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第十一話『愛する剣士が舞っている』

 風は何処から吹いているのだろう。炎は何故こうも高く燃え上がるのだろう。

 狂人と化した衛兵へと飛び出すティアの髪が靡いて、小さな風が私の掌に落ちる。

 

 未だ、人々が燃えた跡から伝わってくる熱が、決して小さくはない炎を私達の瞳に灯す

「皮肉な話、ナゼナニが通用しないからこそ、こんな事も出来るなんて……」


 ティアの一太刀目を見ながら、魔法を想う。弾かれる剣撃は想定内。彼女の顔にも焦りは無い。

「私達をこんな場所に閉じ込めたのは、魔法」


 衛兵の返す刀で吹き飛ばされるティアを見ながら、魔法を想う。力量の差も想定内、痛みは堪えてもらうしか、無い。

「彼を狂人たらしめたのも……魔族の魔法の成果、か」


 衛兵に致命傷を与える隙は無い。だけれどティアが手傷を負って動けなくなるような状況でも無い。

 だから私は、魔法を想う。

「だけれど、私達がそれを乗り越える為に使うのも……魔法なんだよね」


 衛兵だって、人間には代わりない。また同じようにティアだって優秀な剣士だという事に代わりはない

 だからこそ衛兵はそう簡単にティアを倒せない。膠着状態はいずれ崩れて、ティアは膝を付くだろう。

 実力差は明確だ。だけれど速度を意識し続けたティアの剣撃は、衛兵の命ではなく、体力を削っていく。

「さ、そろそろ私の出番だ。そうだよね、ティア!」

 口ずさむ言葉の一言一句が、今この時の為の、詠唱だった。

 魔法を想う、魔法を憎む、魔法を頼る。


 どれもを一括りにして出来上がる、私の為の魔法。

 ティアが私の声に応じるようにがむしゃらに衛兵へと向かって大きく跳躍する。その剣は振りかぶらず、ティアは衛兵が構える盾に向けて思い切り蹴りを入れた。

「力量差が、分からないのか。可哀想な子だ」

 衛兵は今更になって尤もな事を言いながら、ティアを思い切り弾き飛ばす。

 壁に思い切り叩きつけられる彼女に見える傷こそ無いが、彼女の身体状況はボロボロだろう、私の中で罪悪感が膨れ上がる。

「力量差が分からないって? そんな事思ってるんだ……可哀想な人だね……ッ!」

 だけれど、その罪悪感をかき消すように笑うティアの挑発に、衛兵も、そして私も動く。


 私も、そしておそらく衛兵も、ティアの限界は見えていた。


「だから……バトンタッチ!」

 私は右手に溜め続けた炎の魔力を思い切り線上に解き放つ。

 

 ティアと衛兵はその炎壁で分断され、彼女にとどめを刺そうと動いた衛兵が踏みとどまる。


――さぁ、ここからは私の出番だ。


「曲が……れ!」

 一度放った魔法をもう一度操作する事は決して容易い事じゃあない。あの炎壁は私の手から離れた時点で、もう既に魔力によって形作られている炎の塊でしか無いのだ。

 だけれど私は渾身の力を、想いを以て、両手を高く上げて、その炎の壁を曲げるように右手を動かす。アーチのように私と衛兵の間に被せる。

 右手に感じる重圧からは、使われる魔法が叫んでいるように思えた。それでもここからは私と彼の戦場なのだ。そのステージを作る段階で粗を見せるわけにはいかない。

「本の虫かと思っていたけれど、そうか……君もそれなりに鍛錬を積んでいたのか」

 相変わらず、今更な事を言う。狂人になったように思えてその実、彼は元々人に興味が無かったのかもしれない。神にしか、興味が無かったのかもしれない。

 

