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6  とんでもない魔道具を生み出してしまった

 ローズコット辺境伯領は南北に長く、国内で唯一海に面している領である。

 私は生まれてこの方、海を目にしたことがなかった。実際に目にしてみて、独特な匂いや大きさに驚いたし感動した。せっかくなら、海の見える家に住んでみたいと思い、物件を探してみたのだが、海の近くは繁栄しているので家賃が高く、平民の女性が住めるような値段ではなかった。私には手持ちがあるので、出せないことはないが、そんな所に一人で暮らしていたら強盗に狙われる可能性があるので、できればトラブルは避けたい。


 一人暮らしの女性でも安全と書かれた物件の張り紙に手を触れながら呟く。


「近くに海も見えて景色も綺麗。近くには商店街や病院、捜査権のある騎士団が待機している建物もあるから治安も良い。それはお値段が高くなっても仕方がないか」


 大きなため息を吐いたあと、住み込みで働ける場所はないか、仕事の斡旋所に行くことにした。

 お金の減らない袋などを魔道具として作ればいいんだけど、お金って、働いて手に入れるものだと思っているのよね。ギャンブルも嗜む程度なら悪くはないと思うけど、私がそのお金で暮らしていくのは嫌なのだ。それなら、飲食物もお金で買わなければ意味がないのではとツッコミが入りそうだが、それはそれだ。


 手持ちのお金はまだまだあるが、いつかは自分で魔道具を売りたいと思ったから、副業も可能な職場を探してみた。すると、酒場のウエイトレスを勧められた。就業規則は、服装は露出の多い服以外なら何でもかまわない。夜のまかない付きで、勤務は7日間のうちの5日間。夕方から閉店の24時までの8時間。補足として女性限定で酒場の二階に住むことも可能と書かれていた。


 接客業の勤務経験はないことを伝えると、経験不問でアットホームな店だから安心していいと言われた。

 

 アットホームな職場って謳っている会社は怪しいと聞いたことがあるんだけど、今回はお店だから違うのかな。


「とにかく面接だけ受けてみてはいかがですか? 即面接可能とのことですから、今から行っても大丈夫ですよ」


 職員の人に背中を押された私は、酒場『ケッタイ』に面接をしてもらうことに決めた。

 一度宿屋に戻り、連泊することを伝えると、連泊中の朝食代は無料サービスにすると言ってくれた。

 停まっている宿の料金は相場よりも少しお高めだけど、セキュリティもしっかりしているだけでなく、サービスも良い。店員さんの接客対応も素晴らしくて、ここに来てやっと自分が人なのだと実感してきた。


 父やシャゼットたちにはメンタルを強くしてもらえた。そして、弟のおかげで人の心を捨てずに済んだ。婚約者には……、そうね。

 外見だけで判断する人は、あとで悔やむことになる可能性があるということを教えてもらえたと思う。


 外見も生理的に無理な場合は別だが、やっぱり中身が大事!


 『ケッタイ』の人が良い人であることを祈りながら、斡旋所の人からもらった地図を片手にお店に向かった。

 たどり着いた時には開店時間になっていて、もう日が暮れかけていた。繁華街なので夜になっても遅い時間でなければ、治安が悪いわけではないが、面接が終わったらすぐに宿に戻ろうと決めた。


 『ケッタイ』は未亡人の中年の女性が経営していて、私と同じ年頃の娘がいるということや、私に家族がいないと聞くと、即採用を決めてくれた。


「酒場の上が住居になってるんだ。部屋があまっているから、明日からこっちに越しておいで」

「ありがとうございます!」


 真面目に一生懸命生きていれば、神様も見ていてくれるんだわ!


