、どうしても気になる点があった。
彼女はそれに気づいているのだろうか。
俺は、やんわりと思念で問いかけてみた。
「……あ、やっぱり颯真も気になってた?」
澪はくすっと笑ったような仕草をした。
「私が颯真の知力を封印したとき、
声が思ったより大きかったことよね。あれ、ちょっと笑えるよね」
その瞬間、俺は思った。
――ああ、この人、こういうところは天然なんだな。
「……嘘よ、嘘」
「私も気になってたわ。CIOの責任者交代の件。」
さすが俺の右腕。
俺と同じ懸念を抱いていたとは、頼もしい限りだ。
颯真――いや、今の俺は暁宗一郎。
目を閉じて、思考を巡らせる。
外から見れば、ただの赤ん坊が眠っているようにしか見えないだろう。
けれど、俺の中では、未来への対抗策が着々と組み立てられていた。
設計者――いや、この件の謎は、ほぼ解けた。
さて、次はどう動くか。
「このまま、2067年に戻るか……?」 でも、どうやって?
ChronoSeed。
けれど、現行モデルは俺を守ることに特化して作られているらしい。
しかも今の俺は、赤ん坊だ。
こんな姿で戻ったところで、CIOに命を狙われるだけだ。
それに、今のこの世界線には、2067年の俺は存在しない。
タイムワープとか、ほんと面倒くさいんだよな……
とりあえず、最終目標は2067年に戻ること。
なぜなら、そこには俺の考えに賛同してくれた人たちがいた。
歴史が変わっていたとしても、彼らのために役に立てるなら、
総裁でも代表でも、なんでもやってやる。
だから俺は、戻る。2067年へ。
そのために、今はこの幕末で知力を武器に、
あらゆるものを吸収していく。
特に哲学界は、思想の転換期。
社会の急激な変化と科学の発展を背景に、
ニーチェやマルクスが個人・歴史・価値を問い直す時代。
哲学が「生きる意味」や「社会変革」へと関心を移したこの時代は、
2067年では味わえない生の学問に触れる絶好のチャンスだ。
俺は、この環境で知力を磨く。暁宗一郎として。
それに、どうせ戻るなら
―― 幕末から維新にかけて処刑や暗殺された者たちの中で、
俺の考えに賛同してくれる者がいれば、連れて帰るつもりだ。
もちろん、倫理的に犯罪を犯していない者に限るけどな。
つまり、仲間探しだ。
そして、これは最初から決めていたこと。
――澪を生き返らせる。
AI化した猫から、人間の姿に戻す。
幕末の世界で知に触れ、CIOに対抗できる仲間を探し、
澪を元に戻す。それが、俺が進むべき道だ。
話が一区切りついた頃、
白猫――澪が眠そうに目を細めた。
「さて、そろそろ寝るか……いや、もう寝る時間じゃないな。」
「じゃあ、朝飯でも炊くか。」
俺は、心の中でそう呟いた。――夜明けは、もうすぐだ。
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