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第九話『遅かったね』

 水浴びをして気分はさっぱり、思い悩みはしても、それはそれとして暖かくしてぐっすり眠って、私はティアよりも早く目を覚ました。こんなにスッキリとした目覚めも、ほんの数日ぶりなのに久しぶりのことのような気がした。もしこれが一切危険が無い近隣での野宿か何かなら、最高に楽しいのかもしれない。

 だけれど、夢も見ない程の熟睡から目覚めても、見えるのは相変わらずのダンジョン。なんだか目覚めが悪い、と思うのも。ティアの寝顔を見ると少しだけ報われるような気がした。

 

 彼女に感じている気持ちの正体は分からないにしても、ただこの子だけは、私なんかが出来る事ならいくらだって、してあげたいとそう思う。

 とはいえ私が今出来る事なんて、静かに寝息を立てている彼女を起こさないようにするくらいのことで、私もまた寝起きで少し寝惚けているからこそ、ぼんやりとした感情だけが昨日から抜けずに空を浮いているのだろうと思った。

 

 私はそっと毛布から出て、出発の準備をする。

 あれだけ騒いで、洗い物までした水場。循環しないその水が物凄く綺麗だとは言い難いけれど、この際しょうがないと思いながら一旦煮沸消毒をして、水を補給して、それから具は豪華では無いけれど栄養を考えてスープを作った。ティアなら熱が入るからなんて言って、勢いでそのままスープを作るんだろうなと想像して、一人で小さく笑う。


 スープには干し肉や野菜も入れて、なるべくエネルギーを取れるように工夫した。長年ティアという家事下手と一緒に住んでいた事の賜物だ。特に彼女は身体を動かす事が多いから、食事には気を使ってきた。好き嫌いも……少なくはない。

 とはいえバランスは良かった。非力な私の代わりに肉体労働は彼女がしてくれる事が多い。そうして私自身、炊事洗濯といった雑務が好きだ。特に炊事の場合、ティアは何でも美味しいと言って食べてくれるので気持ちが良い。ちなみに苦手なモノやお気に召さない時は美味しいと言いながらちょっとだけ表情に変化があるのが分かりやすくて、少し可愛い。好物を出した時に目がキラキラしているのも、同じく可愛らしい。


 そんな事を思いながらスープを煮込んでいると匂いにつられてティアが目を覚ました。

 とりあえず水場があるので顔を洗わせる。あろうことか、というより彼女としてはそういう用途で持ってきたのだろう、彼女は毛布でゴシゴシと顔を拭いて、その部分は切り取っていた。

 明らかに荷物になる大きな毛布を持っていくというのは、私には無い発想だったから、本当に彼女は直感とそのセンスで3生きているのだと思う。とはいえ何も言わずに毛布で顔を拭いて、何の躊躇も無くその部分を切り取って雑布にするのは彼女らしいけれど。


 そうして出来上がった、栄養をつける為の朝ご飯。戦う為の英気というか、胆力をつける為の食事。

 ご自慢のスープは、たとえお味が多少悪いとしても食べて精をつけてもらわなければいけない。だけれどその心配はなかったみたいだ。

「おいしーね! しっかしククはさぁ、よーっくこれしか物がないのにおいしーご飯作れるよねぇ……」

 私が見る限り本当に美味しい表情をしていて、少し驚いた。彼女の苦手な野菜も少し入れていたのだけれど、それも気にならなかったみたいだ。限界状況の凄さを少しだけ垣間見た気がした。

「栄養が……苦手に勝った……」

「ふぇー、なに? どういう事ー?」

 気づいていないので何もなかった事にした。苦手なお野菜食べられて偉いねティア。


 ただ、そういう和やかな空気を感じられるのも、出発するまでの話。

 此処からはまた暗く、階段を探す時間が続いた。決してそれも苦ではない。はっきり言って慣れてしまったし、上に何かしらがあると分かった以上は、止まる理由など一つも無い。

 村の状況と、魔物の強さだけが心にひっかかっている。あと、強いて言えば魔族が最後に言及した人間同士の争いという事の真相。

 私達はまだ、魔物を倒して階段を上り続けているだけに過ぎない。

 魔族と出会ってしまったというイレギュラーはあったとしても、それはあくまで特殊な例だ。本当の試練はまだこの先にある。


 そんな事を考えながら階段を上っていると、ふとティアが剣に手をかけた。

「クク、ちょっとランタンの灯り上げられる? なんだか空気が、変わった」

 言われるがままランタンの灯りを強くする。残量は残り2割程度。

 ただ、そんな事よりも、見える風景に知らない魔物がいる事が、問題であり、一つの到達だった。

「中層、だね」

「んだねぇ……とりあえず、眼の前の、斬ってくる!」

 そう言ってティアは駆け出した。この数日で夜目もだいぶ効くようになってきたとはいえ、少し感情が高ぶっているみたいで心配だ。

 魔物は、文献で見た限りでは幽鎧(ユウガイ)という空洞の鎧が剣を振るう魔物だった。はっきり言って、私達の村の周りに生息しているような魔物ではない。だけれど、ティアの直感は正しかった。私が戦うよりもむしろ剣撃で対応出来るティアの方が適していると言わざるを得ない。

