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第二話「思い出はカバンに詰め込まなくてもいい」

 ティアと一緒に眠る事に緊張は無かった。眠りに落ちてもごわごわとした感触を夢に見そうではあったけれど、美味しい物を沢山食べたり、感情が沢山揺れ動いたからか、いつのまにか幸せな眠りに落ちていた。


 そうして私が目を覚ました時にはいつのまにかティアは起きていたようで、ふと冷静になって静かな現状を思い出しながらあくびをする、あくびのせいか、現状のせいか、ふと溢れそうになる涙を拭った。二人で眠って一人で目覚めたせいか、妙に身体が冷えるような気すらする。


 窓から差し込まない光、風の音も、村の賑やかさも聞こえない場所。


 昨日よりも重たい現実、きっと実感は後からゆっくりとやってくる。これからも、この現象は続くのだと思った。


 昨日はこのダンジョンから脱出を想定して、お互いに言葉にはせずとも息巻いていた。正確にはきっと、息巻いている振りをしていたのだけれど、実際の所、不安しか無い。未知は不安だ。その未知の未知の未知に、私達は放り込まれている。


――もし此処が、うんと深い地の底だったら。

 こういう時には、常に最悪の状況を考えてしまう、私の悪い癖。でも今はそれが現実に起こっている可能性があるのだ。寝ぼけながらそんな思考に飲み込まれそうになっている私を、私は首を横に振りながら起き上がる事で振り払う。


 すると、家から持ち出す道具の準備をしていたティアがこちらを振り返り、私の表情をじっと見てから寂しそうに笑う。言わないだけで、彼女もまた、同じ気持ちなのかもしれない。それでも、彼女の声色は明るいというか、あっけらかんとしたものだった。


「おはよー、ククにしては随分よく寝てたねぇ。いつもはククのが絶対に早く起きるのにさー」

「昨日はあれだけ立派な料理を作ったんだもん、そりゃあ疲れるってば……っと、ティアは道具の整理? ありがと、私も今からやるね」

 起き上がり、自分が着ているローブをパンパンと叩いて、長年お世話になった毛布を軽く抱きしめてから、今までで一番丁寧なベッドメイクを施していく。するとティアが笑った。


「律儀だね、ククは。おふとんもそのバイバイに喜んでるよ」

「まぁ……お世話になったしね。喜ぶものかな?」

「少なくとも私だったら喜ぶぞー、ほらぎゅーってしてたし今。ククの身体はふわっふわだしなー。髪もフワッフワだし、ワシャワシャしたい。どっちも」

「うーん……良くわからないし、どっちも却下かなぁ……。そもそもちっちゃい私より、ティアのすらっとした身体の方が格好いいじゃんか。出るとこも結局はちゃんと出てるしさっ!」

 時折私達は、何もかも真逆な身体の事を互いに羨ましがる。冗談混じりで褒める。

 私は小柄で、鬱陶しいから短めに切ったワシャワシャした黒髪にセットでついてきたような真っ黒な瞳。

 一方ティアは、女の子にしては高身長だ。ストレートの金髪をサイドテールにして綺麗にまとめている。剣を振る時に揺れるその金髪が綺麗だった。照らされると光るような碧眼も。やはり正反対だ。互いに注意し合うせいか、身体のラインはお互いに見られるようには節制出来ている……はず。とはいえティアの健康的な身体を見ると自分に自信は無くなっていく。

 それに、ティアも普段は粗雑そうに見えても髪がつやつやしているあたり、ちゃんと女の子だなと時々思わされる。


 勝ち負けの問題でもないけれど、ティアの綺麗な体型に憧れる。私が彼女より唯一勝っているのが、出るとこが出ているというだけだけれど、その分私の場合は油断するとお腹も出てしまうから情けない。

「おっきいのは良い事だ! もう少しくらいククはぽんにゃりしてくれてもいいんだよー? だっておんなじなんてつまんないよー。私はククの吸い込まれそうな黒い目も、実はパンチも強そうな腕も好きだよぉ」

 ティアは小さく笑って、自分のリュックを背負い込んだ。

 強そうな腕って太いって事じゃないか?という軽い疑問をいつもの調子で飲み込みながら、私はその軽口をいなして、彼女の道具の中身を聞く。


「一応持ち物の中身の情報は共有しとこう」

「ん、私はそう大したものじゃないよ。主に戦闘関連かな」

 リュックを開いて見せてもらったけれど、中身がグシャッとなっていてわけがわからなかった。

「あーもう、こういうとこ雑だよねティアは! 私が入れ直すから一旦出すよ!」

 中身を取り出すと、薄手の毛布がニ枚、というかリュックの中身の殆どはこれで埋まっていた。残りはちまちました薬の類。止血剤や、着火器具、何故か幾つか石も入っていた。つまりは戦闘特化という事なのだろう。


