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第十二話『"そんな君"だから』

 悪魔を討ち取った、天使のように、未だ風の魔法にマントを靡かせながら、彼女は剣についている血液を振るい落とした。

 

――私たちの、勝ち。

 少なくとも、この階層では、の話ではあるけれど。それでも大きな障害を取り除けた事に私はホッとする。

「あの人がこうなるなんてなー、でもこうなったから勝てたんだよね」

「でも、まだ息はあるみたいだね……」

 ティアの上空からの一撃は確実に彼に致命傷を与えた。兜を脱いだ事によって晒されたその首元から、一閃、鎧ごと叩き斬られた狂気の衛兵は、その最期に呪いのように言葉を呟き続けていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ゴメンナサイ、ゴメンナサ……」

 何に謝っているのだろうか、正気を取り戻したようにも思えない彼を見て、ティアは大きく溜息をついた。

「神様も、困っちゃうよ。取り返しのつかない事をして謝るのは、ただ逃げてるだけだよ。だったら最初からやるなよう、馬鹿野郎め……ッ!」

 ティアは何かに縋るように謝り続ける衛兵に軽い苛立ちを見せた後、それでも苦しまないようにそっと、鋭いトドメを刺した。

「魔族より、魔族だったね」

「案外、人も魔族も変わらないのかもなーって思っちゃうにゃー。こんなの、見ちゃうとさー」

 確かに、ティアが言う通りだ。

 ダンジョンを作り出して人間を観察するという魔族の行為が狂気じみているのは当然としても、今しがた息絶えた衛兵のように狂ってしまったならば、人間だってそう変わりはしないのではないかと思ってしまう。


 勿論、諸悪の根源は魔族だ。こんな環境のせいではあったのだろう。それでも何かあった時に、おかしくなってしまう可能性は人間にだってあるのだと、まじまじと思い知らされた。

「ん、火元ももう無くなっているし、まずは誰かの家で休んで、食料を頂いていこう。あ、でも駄目だ。魔力が切れ……て……」

 誰の家かも分からないけれど、家に入った時点で、急に力が抜けた。

 張り詰めた気が緩んだのがきっかけだったのだろう。自分でも感じた事の無い程に気力が抜けていく。 

 おそらくは、自分の魔力量を越えて魔法を使いすぎた。この階層にはもう脅威が無いから平気だとしても、魔法使いが魔法の行使によって起こす魔力枯渇は病気のようなものだ。数日寝込む事もある。

「ごめ……ティア、私ちょっと、動けない、かも」 


 面倒な事になってしまった。だけれど、そのくらいしなきゃ、勝てない相手だった。

「私も疲れちゃったな、何本か、骨も駄目になってそうだ」

 二人で、もういなくなった知り合いの家の絨毯の上に倒れ込む。勿論、人の気配はしない。

「ん……やっぱり、ちゃんとした絨毯はフカフカで気持ち良いね」

「寝るならもっといいところが、もうちょい先にあるんだけどなー。でも今の私たちにはこれでじゅーぶんか」


 ティアが起き上がるのを目の端で追う。彼女も気を緩めたのか、鎧を外していた。

「ティアだけでも……寝ておいでよ。私も動けるようになっ……?!」

 そうして、彼女は私の上に覆いかぶさった。

「どしたのさ。お、重い……」

 ティアの重みを感じながら、私は頬を顔になすりつけてくる彼女の温かさに、心地良さを覚えて、目を瞑っていた。

「軽いよ、私は軽いんだよ」

 その言葉と同時に、私の口が柔らかい物で塞がれる。


 その意味に気付いた時にはもう、彼女の唇は私の唇から離れていた。


「だから言うよ、私もね。クク、君が好きだよ」

 

