32 どっちが輝いているのかわからない
約束の時間より少し前に、私たちは待ち合わせ場所に向かった。レレール様はまだ来ていなかったので噴水近くにあるベンチに座って待っていると、金色のドレスに身を包んだレレール様が現れた。婚約破棄祭りの時に見た時よりも派手に見えるのは、あの時の彼女は悲劇のヒロインを演じていたからだろう。
大勢の従者を連れてきており、その中にはエイフィック様の奥様であるココナ様もいた。エイフィック様の姿が見えないのは、元々、この領に入ることは禁止されているのもあるが、入ろうとした際、私の悪口ばかり言っていたらしく、ジュネコに『おい、そこのお前、こっち来いや』ヒメネコに『性格が悪いのは無視できても、悪口を言う人間は許せませんわ!』と呼び出され、検問所の建物の裏でボコボコにされたらしい。
そのため、彼は現在、隣の領の病院に入院している。
今までなら追い払うだけだったジュネコたちが、エイフィック様をボコボコにしたということで、彼はよっぽど悪いことをしたのだろうと検問所の職員たちに噂されているそうだが、なんてことはない。私の悪口を言っていただけだ。
人には合う合わないというものがあるので、悪口を言われても自分と合わない人なのだなと思うだけで私は大して気にしない。大して知り合いでもないエイフィック様に悪口を言われても、心に響いてこないもの。
だけど、ジュネコたちは私を悪く言われたことが許せないようだった。暴力で解決するのは良くないが、エイフィック様はココナ様に暴力をふるっていたから、自分も同じ目に遭って少しは反省しているといいのだけど。
レレール様と挨拶を交わしたあと、安全面に考慮して関係者以外は少し離れた場所しか通れないようにしてもらうと、レレール様が口を開く。
「あなた、どこかで見たようなことのあるお顔ですわね」
「よくある顔立ちですので、使用人の中に似ている人がいるのではないでしょうか」
「ああ、そうかもしれないわ。いえ、ちょっと待って! あなた、わたくしの晴れ舞台を邪魔した女性に似ているように思えるのだけれど?」
あの婚約破棄祭りは、レレール様にとっては晴れ舞台だったらしい。
この人の感覚はまったくわからない。
「そのことについてはまた別の機会でお話しさせていただきます。今はレレール様を輝かせるための魔道具をお渡しいたしますね」
「まあ、ありがとう」
レレール様は微笑んで私の手から金色の扇を受け取った。彼女は満足げに扇を撫でながら言う。
「私の今日のドレスと合っているわね。ところで、この魔道具はどのようにして私を輝かせてくれるのかしら」
「レレール様が今の自分は輝いていないから輝きたいと思った時に輝くようになっています」
「なら今がそうですわ」
レレール様が整った眉をひそめた時、一瞬だけまばゆい光が走った。
「何だ!?」
ジェイクにもどんな効果が出るのか伝えていないので、焦った顔で私を見つめてきた。
「今のはレレール様の輝きよ」
「輝き?」
そう言って、ジェイクはレレール様を見たあと、私の耳元に口を寄せて言う。
「輝いているようには見えないんだが」
「すぐにわかるわ」
「ちょっとあなた! まったく輝かないじゃないの!」
レレール様が怒って口を開いた瞬間、口の中から光線が出てきた。
「な、何なの!?」
レレール様が困惑して口を開いたり閉じたりするたびに、光線が出たり消えたりする。輝きすぎてかなり広範囲にまで及ぶようになってしまった。レレール様が私に文句を言うために口を開けると、私の顔がスポットライトに当てられたみたいになってしまう。これでは、どっちが輝いているのかわからない。それになんといっても眩しい!
「あなた、一体、私に何をしたのよ!?」
私は目を瞑った状態で答える。
「レレール様の容姿はすでに整っていて、とてもお綺麗です。ですから、普段輝けない部分を輝かせることで、よりレレール様を輝かせることにいたしました」
「意味がわからなくってよ!?」
「えーと、鏡で確認されますか?」
そう言ってゆっくりと目を開け、彼女が口を閉じていることを確認した私がレレール様の顔を鏡に映すと、彼女は自分の顔を見てにこりと微笑んだ。
「やっぱり……きゃあっ!」
口を開いた瞬間、光線が鏡に当たり、レレール様は目を瞑ってしゃがみ込んだ。持っている扇を投げ捨てれば良いだけなんだけど、輝きに対する執着が強いのか、扇は手に握られたままだ。
「レレール様に一体何をしたんですか!」
食ってかかってきたココナ様に躊躇うことなく答える。
「歯をめいっぱい輝かせてみました」
「はあ?」
「はい。歯です」
「はあ?」と聞き返してきたのか「歯ぁ?」と聞き返してきたのかはわからないが、私は笑顔で頷いた。




