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第十三話『二人ぼっちで最下層まで』

 辿り着いた、第一階。

 ドラゴンを眼の前にして、ティアが向かおうとしている方向と、私の向かおうとしている方向は正反対だった。だって適うわけが無い事なんて分かっていたから。

 きっとティアの剣は用意に鱗か爪に弾かれ、私の得意としている炎属性の魔法を使った所で、ドラゴンが吐くブラスには敵わない。風属性の魔法を使ったって、ドラゴンの羽ばたき一つに勝てないだろう。

 だからこそ、此処は死の可能性をかけた無謀なチャレンジをする時じゃなく、撤退する時だ。

 

――衛兵はその現実に狂った。だけれど私達は狂わずに、考える事が出来る。


 撤退する私達を、魔物としては最上位に位置するドラゴンは興味も無く見つめていたような気がした。

「逃げられたっていっても、どうするの? クク、私達だけで……残った食料で生きていく?」

「二人ともガリガリになって死んじゃうのは嫌かな、でもあいつを倒せっていうのは今の私達には無理だよ」

 悔しいけれど、無理だと断定するしかない。せっかく光明が見えた所にこれだ。ドラゴンの気を引いて出口へと飛び出すなんて事も、犠牲無しで出来る事じゃあないだろう。そもそもこのダンジョンの制作者が魔族だというのなら、あそこにドラゴンを置いた時点で倒さなきゃ出られないようにしていてもおかしくはない。

 結局、出る事を前提に作られているわけじゃあなかったのだ。狂わないにしたって、私達の胸にも諦めと絶望が入り混じる感情を叩きつけられていた。

 あのドラゴンに対する、私達が取れる打開策は、残念ながらゼロだ。


――だけれど、このダンジョンにいるのは私達だけじゃあない。

 本当に悔しい、本当に憎たらしいけれど、私が思いつく方法はたった一つ。

 ドラゴンよりも上位の存在を説き伏せるという事だけだった。


「んー……今このダンジョンにいて、アイツを倒せそうなヤツってさ」

 ティアだって、その発想に至るのは簡単な事だった事なのだろう。溜息混じりに私に視線を向けてくる。

「あー……クク、嫌な気持ちはとっても分かるよ。でも、それしかないよ」


――私達が最後に戦う相手は、魔物じゃない、魔族だ。

 思う限り、可能性が残っている最後の手段だった。食料は潤沢に存在しているし、アロンソがいる場所も、あたりは付いている。全てが通ってきた道だ。

 きっとアイツは私達を何処かで見ている。

 それが何処かと言われると、思い当たる場所はたった一つ。


――自由に使ってくださいと書きのこした、愛する我が家


「ティア。納得出来ないかもしれないし、悪いとは思っているけれど……」

「ん、いいよ。大丈夫。わけわからない事をやってくれた代償に、私達も付き合いきったんだ。最後くらい手を貸してくれたって良い。それに、ククはあいつと一度やりあってるんだから、アイツだって案外楽しみにしてるかもよ?」

 ティアは私の、私なんかの考える事を信じてくれている。だから私は、全力で彼と舌戦を繰り広げよう。どうせ死ぬなら、少しでも可能性の高い方に賭けたい。ドラゴンと戦うのは、私達がこのダンジョンを出られて、もっともっと強くなって、冒険者なんて夢を叶えた、ずっとずっと先でいいんだ。


 だから私達は、第一層から最下層まで、下っていく事を決めた。

 最下層から第一層まで登るのに要した時間は村で休んだ分も含めて十日程だとして、食料については村一つ分の保存食がある。水場の場所も記憶しているし、一度倒した敵が蘇った事も無かった。ならかなりのスピードで最下層まで戻れるはずだ。

「ねークク、もしも、アイツがいなかったら? 何も説得出来なかったら」

「その時はさ、死ぬまで生き続けよう。二人ならきっと最後まで楽しいよ」

「二人ぼっちで最下層まで、か。ほーんと、ククといたら退屈しないにゃー」

 そうして私達はそれから一つずつ、最下層に向けて歩き始めた。


 それからの上層は、魔物がいないことを良いことに、ダラダラ歩いていたせいか、やや時間がかかってしまった。ある意味足腰を鍛える鍛錬のようにも思えた気がする

「此処にいた魔物はなんだったんだろーね」

「どうだろう、剣が通った事は確かだよね」

 結局身もしなかった上層の魔物を考えたりして、二人でゆっくりと、散歩するかのようにダンジョンをくだっていく。

 ティアは楽しんでいるように見えたけれど、私は割とヘトヘトだった。だけれど思った以上に身体が引き締まった気がして、嬉しい。

 ふと彼女に言われて抱きあってみる度に、「ククはお肉が減っちゃったね」だなんて、ティアは意地悪な事を言うけれど、私はそのうち体重計に乗るのが、少しだけ楽しみ。


 それに、魔法の使い方も、少しは上手くなったような気がする。

 もし此処から出られたなら一緒に冒険者を目指すっていう夢も、案外現実味を帯びる気がしてきた。

 村が無くなったのだから、居続ける理由も無い。まずは何処か安全な所へ向かうなんてのが最初の課題になるんだろうな、なんて思っていた。

 それに、苦手な魔法ももう少し覚えてみようって思えた。そうしたらもしかするとあのドラゴンだってもしかしたら……なんて事を考えるのは私の悪い癖だと思って、私は小さく首を横に振った。

 今は最後の最後の戦いに向けて、それまでの旅路をゆっくりと遡って行こうと思っていた。

 だって私は今だって幸せで。もしこのまま出られずに死んじゃう事があったとして、それは凄く悲しい事かもしれない、だけれど私は幸せに気づく事が出来たんだから。


 それからの中層は、お墓変わりの灰の壺があるだけの、簡素な村だった。まるで家々はダンジョンに生えているきのこのよう。より絶望に満ちた状況だからこそ、私達がもし外に出られたならら、最初にやることは村の皆のお墓を作る事にしようと、私達は道すがら約束をした。

