4 承知いたしました!
夜の遅い時間に家に帰り着き、出ていくために必要なものを鞄の中に詰め込んでいると、まだ起きていたのか、父が部屋にやって来た。
「婚約破棄されたそうだな! この出来損ないが!」
怒鳴りながら無許可で部屋に入ってくると、私に茶色のトランクケースを投げつけてきた。
受け止めることはできたけれど、さすがに手が痛い。怪我をしていないか確認していると「ふふっ」という笑い声が聞こえた。
笑い声が聞こえてきた方向に目を向けると、仁王立ちしている父の後ろに、笑みを隠せていない妹がいた。
本当に憎たらしい顔をしてるわね。悪いことを考えたら、くしゃみが止まらなくなる魔法とか、かけられるならかけてあげたい。
「おい、聞いているのか!」
私が何も言わないので、父は怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。
最初から喧嘩腰で来られたら、話す気もなくなるわ。かといって無視するわけにもいかない。
「私に落ち度はあるのでしょうか」
「あるだろう! 婚約者を公爵令嬢に奪われたんだからな!」
「レレール様に求婚していたのは、他の令息たちもですけど」
「言い訳はいい! 婚約の話がなくなったら出て行けと言っておいたはずだ! そのトランクケースに詰められるだけ詰めて、明日の昼までにはここを出ていけ!」
何も持たずに出ろと言われるかと思っていた。お父様って、思ったよりも優しかったのね。
「わかりました!」
元気よく返事をすると、父たちは拍子抜けした顔をしたが、それ以上は何も言わずに部屋から出ていった。
動きやすい服に着替え、投げつけられたトランクケースに詰め替えていく。
詰められるだけ詰めて出て行けと言っていたから、父の執務室にある金庫の中でも漁りたい気分だが、それはさすがに許されないわよね。
あと、あの部屋にも行かなくちゃ。
ある程度詰め終えると、自分の部屋から違う部屋に移動した。
部屋の掃除はされているが、亡くなったあともそのままにされている母の部屋に行き、荷物にならない程度に形見分けとしてもらっていくことにした。
高価なものはいらない。母との思い出があるものだけでいい。
ベッド脇に置かれていた家族写真。私は母と自分だけ切り抜くと、それを持って部屋を出た。
部屋に戻ってバルコニーに出る。ひんやりとした風が頬をくすぐり、木々も優しく揺れる。
満天の星空を見上げていると、不安よりも、これからの私はどうなっていくのだろうとワクワクしてきた。
家から追い出されるというのに、どうして私が余裕なのかって?
それはそうでしょう。
だって私は物に魔法の力を付与できる、付与魔法の使い手だからだ。こうしたいと頭の中でイメージしながら、物に魔力を流しこむだけでいい。
無限にお茶が出てくるティーポットを作ったこともあるし、食べ物だって似たようなことができる。
クッキーやパン、干し肉や果物を厨房から取ってきて袋に詰め、私の願いを頭の中で思い浮かべる。
『食べてもなくならなくて、いつも新鮮な食べ物が出てくる袋』とイメージして、イチゴを一つ摘んで食べてみる。すると、袋の中にイチゴが補充された。
付与魔法は母に見守ってもらいながら、何度も練習したから、使い方のコツはしっかり掴んでいる。
父は私が魔法を使えることを知らないから、余計に冷たいんでしょうけど、手のひら返しをされるのが嫌で言わなかった。
追い出されたあとに新しい地で有名になって、妹や父からの仕打ちを新聞で話してみるのもいいかも!
それくらいなら、仕返ししてもいいわよね?
と思ったけど、それはそれで面倒かしら。
「鉢合わせするのは絶対に嫌だし、フェルスコット伯爵領から少しでも遠くの場所に行きたいわね」
生きていくには魔道具が必要だ。一人で生きていくとなると、魔法が使えることをいつまでも隠し通すことはできない。
私の本当の能力を知った父に、家に連れ戻そうとされては困る。父は北の辺境伯である、ジェイクのお父様と仲が良くないことで有名だ。北の地なら、南の地にあるフェルスコット領からかなり離れているし、ちょうどいいわよね。
明日……というか、今はもう日が変わったから、今日にジェイクが来てくれると言っていたし、昼までに来てくれたら一緒に連れて行ってもらおう。
私とジェイクが一緒に旅をすると知ったら、シャゼットも悔しがるでしょうね!
「さあ、気合いを入れるわよ!」
私は叫ぶと、空に誓うように拳を高く突き上げた。
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次の日、ジェイクは昼までには現れなかった。
もしかしたら、エイフィック様に邪魔されているのかも。ここを出ていけば、私は平民になるから、ジェイクにはもう会えなくなる。
ちゃんとお礼を言っておきたかったな。
「お姉様ぁ。行かないでぇ」
泣きじゃくって別れを惜しんでくれた弟にハグをして伝言を頼む。
「元気でね。それから、ジェイクが来たら、ありがとうと言っていたと伝えてくれる?」
「うっうっ! ジェイク様はっ、夕方くらいに来るって、連絡がっ! だからっ、自分で伝えてくださいよぅっ!」
「……そうなのね」
私がため息を吐くと、父は私と弟を引き離す。
「早く行け! 二度と顔を見せるな!」
「承知いたしました!」
元気よく返事をした私は、改めて弟に別れを告げ、予約していた馬車に乗り込んだ。