第18話「痕跡」
──深夜の刻。草木も眠る丑三つ時に、
宗一郎はふと目を覚ました。
理由はなかった。いや、正確には説明できるようなものではなかった。
ただ、胸の奥に何かが引っかかっていた。言葉にできない違和感。
まるで誰かに呼ばれたような、そんな感覚。
「……やっぱり、気になるな。母さんの書棚が……」
それは論理では説明できない衝動だった。
けれど、宗一郎はその曖昧な確信に身を委ねることにした。
何かがある。そう思った瞬間には、もう布団を抜け出していた。
廊下を抜けて母の書棚へと向かう。
そこには、蘭学書がずらりと並んでいた。
どれも古びていて、何度も読み返された跡がある。
母が人生のすべてを注ぎ込んで学び、残した知識の痕跡。
その並びの中に──よく見てみると、
1冊だけ、異質な気配を放つ本があった。
「……これは、見逃してしまうのも無理はないな……」
宗一郎は本に意識を全集中し、丹念に調査を進めた。
繊維の質感も、綴じ方も、他の本とは明らかに違っていた。
まるで、そこだけ別の意図で置かれたような存在。
誰かが意図的に“仕込んだ”ような気配。
(この本……何かが“隠されて”いる)
ページをめくる。紙の厚み、インクの匂い、筆跡の揺れ
──宗一郎は、まるで職人のようにそれらを一つひとつ解析していく。
指先の感覚が、脳内の演算領域と連動し、情報を拾い上げていく。
そして、裏表紙の内側──そこに、肉眼では、ほぼ見えないほど、
微細な筆跡が浮かび上がった。
その瞬間、宗一郎の脳内に、記憶の断片が閃光のように走った。
否、それは“宗一郎”としての記憶ではない。
もっと深いところで、誰かの人生を追体験しているような感覚。
まるで、他人の記憶が自分の中に流れ込んできたような……そんな錯覚。
澪。 その名前に、宗一郎は心の奥が揺れるのを感じた。
知らないはずの存在。出会った記憶など、どこにもない。
けれど、彼の中で“いつもそばにいた”ような錯覚が広がっていく。
(この筆跡……間違いない。見たことがない。なのに、懐かしい……)
指先が震える。知らぬ間に、涙が頬を伝っていた。
なぜ、このタイミングで涙が出る?感情の理由がわからない。
けれど、確かに胸が締めつけられる。
もしかして――澪の記憶が、俺の脳に流れ込んだのか?
いや、これは“バグ”だ。世界線のズレか、記憶の断層か。
何らかのタイミングで、澪の記憶が俺に同期されたのだ。
それは偶然かもしれない。けれど、偶然にしてはあまりに鮮烈だった。
澪の声が、耳元で囁くように響く。
「あなたは、世界を平和に導いてくれますか?」
宗一郎は、静かに目を閉じた。
その声は、確かに“澪”だった。出会ったことはない。
けれど、確かに“知っている”と感じる。
記憶ではなく、感覚として。魂の奥底に刻まれたような、存在の痕跡。
──設計者は澪だった。
彼女は、宗一郎がこの世界に気づく前に、すでに舞台を整えていた。
彼が歩むべき道を、誰よりも早く見抜き、誰よりも静かに支えていた。
その記憶は、宗一郎のものではない。だが、彼の中で確かに“生きている”。
宗一郎は、静かに空を見上げた。
その空の向こうに、澪がいた世界がある気がした。
そして、彼の中で何かが“鍵”となって回り始める。
脳内で、封印されていた演算領域が次々と解放されていく。
情報解析モジュール、読心補正、未来予測モデル
──彼の知力が、再び目を覚ます。
(これは……知力の再構築。いや、進化だ。)
視界が変わる。壁の構造、空気の流れ、母の足音のリズム。
──すべてが“設計”として見えるようになった。
(この世界は、澪が俺のために作った。)
宗一郎は、静かに目を閉じる。
──知力999に、BONUSとしてExtra Statusが付与された。
それは、知力がMAXになった瞬間だった。
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