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プロローグ『空が見えない』

 窓からいつもの景色が見えない。


 その衝撃が終わった後、最初に思った事はたったそれだけの事だった。その状況がどういう事すら理解しないままに、呆然とそんな事を考えてしまうくらいの地面の揺れ……のようなもの。地震とはまた違う、経験した事が無い感覚は、自分自身の身体をも震わせる程のものだった。


「ね、ねぇ……ティア。さっきのお菓子に変な物って入ってないよね? なんだか、揺れていた……? よね?」

 そんなフザけた事でも言わなければ、そうとでも思わなければ信じられないような出来事だったのだ。事実地震というよりも地面が暴れているような感覚はスンと止んだ。まるで何事も無かったように、むしろ何事も無い事にしているように静寂が私達の家を覆っている気がした。


「あー……うん、今日は入れてない。入れてないさー。せっかくのお茶会が、こりゃあ大変な事になっちゃったねぇ……ちなみに、揺れていたよ。ちゃんと今も頭がぐらーってしてる。でも家の中はへーきだね。おかしな事もあったもんだぁ……」

 "今日は"という言葉は一旦忘れるとして、どうやらこれは私達にとっての紛れもない事実みたいだった。ティアが妙に落ち着いているのは、なんというか彼女の性格だから分かる。危機感の欠如は彼女の良い所でもあり、危なげな所でもある。


――そうして、心強い所でもある。


「ククも、何にもやってないよねぇ? 新しい魔法でサプラーイズって言うんなら、まだ笑ってあげちゃえるんだけどなー……」

 ティアが、私に意趣返しをするように小さく笑ってから、溜息混じりに、周囲を見回す。


 とりあえず、外からの光は無い。部屋の灯りで見える窓の外は、岩盤で覆われていた。

 扉は開くようで安心したけれど、外に出ようとは思えなかった。少しだけ外を見回すと、自分達が住んでいた家の庭の名残が見えた。何かに引き裂かれたような看板。慎ましくも愛する我が家の郵便受けは無惨にも壊れて、倒れている。

 それ以上に、我が家が正に入口かと言わんばかりに、我が家を取り囲むように岩盤が敷き詰められていた。

「あー……これは緊急事態、だねぇー……」

「いやいやいやいや、だねぇー……・って言ってる場合じゃないでしょ?! こんなの、地上で何かあったとしか……!! いや、私達だけこうなった……? でもそれにしてはなんだか洞窟の距離感がおかしい……」

 私が家の中から漏れる灯りで見える周囲の情報をまとめていると、横からティアに「ねぇー、クク?」と口を挟まれる。それでも思案に夢中になっていた私は、隣にいた彼女が私の前に出て、倒れていた郵便受けを拾い上げるガランという音でやっと、我を取り戻した。


「とりあえずさー? 私達の獲物、持ってこなきゃ……だよっ!」

 ティアは、そう言いながら、私お手製の木製郵便受けの根本を持って思い切り横にスイングした。

「キィ」と小さな音を立てて、一瞬だけ見覚えのある翼獣がこちら飛び込んで来たのが見える。


 バキッ、という音は果たして、翼獣の骨が砕けた音か。

 それとも、私が不慣れながらも一ヶ月かかって作った郵便受けの心の声か。

「とりあえず入ろう、此処は魔物がいるって事と、多分地面の下って事は分かったでしょー? 考えるのは、家の中でも出来るからねー」

 彼女は私の作った郵便受けの下部にある地面に刺す為の鋭利な部分で翼獣にトドメを刺して小さく「ごめんね?」と囁いた。そうして翼獣の羽で郵便受けについた血液を拭き、そっと家に立て掛ける。

「ん……いいよ。こんな状況だし、もう殆ど壊れてたし。それより守ってくれてありがと、ティアはこんな時でも落ち着いてるね」

「んーにゃ、落ち着いちゃあいないさ。一人だったら大暴れしてたかもねー。でもほら、一緒だからさ、きっとだいじょーぶ」

 時折、彼女はこんなくすぐったい事を言う。

 その度に私は答えに迷って何も言えなくなり、少し無理をしてはにかむ事しか出来ない。

 

 たった今、私を守ってくれた親友『ティア・アルフェ』という剣士は、普段ぼんやりしているように見えて、私よりずっとしっかり物事を考えている。その剣の腕も、鍛錬を長く積んだ大人顔負けだった。それもそのはずだ。彼女は並の大人の比では無いくらいに鍛錬をしているのを私は知っているから。


 夜中にひたすら剣を振って、次の日には呆けた顔をしてニヘラと笑う彼女が、どうにも私には憧れで、眩しかった。


 一方私は本の虫、魔法使いを目指していた。体力バカと頭脳バカと言った所だろうか。

 性格もやっている事も全く違う二人、同じ事は子どもの頃に親を失ったという事と、性別だけ。

「ん? ククぅ、どうしたぁ? とりあえず家、入ろーよ」

 ティアの言葉で、また私はハッとする。劣等感と憧れは紙一重、私は多少の魔法は使えても、出来る事は無駄に思い悩み、考える事だけ。


 それでも、私達は親友だ。それは間違いない。私が彼女を、彼女が私を選んで、一緒にいる。

 私はその事実だけを飲み込んで、ティアの言われるままに、未だに訳が分からない状況を頭の片隅で整理しながら、岩盤に埋もれて良く砕けないなと思いつつ、唯一変わらない温かな我が家の中へと入った。

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