――今まで聞いた彼女のどんな言葉より、優しい言葉。


「んん……? うん? うん……ん?!」

「だってさ? ククから告白して来たんじゃんかぁ。『愛する剣士』って、私の事でしょー?」

 確かに、そんな事を口走ったかもしれない。だからって、こんな時に、私が動けない時にするなんてずるい、ずるすぎる。

「した……けど! もう! 人が動けない時を狙ってこういうのは、どうなのかなぁ!」

 私はティアを抱きしめながら、彼女の背中をぽかぽかと叩く。


 そうして、思えば魔力枯渇状態がいつの間にか少しだけ楽になっていた。それはきっと、この動揺のせいじゃ、無いはずだ。

「もう、動けるよ。私だってずっと一緒にいたら魔法の事くらい少しだけ覚える、のっ!」

 そう言われて、もう一度彼女は私に口吻をする。その瞬間、爆発しそうになる感情と一緒に、魔力が回復していく感覚があった。

「魔力……譲渡……?」

 確かに、魔力譲渡の魔法自体は存在する。だけれど確かにその譲渡方法は、所謂粘膜接触。私達にとってはあまりにも大人すぎる話だ。だけれどそれは口吻でも成立する。そうして魔法は詠唱によってその力を増す。つまりは彼女が私を好きだと言った言葉そのものが、はっきりとした詠唱だったのだ。


「私達さぁ、ずっと一緒だったじゃない?」

 ティアは改めて床に寝転んだ。

「うん、そうだね」

「ずっと、好きだったんだよ。少なくとも私はね」

 言われてみると、彼女は冗談めいていたとしても、いつも私に好意を見せてくれていた。

 それに比べて私はどうだっただろう。いつだってなんだか気恥ずかしくて、その気持ちを考えて、分からなくて、考えてを繰り返していた。

 良い意味で単純な彼女と、悪い意味で複雑な私。良い意味であっさりした彼女と、悪い意味で面倒臭い私だ。


「だからさー、さっきククが私を愛する剣士って言ってくれた時に、ここしか無いと思ったんだぁ」


――そんな私を、彼女は、ずっと待っていてくれた。


「なら私も、好きだった……のかも」

 その言葉に、ティアはガバっと私の上に乗ったまま起き上がって横になったままの私を肩を揺さぶる。

「のかもって何?! やっと両思いなんじゃん!」

「ずっとさ、分かんなかったんだ。この気持ちの正体がさ。だって私達は女の子同士じゃない?」

「うん、それが?」

 そうだ、彼女は悪い意味でも単純なんだった。

「私はさ、好きな人が好き。それ以上も以下も無いよ。私はきっと、ククが男の子でも好きになったと思う」

 彼女の思っていた事を受け止めながら、自分の気持ちをどうやって言葉にするか、考えていく。

「ん、私も、多分一緒なんだと思う。ティアしか、見えなかったから。だけれどこれが、正解なのかなって、好きって事にして受け入れて良いのかなって」

 嘘は一つも付いていない、今なら分かる。私だって、ちゃんとティアが好きだった。 

 けれど、本当の事を言うのなら、こんな事だって、言わなきゃいけない。

「でも、私なんかがさ、こんな私が一緒にいていいのかなって、ずっと思ってたんだ。でもティアはずっと一緒で、朝起きて、夜眠って、こんな怖い所でも一緒にいてくれてさ」

 私は、ティアの手をそっと握る。

「分かんなかったんだ、いくら考えても。怖かったんだ、どれだけ考えても。でも好きなんだよね、だって私はあの衛兵と炎の中で対峙していた時だって、ティアの事を考えていたんだから」

 ティアが私の手を少しだけ強く握り返してくる。

「難しいなー、ククは。私はねぇ、ずーっと好きだったよー? ひっとめぼれー。だから一緒にいたし、一緒にいるし、ずっと一緒なんだよ。だって好きなんだから」

「こんな、私を?」

 ティアの手の力が少し痛いくらいに握られる。

「"そんな君"だから、好きなの。これから起こる難しい事はさ、一緒に考えていこーよ。私もククの中で一緒に考えるから」

 手を握ったまま、私は泣いていた。


――そうか、私は長い間、叶っていた恋をしていたんだ。


 あの感情の名前は、ずっとずっと恋だったんだ。

 ずっと気付けなかった。もしかすると心の何処かで気付かないようにしていたのかもしれない。

 こんな私、私なんてと、いつも最悪な状況を想定する癖、ある意味このダンジョンをくぐり抜ける為に使い続けていた私の心が、感情の邪魔をしていたのかもしれない。

 

 だから、こんな窮地になって、やっと心の奥から、この感情が愛するという物だという事なのだと、彼女を想う魔法という奇跡の中で、叫ぶ事が出来た。


「へへ、見てるか。魔族」

 私はティアに聞こえないように、小さく呟く。

 アロンソとの賭けはまだ途中だけれど、私達はお前の作ったダンジョンの中で、愛を見つけたんだ。

 狂って駄目になってしまう人がいる。だけれど私達のように、愛を得る人間もいる。だから、それも含めて、これが人間なんだ。魔族は、どうなんだ。そう言ってやりたい気分だった。