「なんで毛布?」

「だってなんか、寒くない? 季節の温度じゃないよこれ。それに毛布は布だからね、いざという時に包帯代わりにもなるから」

 それで何となく納得した。目覚めた時の妙に身体が冷える感覚は、寂しさからでも緊張からでも無く。実際の温度の低さだ。はっきりと目が覚めてやっと気づく。寝ぼけている場合じゃないということも。

 確かに今の温度は寝起きにも、行動にも堪える寒さだ。少なくとも私達が過ごしていた季節としてはおかしい。

 毛布は重要だ。というよりももう少し着込むべきだろうと、私は外套を軽く重ねた。

 包帯も一応は詰め込まれていたけれど、もしもの事がある。太陽光が無いだけでこうまで変わるのかと思いながら手を擦った。

「そっちの準備はー?」

「私は魔法使いだからね。これからやってもすぐ終わるよ。そこまで手荷物は多くならないから、食料をまとめようかな……その前にっと」

 ベッドメイクの途中だったことを思い出した。私はまくらを綺麗に置いて、ポンポンと軽く叩く、この子にも一杯お世話になった。意味のある事は分からなくても私は縁起を担ぐ方だ。私が満足出来るならば、それで良い。ティアもきっと、それで良いと思ってくれているから笑ってくれているのだと思う。


 そうしてさっき、お互いをじゃれ合うように褒めあって、私だけ妙に強く褒められていた事を思い出して、言い負けていたような? なんて事を気にする。きっとまだ、私は夢の中にいたいのだろうと、小さく笑った。


「そうだ、さっきの話さ。私だってティアの青い目、嫌いじゃないよ。宝石みたいでさ。宝石なんて見たことないけれ……どっ!」

 布団のシワを伸ばしながらそう言うと、ティアが面食らったように少しだけ顔を赤くして頭をポリポリと掻くのが見えた。少しだけ時間差の不意打ちが効いたのだろう。

 照れてる照れてると思いながら、私は一人でふふっと笑う。

「もう、急に言われると照れるなぁ……っていうか律儀すぎだよクク! ベッドだけ王都! 王都みたいになってる! 王都なんて行った事ないけれど!」

 いつのまにか、自分の好きな人形をベッドに横たわらせるやら、良い匂いのするお香などをベッド横のテーブルに準備してしまっていた。

「あぁ……ほんとだ。んん、こほん。いつか! いつかね! 遠い遠い未来にー風も吹かないこの部屋を見つけた誰かがー埃はかぶっていても綺麗なベッドを見たら……素敵だと思わない?」

「あははー……ほんとロマンティックだねぇククはー」

 文字を読みあげたような苦笑をされながらティアに弄られるけれど、私は本当に『そうだったら素敵だな』なんて事を考えながら、身の回りを綺麗にして、机の上に紙を一枚出して、手紙を遺した。


『いつかこの部屋を見つけた貴方へ。

 大体の物は大した物では無いけれど、自由に使ってください。

 この家の元所有者クク・ステラより』

 私のそんな行動を見て、ティアが内容を覗き込む程では無いくらいの距離で、微笑んでいた。


「ふふ、ククも手紙かぁ。お互いこういう時に思う事っておんなじなんだなー。でもこの手紙の内容は……貸宿? じゃないよね。でもいっか。誰かの為になるなら」

「ククもって事はティアも手紙書いたの? というかこの家はティアの家でもあるんだし、署名してよ。読んで困る事は無いから、こんな風でいいよね? この手紙は風化しないように、魔力を使わない簡単な術式で遺しておくから」

私の書いた簡単な手紙を読んで、彼女は「いいよー」と『ティア・アルフェ』と彼女の性格には似使わない非常に綺麗な文字で署名をしてくれた。こういうギャップを見せられる度何処か負けた気持ちになるけれど、多分それはお互い様。

「うん、短いけど、とても素敵な手紙だと思うよ」

「ん、ありがと」


 これで名実ともに、この家は私達の家ではなく、誰かの何処かに変わった。

 

――出来るなら、この場所が廃墟にならなければいい。

「沢山の思い出があるからにゃー、少し寂しいもんだね」

 ティアが少しデコボコなテーブルをつつーっと触る、そこには彼女がフォークでつけた傷もあった。

「思い出はカバンに詰め込まなくてもいいから、楽だね」

 自分の声が少し震えているのが分かった。私の言葉に、ティアは微笑むだけで何も言わず、私もそれ以上は何も言わずに、すぐに彼女から振り返って、そっと目尻を拭った。


 食料をリュックに詰め込みながら、私も彼女にならって、なるべく明るい声を出す。私が湿っぽくしてばっかりじゃ、いくらティアが明るく振る舞っていても士気が落ちてしまう。足を引っ張るのだけは、嫌だった。