 その日は夕食を御馳走になったあと、常連客だという辻馬車の御者の人に無料で宿まで送り届けてもらえたのだった。


 次の日から、私はウエイトレスとして『ケッタイ』で働くことになった。支給されたエプロンドレスに着替え、長い髪をポニーテールにすると元令嬢には見えない。『リリ―』という愛称で店の一員になった私は、職場環境に恵まれたことや仕事自体も難しくなかったため、すぐに馴染むことができた。


 『ケッタイ』にやって来る客層は酒場なだけに子供はいないが、若い人から老人まで幅広い年齢層で、職業も色々だった。その中に、魔道具を販売しているという人もいて、その人に店を持つにはどうしたら良いのかアドバイスをしてもらえることになった。


 男恰幅の良い中年の紳士であるロンドさんは、女将さんが信用できる人だと断言しているので、安心して話をすることができた。


「そういえば、リリ―は王都で有名な魔道具店を知っているかい?」

「あぁ、はい。知ってます。『タクリッボ』っていう店ですよね」


 何度もその店の店長に魔道具を売りつけてましたから……なんてことは言えない。

 店名は彼の名字だから、あまり悪く言いたくはないが、文字を入れ替えると『ボッタクリ』になる。そのことを教えてくれたのは女将さんで、興味のなかった私は言われて初めて気がついた。

 

「そうそう。その名の通りボッタクリの店かと思っていたんだが、実際、今まではそうでもなかったんだよ」

「今まではというのは?」

「彼の店で売られている魔道具は珍しいものばかりなだけでなく、とても良い品質のものばかりだったんだ。だから、値段が高くて当たり前だったんだ。凄腕の魔道具師が作っていたんだろうね」

「えへへ、それほどでもぉ」


 照れながら言うと、ロンドさんは目を瞬かせる。


「リリ―を褒めたわけではないんだけどなあ」

「ああ……、あはは。そうですよね。ごめんなさい」


 魔道具を作ることができる人を魔道具師と言うのね。資格は必要なく、魔道具を作れる人のことをそう呼ぶらしいので、私も名乗っていいのかもしれない。


 いつ、みんなに魔道具を作れることを話そうかな。やっぱり内緒にしておいたほうが良いのかしら。


「謝らなくていいよ。君は本当に明るいね。ここでの接客の仕事は君に合っていると思う。だから、魔道具を無理に売らなくてもいいんじゃないかな。大体、魔道具を手に入れることが難しくなっているから、商売にならないと思うよ」

「どういうことですか?」

「実は多くの魔道具店はタクリッボから魔道具を仕入れていたんだ。でも、タクリッボに魔道具を売っていた魔道具師がいなくなったみたいで売るものがなくなってしまったんだよ。あと、客が店に入ってもすぐに帰るようになってしまったらしい」

「そうなんですね」


 店の入り口に置いてあった大きな猫の置物に、金運が悪くなる魔法を付与したからそうなるわね。


「ということは、タクリッボの経営は危ないんでしょうか」

「そうらしいよ。店に入ると『帰れ~、帰れ~』って頭の中で声が響くんだそうだ。それも魔道具の効果かもしれないし、気になるから見に行こうと思ってる」

「どの魔道具かは、店長も気づいていないんですか?」

「探して捨てようと思っているみたいなんだが、探し出そうとすると頭の中で『わしを捨てようなんていい度胸やなワレ』というどこかの方言かわからないけれど、そんな言葉が頭に浮かんだだけでなく殺気を感じるらしくて、何が原因かを探すこともできないそうだ」


 たぶんだが『あなた、私を捨てようと思ってますよね。そんなことをしていいと思っているんですか』と言いたいのだと思う。


 ……とんでもない魔道具を生み出してしまった。


 感情を持つ魔道具なんて初めてだわ。

  

 まあ、誰かに買われるわけではないし、被害を被るのは店長だけだから良いよね。もう少し詳しく話を聞きたいところだったが、女将さんから許可を得ているとはいえ、私は仕事中だ。店の中が騒がしくなってきたこともあり、話の続きは違う日に改めてすることにして、私は仕事に戻ったのだった。

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