第16話「如月 遥人(きさらぎ はると)」
タタタタタターン♪タタタタターン♪
夜の静けさを破るように、
コンビニの自動ドアが元気よく開いた。 店内は誰もいない。
けれど、あの音だけはいつも通り、やけに張り切っている。
「……あんパンと牛乳、っと」
如月遥人は、いつものように研究所近くのコンビニに立ち寄った。
今日も帰りは遅くなりそうだ。夜食を買うのは、もはや日課になっていた。
彼は29歳。量子神経工学の第一人者であり、冷静沈着な天才研究者。
だが、妹の澪に対してだけは、驚くほど甘い。
澪が事故で両足の機能を失ったのは、2057年。
あの時、彼女はまだ12歳だった。
それ以来、遥人の中で何かが変わった。
妹の未来を守ることが、彼のすべてになった。
そして今、彼が取り組んでいるのが——
ChronoSeed
意識だけを過去へ跳躍させる、理論上の装置。
肉体は現代に残るが、意識が戻らなければ脳死となる。
倫理委員会が慎重になるのも当然だった。
だが、遥人と澪の知能と技術は、常識を軽々と飛び越えていく。
試作品は、完成間近だった。
「……あと少しだ」
深夜の研究室。
あんパンをかじりながら、
彼は最終調整に没頭していた。
もう2か月、そんな日々が続いている。
澪の理想を叶えるため。 彼女の未来を変えるため。
遥人は、自ら被験者となることを決めていた。
そして——
試作品が完成した日。
兄妹はハイタッチを交わし、喜びを分かち合った。
「兄さん、どうかご無事で……」
「用事を済ませてすぐ帰るから、心配ないよ」
優しく微笑む遥人。
ChronoSeed、起動。
跳躍先は——2057年。澪が事故に遭った日。
彼の目的はただひとつ。 妹の運命を、変えること。
──時を越えて、兄は走り出す。
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