「えーっと、とりあえず入れられるだけの干し肉と、乾燥したお野菜でしょ、出来るだけ沢山のお水と、お神酒が一本。あとは調味料と、干し葡萄なんかも入れたし、食料は……節約して五日、かな」

「んー、魔物食の本なんて無いのー? 私は最悪それでも頑張るよぉ?」

 残念ながらその系統には疎かった。というより魔物は倒した時点でその身体が霧散するので血痕などしか残らない。

「生きたまま食べるっていうなら、任せるけどね……でも身体の中で息絶えたらそこで霧散するんじゃないかな……考えたくないけれど」

「それはー流石の私でもちょっと嫌かなぁ。じゃあやっぱりこのご飯でがんばろう……!」

 ティアはあくまで前向きを貫き通すつもりなのだと思った。

 逆に言えば、この前向きさが折れてしまった時が怖い。だからこそ、私は冷静に、悲しみながらも、苦しみながらも、ちゃんと考えて、後ろ向きに、現実的で前向きな事を考えて彼女の心を繋いでいたいと、そう思った。

 理想主義者と現実主義者という訳では無い。ただの人と人、性格と性格を補っているのだ。


「うん、ありったけ込めた。これは私が持つね。あとは……ランタンも、私が腰につけておくよ」

「ランタン? ククの魔法じゃ……魔力が勿体ないかぁ」

 彼女の言う通り。魔法で灯りをつけるより、いつでも捨てられるランタンを持って、使えなくなったら捨てるのが一番丁度良い。体力としても、飲み食いする程に重量は減っていくから、それで釣り合いが取れるというのは変な話だけれど、中間地点も分かるし、限界値からの伸びも多少は見えるはずだ。

 とはいえ、出来れば水程度は補充出来れば最高だけれど、それを今から期待していても仕方がない。

「いざ大量の魔物と戦うってなったら、灯りはちゃんと出すから安心してね」

「だいじょーぶ、言われなくてもククの『いざ』って時の判断力は信用してるよー。重たい物持たせる代わりに、私は前を行くさー」

「ん、信頼してる」

 私達は不思議な関係だな、と思う時がある。

 どうして私たちは一緒にいるのだろうと思う時があった。その理由を何となくでしか語れないからこそ、私は彼女と一緒にいるのかもしれないと自己嫌悪する日もあった。

 だけれど、結局のところは、お互いのこういう所が、きっとお互いに心地良いんだろうなと思った。


 時々喧嘩はしたりしても、もう何年もこの小さな家で春も夏も秋も冬も幸せに暮らしてきた。運命なんて信じているわけじゃあないけれど、この不思議な巡り合わせと、共にいられる事が運命だったというならば、運命は私に味方してくれるのだろうと、思うくらいだ。


「じゃあ行こっか」

「んー。じゃーな愛する我が家ー!! いー匂いのするククのベッドーー!!」

 最後にまた恥ずかしい事を言いながら、ティアはドアを軽く開いた。


「あ!」 

 急に思い出して、驚かせる気は無かったのけれど私はティアを驚かせてしまう。

「ッッなに?!?!」

 私の大きな声に彼女は剣の鞘に手を添えながら驚いた表情でこちらを振り返る。

「あ、いやえっと、大した事じゃないんだけど、ティアの手紙は?」

「あー……手紙の事かぁ……もー、もー! びっくりした! そういうの禁止ねー!! 何書いたのかは内緒だよ! 場所は、きっと目ざとい人なら見つける!」

 彼女の事だ、きっとふざけた事を書いているに違いない、だけれどきっとこの家を訪れた人が嬉しくなるような、そんな事を書いているんだろうなと思った。

 それ以上何も聞かない私を見て、彼女はいたずらをしたように「にひひーっ」と笑う。

「それじゃ、改めて行こっか」

 出発するって時に引き止めてしまったのを少し申し訳なく思って、私は改めて、愛する我が家からの出発を促す。


「だね、じゃー行ってきます! 朽ちるなよー!」

「手紙、届けばいいね……行ってきます!」

 声色はそれぞれ。それでも、想いはきっと同じであってほしい。


 さようならとは、二人とも言わなかった。外に一歩踏み出した瞬間に、私の中では、またこの空間に戻れる事が、一つの夢になった。

 そうして、最下層からの第一歩目と一緒に、扉の横の元郵便受けをそっと撫でていた。それを作る為に四苦八苦した思い出もまた、持って行くかのように。

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