「確かにねー、一撃ってわけにはいかなくなってるにゃー」

「急に飛び出しすぎだよ、落ち着いて……」

 私は妙なテンションになっているティアを諌めながら、光輪を展開を提案する。


「一旦ね、どんな魔物がいるのか確認しておいた方がいいと思うの。さっきの、初めて戦ったでしょ?」

「んー、何回か遠出した時に戦った事あるよ? 幽鎧(ユウガイ)だよね? でも久しぶりに見たな。最後に見たのは、だいぶ村から離れた場所だったよ」

 ティアが知っていたのは意外だった。まだ私達の間に知らない事がったというのも。

「知ってたんだ。意外……私は初めて見たよ」

「ん、ククって幽霊とか嫌いじゃんか。だから嫌かなーって」 

 それもそうだけれど、魔物と幽霊はなんというか、別のような気がする。その心遣いはありがたいけれども。

 そうして、ティアと相談して光輪を展開する事にした私は、詠唱をこなしてフロア全体を照らすのに充分な光輪をお互いの元に作った。

「とりあえず、なんか妙に広さが増したよね」

「そーだねぇ、一回り? 最下層から比べたらだいぶ……だから上に行けば行く程階層が少ないって行ったのかにゃー。天井ももうこれ、低くても最下層のニ倍近くはあるよね。私はやりやすくていいけれどさ」

 ティアの言う通りで、天井をよくよく見てみると、通路は私とティアが二人で武器を振り回しても少し窮屈かもしれないくらいに広がっていた。最初の広さから考えるとティアが一人で戦うのが限界だったのに。

天井も、最下層が身長150cmにギリギリなれない悔しい私二人分くらいだなと思ったから、それの約ニ倍程度だろうか。悔しいが、私四人分くらいになっていた。

 これで低層の高さも覚えておけば良かったと思ったけれど、この感じだととりあえず上層になればかなりの高さになるのだろう。逆に言えばかなりの広さになるという事でもある。

 そうして、光輪で照らしていた事が功を奏した。やはり魔物の分布が変わっている。ティアは嫌そうな顔をして私を見た。

「あー、私アイツ苦手かもぉ……」

「ツタモドキ……まーた分かりやすい。こんなダンジョンにツタが生い茂ってるかってーの!」

 ツタモドキは私が火属性の力を高めるに当たって、非常に協力してくれた魔物のうちの一匹だ。植物に扮して、そのツタで人を絡め取り締め上げるこの魔物を、火属性の魔法で一撃で倒せてやっと、火属性魔法使いとしては一人前だと言われる。

炎刃(お久しぶりです、師匠)

 私は最低限の炎魔法でそれらを簡単に燃やし尽くした。だけれど逆に近接職の人にとっては厄介で、足をとられたり武器をとられたりで、面倒な相手だと良く言われる。炎には弱いけれど、ツタとしてはしっかりと強い繊維を持っているのだ。森の探索する時に魔法使いが駆り出される理由の一つとしても、有名な魔物だ。

「だいじょーぶ。あいつらは今までにいーっぱい、いーーっぱい倒してきたから、任せて」

「師匠って何……?」

 ティアの呆れた声と共に、ツタモドキが燃え尽きる。

「まぁ、これまでお世話になったからね……要は詠唱って、気持ちだから」

「そういうもんなんかなぁ、私は魔法使えないからわからんけどもー」

 私が簡単にツタモドキを一掃したのが少し悔しいのか、彼女は少し口を尖らせている。

「でもね、魔力って誰にでも備わってるんだよ。魔力の量については生まれつきもあるし、鍛錬もあるけれど、ティアだって魔法を使わないだけで、魔力自体は宿ってるんだからね」

 これは紛れもない事実だ。だからこそ魔法剣士なんていう器用な事をする人もいるし、実際あの魔族も剣こそ抜かなかったけれど、身のこなしからして体術も、そして魔法もかなりの使い手の感じがあった。

「んー、それは一応知ってるんだよー。でもやっぱり魔法は苦手だー。私はむつかしい事を考えとうないのじゃー……」

 魔法の話はあまりしたことが無かったのに、そんな事を彼女が知っているのは意外だった。こういう時じゃないと分からないお互いの事が、意外と出てくるものだ。

 私がこっそり計測した限り、彼女の魔力量はそこそこに多い方だ。これは生まれ持ってのものなのだろうと思う。もし魔法の道を目指したら、意外と上手く行くのかもと考えかけて、今のティアを見て考える事を辞めた。

「まぁ合う合わないはあるよ。私だって剣術は駄目だし、まぁ杖を使った棒術くらいはほんのちょっと頑張ったけれど」

「意外と筋良いんだよねーククの棒術って。杖壊したくないからってあんまり使わないけどさ、ダイエットする時は頑張ってみようよー。かっこいいよー? 棒術と魔法の合わせ技」