「なんだか、こんな所で幸せな気分になるなんて、不思議だなぁ……」

 私はくっつきたがるティアを自分の身体の上から降ろして、ローブの裾で涙を拭う。

「ふふー、私はまだまだ行けるよ!」

 確かに、今なら、何だって出来るような気がする。

 魔力も、彼女のおかげでだいぶ動ける程度には回復した。それくらいに想いが強かったという事だと考えると少し照れるけれど、二回目の口吻から移された魔力量は私の想像以上だった。

 彼女の魔力を心配したけれど、剣士であるティアは魔力が減った所で健康状態には影響が無いのだろう。

 魔法使いは魔力というものに近づきすぎて、健康のバロメーターになりかけてさえいる事に、少しだけ危機感を覚えたけれど、そんな細かいいつもの自分を、幸せな気持ちがかき消していた。

「食料は……充分あるみたいだね。だからまずは、弔いをしていこう。そして少しずつ、少しずつ。回復しながら、休みながら上層に行こう。私達なら、きっと出来る」

 二人、顔を見合わせて少し笑い合ってから、私達は少し贅沢に水を使って綺麗な身体にしてから、同じベッドで一緒に眠った。


 それからの私達は、村に残された多くの食料で体力を回復しながら、衛兵を含めた骸を、私の炎で改めてしっかりと焼き尽くし、弔っていった。

 お墓を作る事は出来なかったけれど、灰をまとめて、せめてもの弔いにして、私達は因縁で、思い出で、いろんな感情を体験した階層から、上層へと上がる。

「結局、村人同士は殺し合いなんて起こさなかったんだね」

 例の階層から何層か昇ったけれど、魔物はおらず、村人の骸もその全てが人為的な刺突による死亡だった。

 つまりは、信心深すぎた衛兵が、未曾有の事態に早々に狂ってしまい、その救済と称して村人を虐殺した、というのが真相のようだった。その証拠に、どの家にも手つかずの保存食や飲み水が沢山あった。

 ただ、もしかしたら諍いのような物は起きかけていたのかもしれない。何故ならどの階層にも魔物はいなかったからだ。きっとそれは、魔物自体は衛兵が始末出来ていたという事。

 そんな事を話し合いながら、私達は頭をかしげていた。

「んー……だったらなんであの人は狂っちゃったのかな。魔物がいないって事は、彼は上層の魔物を倒せていたわけだよね?」

 風景が変わっている事から考えて、もう私達がいるのは上層にあたっているはずだ。

 私達は手を繋いで、階段を上る。

 中層が十階程度だった事を考えたら、上層は五階くらいが関の山だろう。

 魔物の種類についても、あの衛兵以上の存在はいないと思いたい。だけれどその想像とは真逆で、そもそも上層には魔物が存在していなかった。

 だけれど確かに、人が通ったであろう痕跡は見て取れる。という事はきっと、誰かが上層の敵を倒して、少なくとも出口付近、私達が魔物を見る場所まで、辿り着いているという事だ。


 一段一段、昇っていく。灯りもつけて、休憩も多く挟んで、一階一階を、丁寧に登っていく。人の痕跡は続く、だけれど村があの状態だったという事を考えると、私達の中での不安は募っていく。

 それを振り切るように、私達は強く手を繋ぐ。その度に互いが互いを大事にしているという事を、今まで以上に強く感じられるのが、何より嬉しかった。

「きっと、もう少しだね……」

「んー、魔物と戦わなくて済むのはありがたいけどー、なーんかヤな感じがするよねぇ……」

 もうそろそろ出口だというのに、魔物の姿はいない。つまり踏破されている。

 出来たと考えるならば、狂ってしまっていた衛兵でしかない。


 その理由がこの先にあるという事は、私もティアも、とっくに気付いていた。

「狂わされるなんて、やだね」

「だいじょーぶ! その時はほっぺたつねってあげるから!」

 この状況が世界各国で起きていたとするならば、脱出した人がどれだけいるのか、想像も付かない。

 アロンソが仄めかせたように人間の感情を見ているのだとしたら、もしこれが不器用な魔族の歩み寄りだと考えたなら、本当の本当の本当に厄介な事をしてくれたと思うけれど、それでも今ならその気持ちも分からなくも無いというのが、本当の所だ。