 だから少し重いし、神様の道理には反するかもしれないけれど、背負い鞄に灰が詰まった壺を入れて、歩く事にした。

 穴を掘る時の為に土魔法でも覚えておけば良かったなぁなんてことを一瞬思ったけれど、それはちょっと違うんだろうと思う。二人で、汗水垂らしてちゃんと、一人ずつの事を思い出しながら、そこには狂ってしまう前の、優しかった衛兵……さんも含まれている。きっと。


 私は魔法使いだからついつい忘れちゃう事があるけれど、魔法に頼ってばっかりも違うんだって思ったりするようになった。とはいえ、洗濯した後の乾燥とかは、本当に便利なんだけれど。

 狂気に落ちたあの衛兵さんは、悔しいけれど私達のキューピットになってしまった。神に縋って地獄に落ちるというのも、皮肉な話だなと思う。あの人も元々は凄くいい人だったんだ。


 だからあの人の事を一概に悪く言うのは、冷静になって考えるとやっぱり少し違う気もする。だから、アロンソに会った時はそこだけはピシャリと言えたらなって思いながら、懐かしい皆の家で、ゆっくりとした時間をティアと少しずつ過ごした。

 小さな村だったから、誰の家にも思い出があって、入る度に切ない気持ちになったけれど、きっとこれが最後だから。本当の意味でさようならだ。

 もし間に合ったならなんて話はしたくないけれど、本当はさようならなんて、したくなかった。


 それから水場まで降りて、私は初めてちゃんとティアの身体を見た。やっぱり凄く気恥ずかしかった。だけれど綺麗だなって純粋に思えたのは、やっぱりこの感情に気づけたお陰なんだと思う。初めて一緒に水浴びをして、水をかけっこして遊んで、少しだけ寒い思いをして、軽い熱にうなされて一日だけ寝込んだのも、なんだか不思議な思い出になった。もう私達は、このダンジョンを楽しんでいるようにも思えた。


 初めて一緒に水遊びをするのがダンジョンの中っていうのもやっぱりおかしいよねって二人で笑った。

 水浴びした後に、ティアの髪を手ぐしで梳かさせてもらったのが凄く嬉しかった。実はずっと憧れだったから。私はどうしても水浴びした後は海藻みたいな感じになっちゃうから、ちょっと恥ずかしい。だけれど、それも含めてか含まずかティアはきっと私の事だ好きなんだろうって、今なら思える。

 ティアにぐしゃぐしゃに髪を乾かされながら、私はきっと笑っていたと思う。

 でも、いつか王都で髪型を変えてもらうのもいいよねって約束もした。凄く、凄く楽しみ。


 それからの下層は、少しだけ緊張してきた。アロンソと……魔族と初めて会った場所で、人生で初めて心から死を覚悟した場所だったから。

 あの時の勇気は、もう二度と出せないような気がする。でももう一度出さなきゃいけない事も、良く分かってる。ティアは堅くなりがちな私の顔を、時々心配してくれる。だけれどきっと大丈夫。

 今の私は悲しい事も苦しい事も考える。悪い事も考える、だけれど良い事だってあるかもしれないって考えられるようになったのだから、大丈夫。


 今もまだ、私達の様子を観察をしているのなら、こんな私達を、アロンソははどう感じているのだろう。

 それを私は本人の口から聞いてみたい。嘲笑われたとしても。


 それからの最下層、怖がって一歩ずつ進んでいた頃が、懐かしい。

 ほんの少し前の事だけれど、変わる為に必要なのは時間じゃなくて、経験なんだって事が実感出来る日々だったなって思う。

 魔族が世界をダンジョンだらけにしたということは、やっぱり許せない。気持ちは理解出来ても、納得なんて絶対に出来ない。それでも、私達みたいに、何かを得られる人がいるって事は、証明出来たはず。

 どんな地獄のような場所だって、どんなに苦しくて怖い所だって、闇に包まれた場所だって、光を見出す事が出来るって事を、今此処で手を繋いでいる私達が証明している。


 私はティアの為に、ティアは私の為に。

 私はきっと、それが人間が持っている希望みたいなものなんじゃないかなって思うんだ。


 そうして、我が家に付いた

 長いようで短い帰路は真っ暗だけれど、なんだか楽しかった。行きは良いけれど、帰りは怖いだなんて良く言ったものだけれど、私達の場合は全くの逆、行きは怖かったけれど、帰りはとっても幸せだった。

 だから、勇気を持って私は自分の家をノックする。

「はい、どうぞ」

 中から男の人の声が聞こえた。まずは第一関門突破。それに、温和な声だったから、少しだけ緊張がほぐれる。

 私はドアを開けて、第一声に悩む。

「ええっと、ただいま?」

「まぁ、ただいまが正しいよねぇ」

 それを見た魔族、アロンソ。果たしてそれが本名かは分からないけれど、彼は私達の姿を見て、少しだく面白そうに笑いながら、温和な視線を私達に送った。

「おかえり、クク・ステラにティア・アルフェ」

「意外ですね、私達の名前をちゃんと知っているなんて、アロンソさんは……それが本当の名前で良いんですか?」

 私の丁寧な言葉を聞いて彼は小さく笑って、テーブルを指さした。

 ティアはもう、何も言わない。もう既に私とアロンソの戦いが始まった事を、私の声色で察したのだろう。


 さぁ、ここからは剣も魔法もいらない。

 だけれど私達の人生を賭けた戦いが始まる。

 魔族との、血が流れない戦いの時間だ。

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