 ダイエットは別として、地上に出て平和になったらそういうのも悪くないかな、と思った。


「それにしても、今まで見てきた感じ。中層はあのニ体の魔物が中心なのかな……もっといると思って……、いた!」

「あーうあうあうあうあー! あいつ転がってくるけど!!」

 最後は魔岩マガンと来たか、いよいよコンビネーションが必要になってくる。私も知識でしか分からない。ティアも今度は見たのが初めてだったようで、勢いよくこちらに突進してくるニメートル強の岩に驚いている。だけれど対処法自体は、そこまで難しいものでもない。

「荒ぶ嵐は取り込んだ。掌の中で渦巻いた。爽風は背を押す為に、お前は止める為にある……嵐風……壁(らんふう……へき)!」

 焦っているティアの眼の前で、魔岩は私の風魔法で動きが止まる。

「こいつは突進しか脳が無いから、私が止めてる間にどっかにあるコアを狙って!」

「ん! 助かるよー! って! 無いよ! どんなヤツ?!」

「赤いからすぐ分かるはず! 無いって事……は! ど……っせい!!」

 私は風魔法の応用で魔岩を浮かばせる、少々重いけれど、きっとコアが下面に来てしまっているのだろう。

「ティア! 下に無い?!」

「んー……あっった!!」

 ティアのその声と同時に、手から重さが消える。流石に岩を持ち上げるというのは中々に疲れる。魔力というより、今のはもはや力技だった。

「ってな感じで、こいつは突進してくるのを止めるより、突進を避けてコアを突くと早いかもしれない」

「ん、見えてるなら突進の最中でもいいよなー?」

「失敗したら下敷きだから出来ればやめてほしいかな……」


 そんな事を言いながら、私達は魔物の視察を終え、次階層への階段を上がる。

 最下層が大体三十階くらいあっただろうかそうして下層は十五階くらいあったはず。その計算から行くと、おそらく中層は十層程度だろうか、上層は五くらいが希望する値ではある。実際、広さと魔物の強さは増していても、階層を切り替えるまでの距離は減っている。それでもこの魔物の感じから行くと、上層はやはり二人だと厳しい感覚があるのも確かだった。

 現に、もう既に私一人、ティア一人では対応しきれない魔物が存在している。幽鎧(ユウガイ)を私の得意魔法でどうにかするのは難しいし、ツタモドキをティアが駆除しきるのも難しいだろう。それに合わせて魔岩(マガン)が転がってきたら目も当てられない。

 それに、知識が追いつく限りなら対処法もわかるにせよ、知らない魔物相手にどうするかと言われると、今からでも緊張が走る。


――ただ、それを考える前に、きっと村に付く。

 足が重い、けれど、一歩ずつ進み、一段ずつ上る。

 定期的に休みはすれど、私達は一気に中層を駆け上がる。想像通りに、階層自体は少なかった。というよりも、村が中層の最上部に位置しているという事もなく、早々にその時は来てしまった。

「あぁ……、もう、なんだね」

「んー、やっぱ分かるよにゃー。この上でとりあえず誰かが死んでる。血のにおいが、凄い」

 階段に足をかけずとも分かる、血のにおい。

 だけれど、必ず向き合わなければいけない、道。

「じゃあ行こーか。何があったとしても、ククの事は守るよ」

「格好良い事言い出さないでよ、それはお互い様、でしょ?」

 お互いに頷いて、階段を一歩ずつ上っていく。


 上階についたと同時に、ランタンがジジという音と立てて、消えた。

 だけれど、むせ返るような血のにおいと共に、このフロア全体を炎が走っていた。

 

 見えるのは見覚えのある家々と、見覚えのない血に濡れた壁。このフロアは、それが三軒あるだけの大広間だった。

 思えば私達がいた最下層が狭かったのも、家があるという条件によって生み出されたモノだったのかもしれない。それが中層になり広くなって、家三軒分と考えるとこのくらいの広さになるのだろう。だけれど、今はそんなことを考えている場合じゃ、無い。


 もう既に、ティアは大剣を抜いていた。私もまた、杖を構える。

 そこら中に倒れて、息絶えているであろう、数人の見知った村人。焼けただれた顔から、目を背けた。


「やっぱりもう……遅かったね」

 ティアが、震えた声で呟いた。

「間に合うだなんて、最初から思ってなかったよ」

 私は、悔しさを胸に秘めながら、冷静さを取り繕って、言葉を紡ぐ。だけれどその視線から、殺気を隠す事は出来なかった。

 その視線の先には、人々に火を着けている最中だったであろう赤く血に塗れた甲冑の男がいる。私達と目があったソレは、何気ない風に手を振った。

 

 それは、どういう意味があったのだろう。それに、どんな意味があったのだろう。

 それが、どういう意味を持つのだろう。そうして、どんな面をして、私達に言葉を吐くのだろう。


 ずっと、神を信じながら、村を守り続けてくれた彼が、ぼんやりとした目で、こちらを見ていた。

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