――だって、人間同士ですら、感情なんて簡単には分からないのだもの。


 私なんて、私なんか。そう思っていて、そう思っていた私を好きだと言ってくれる人がいる。

 そんな人を、私もちゃんと好きだと思えている。性別なんて関係無い。言わなかったけれど、私はきっとティアが男の子でも、少し歳が離れてたとしたって、金髪じゃなくたって、好きになっていた。

 それは環境のせいだと言えるかもしれない、どんな言葉でだって否定出来るかもしれない。


 だけれど私はティアという人間が好きで、ティアは私という人間が好きなのだ。

 ちゃんと、人として、個として、何もかもの垣根を乗り越えて、好きなのだ。


――その気持ち自体に対して、否定する余地なんて、きっと無い。


 きっと、とても難しい事だ。だからこそこんな事がすぐ簡単に分かってたんじゃ、人間も、魔族もつまらない。だから、魔族はやり方を凄く間違えてしまっただけなのだと思う。


 あの時、アロンソが私達を殺さなかった理由も、そういう事だったのかもしれない。

 本当の本当に、人間という生き物が分からなくて、理解したかったのだとしたら、分からせてやりたい。

「あいつ、見てんのかなー」

「んー? 私と賭けをした魔族の事? ……見てるんじゃないかなぁ。あれから最下層にはすぐに到達したと思うし。きっと何かしらの魔法で見られてるよ」

 ティアには言わなかったが、おそらく大体の事は見られている。ただ私はもうアレを男性とは思っていないから、あえて黙っていた。魔族という時点で、きっと観点が違う。

「じゃあ私とククの……えぇ……見られてるのぉ……」

「まぁ……そうなるねぇ。でもさ、見せつけてやろうよ」

 そう言って、珍しくしょぼんとした顔をするティアを横目に、私は一人でふふっと笑った。


 あと、地上まできっともう少し。私達は立ち上がって階段を見つけて、互いの顔を見る。

「此処が、最後だね」

「そりゃまぁ、見りゃ分かるってくらいに最後だね、うん。出られた人はいないみたいだ」

 見るからにダンジョンには似つかわしく無い綺麗な石で出来た階段、だけれどその階段には乾いた血がこびり付いていた。

「さ、久々に戦いの準備だー」

 ティアが鞘から剣を抜き、少し震えた声で私の前を行こうとする。

「ん、待って待って。そんなんじゃ、格好良くないよ」

 私は剣を握りしめて急いているようなティアの、空いている手を強く握って、彼女と同じ階段に立ち並ぶ。

「ばれたかー……」

「ばれるよー、さぁ行こ!」

 そうして、始めて私がティアより先に階段を登りきった。

 

――そうして、最後の階層についてすぐに、衛兵が狂った理由が分かった。


「たははー、魔法で狂わせる必要もないわけだー」

 すぐに私に追いついたティアが、乾いた笑いで、遠くにいる魔物を見る。

「私の魔法でも、石畳は焼けないなぁ……」

 ひどく困ったと思いながら、こちらをつまらなそうに眺めている魔物と、焼け焦げた地面を交互に見る。そうして、魔物に目を戻す。


「ドラゴンだぁ……」

「ドラゴン、だね」


 巨大な爪に、一筋の小さな傷跡が見える。

 衛兵は、この圧倒的な魔物と対峙し、此処から出られない事を察したせいで、狂ったのだ。


「そりゃさー倒さないと、出られないなら頭も抱えたくなるよね」

「ん、今私が必死に抱えてるよ……向こうからは来ない、か」

 あの衛兵を倒した私達は、当たり前だけれどあの衛兵よりもほんのちょっとだけ、強い。

 それでもあのドラゴンの前では、微々たる差だろう。

「私は駄目だなぁ。あんなの出されちゃあもう考える事も無いやぁ……っていうかズルじゃんこんなの!」

「うん、ズルい」


 賭けには勝てないかもしれない。二人揃って出るなんて事は出来ないかもしれない。それでも、私達は確かに結ばれて、幸せになって、ちゃんと村人達を弔った。

 このダンジョンは沢山の人を不幸にしたけれど、その中でも幸福になれた人達がいたって事を、あの魔族は絶対に忘れないはずだ。分からないなら、分からせてやる。


 だから私は、ティアの手を強く握って、走り出した。

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