 だとするならば、それが彼の最大の弱点だ。

「貴方は……村人を焼く時に救済を言いましたね」

「ああ、君のこの炎もまた、君達を救う救済の火になり得る」

 彼を感嘆させる程度に、この炎のアーチは良く出来た物らしい。

 ティアが彼の体力を削り、時間を稼いでいる間に私がこのトンネルを作る事。

 それが私達の作戦の第一段階だった、ティアを炎のトンネルの外に出すのは絶対条件。

「貴方を、ではなくてですか?」


 作戦の第二弾階は、既に始まっていた。

 掲げたままの左手に、ティアが残していった、風の想いを編み込んでいく。

 パチ、パチと燃える火の音に紛れて、ティアが動き回る音がしている。

「私を、ではないな。何故なら神の寵愛を受けた私を殺そうとなど、未だにこの美しい炎の周りで彷徨いているネズミがいるのでね」

 その音には衛兵も気付いていたのだろう。

「どうでしょう、果たして神は人を殺めた者を救うでしょうか?」

 少し早まったかと思いながらも、ティアの動く音からはなるべく気を逸らしたい。

「言うまでもない! 神のお告げなのだから……フッ!」

 私が挑発した通り、彼は少し怒りの表情を浮かべ、彼は自分の剣を後ろの炎へと突き刺す。

 もう既にティアがそこにいるわけは無い。そもそもティアが彼の剣撃が届く範囲にいる事はもう無いのだ。なのにも関わらず彼は未だに私では無く、ティアの強襲を恐れている。

「ティアの強襲が怖いですか?」

「何、まずはネズミを仕留めて、君の炎に焚べようじゃないかと思ったに過ぎないよ。あのような軽い剣では私をいくら撃った所で、些事に過ぎない」

 そう言いながらも、彼は暑さからではないような汗をかいているように見えた。それはきっと、その表情から受けた印象なのだろう。


「結局の所、神様も貴方も、炎がお好きなのですね。では私は丁度良かったという所でしょうか」

「正に! その通りだ! これほどの芸術を見せて貰えるとは、神を貴方に感謝を! 感謝を!」

 するならば私に感謝をすべきなのだろうけれど、根本的にもうまともな思考回路が残っていないのだろう。


「そのドンネル、閉じる事も出来るのですよ?」

 明らかに虚勢だ。実際にはトンネルの維持が難しくなってきた。それは、左手で同時に風流の魔法を練っているせいでもある。


 作戦の第二段階は炎のトンネルではない。彼の気を引いて、引いて、私の魔法を成就させる事だ。

「であれば、閉じる瞬間に君を斬るだけだよ。せっかく炎に恵まれたのだ。君も神を信じるべき……クソッ!! クソッ!! ネズミが鬱陶しい!」

 おそらくは、ティアがトンネルに向けて石か何かを投げているのだろう。彼は半狂乱で剣を振り回す。

「鼠、鼠と、本当に癪に触る事を言いますね……」

 私は右手で、彼の頭部に向けて炎弾を放ちながら、炎のトンネルの大きさを徐々に狭めていく。

「嗚呼! 熱い! 燃えたぎるようなこの熱さが、神の与えた試練だと言うのですか!!」

 もはや、彼の言動と行動を、完全なる狂人へと導く事が出来ていた。


 作戦の第二弾階が成功するまで、あともう少し。

「貴方に神なんて、いませんよ。いるとしてもクソッタレの、妄想でしかない」

「貴……様ッ! 愚弄、愚弄、愚弄するか! 我が神を!」

 良い、それで良い。ティアも、おそらくは最後の一手の準備をしている。

 衛兵の剣が、私の方へ向けられる。だがその直後に、衛兵の周りに大きな物音が響く。

「アアアアッッ! 誰だ! 誰が私を! 見ている!」

 彼は剣を振り回しながら、とうとうその兜を脱いで、頭をガリガリと掻きむしり始めた。


――ひ弱な私達には確実性が、無くちゃいけない。

 だからこれが、作戦の第二弾階。

 元は人間、信心深さ故に狂った狂人、そんな人間と会話をするのは、魔族とのやり取りよりもずっと容易い。私は魔法と、言葉で、戦うのだ。


 ガリガリと頭を掻きむしる狂人を哀れに思いながら、私は小さな声で詠唱を始める。


「去りゆく人々は、風に吹かれず、その生命は焼かれ、されど行くべきは真の天でありますように」

 優しかったのだ、誰もが。

「私の心に燃えるは狂気を欺く、饗宴の炎。慈悲は無く、無に帰す為に」

 幸せだったのだ、毎日が。


「詠……唱?」

 気づいても、もう遅い。


「左手に風を。右手に炎を」

 狂気の衛兵は、ただ私だけを一直線に見ていた。そうして左手を掲げ続けた事を、最後までトンネルの維持だと疑わなかった。

 

――だから、作戦の最終段階が、成立する。


「炎なんて、貴方には勿体ない」

 私は開いていた右手の掌を強く握りしめて、炎のトンネルを、解除した。

「ハッ……何かと思えば魔力切……」

「私達を、舐めるなよ」

 怒りを込めた言葉は、彼をほんの一歩留まらせるだけの炎弾を、放つのにふさわしい言葉だった。


――もう、必要なのはこれだけでいい。


 炎のトンネルは衛兵の視界を塞ぎ、私と衛兵だけの空間を作る為だけの、言わば私のステージの構成に過ぎない。

「風が強く、強く通り過ぎていく。貴方の剣は私には届かない」


 私の左手で巻き起こした風流は、ティアの身体をずっと上空に浮かしていた。それに対してティアは体重をかけながら、ずっとトンネルの奥にいる衛兵に狙いをつけていたのだ。

 そうして最後の仕上げ。

 彼女を浮かしていた風の魔法を反転して、下方向へと軌道を変える事で、私達が出来る最高の剣撃を、一度だけの剣撃を、ティアに任せる事が出来る。


 私達は、この瞬間を待っていたのだ。


「だって私が見つめるその先で、愛する剣士が舞っているのだから!」

 

 叫ぶような詠唱が、終わる。


 狂気の衛兵が頭上のティアに気付いた瞬間には、もう既に私達の言葉が重なり合っていた

「「地獄に……落ちろ!」」

 偶然にも同じ言葉を叫んでいた。やっぱり私達は、私達なのだ。

 私は左手を下げ、風魔法の上昇の圧を下降の圧へと変え、ティアが、その剣を赤く濡らして地面へと降り立つ。その姿を見て、自身の神を崇拝する狂人と化した彼はなんと表するだろうか。


 悪魔とでも、言うのだろうか。

 それでも、もう地獄へと落ちた彼の事など、知ったことではない。

 私を見て、ほっとしたように笑うティアの姿は、まるで天使のようで、私はしばらくの間、見惚れていた。

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