1 最悪だ
広いダンスホールの高い天井には、いくつものきらびやかなシャンデリア。
その下には白いテーブルクロスが敷かれた長机が複数あり、その上には肉料理やサラダなどさまざまな料理が載せられている。
シルバーブロンドのストレートの髪をシニヨンにし、瞳の色と同じ、レモンイエローのドレスに身を包んだ私、リリーノ・フェルスコットは周囲からの視線など気にすることなく、普段は食べることのできないステーキに舌鼓を打っていた。
今日のパーティーは私が住んでいるミゼシュ王国の第二王子の誕生日を祝うものだ。軽食だけでなくデザートも豊富に用意され、私にとっては幸せしかないスペースだ。
多くの貴族が談笑している中、誰と話すでもなく、たった一人でひたすらお肉を食べている令嬢がいたら目立ってしまうのも仕方がない。
自分で言うのも悲しくなるが、私は家族に嫌われている。
私が2歳の頃に父が亡くなり、その1年後に母はフェルスコット伯爵と再婚した。
伯爵は私をとても可愛がってくれていたが、母との間に自分との子供ができてからは変わった。
私のことを蔑ろにするようになり、妹や弟のことばかり可愛がるようになったのだ。
メイドたちもそのことに気がつき、妹たちを優先し、私の世話を拒むようになった。
母の前では私に優しくするが、それ以外の場所では、こちらから話しかけても無視するようになった。
それでも生きていくことはできた。状況が大きく変わり始めたのは、母が病にかかって、寝たきりになってしまった3年前からだ。
母と食事をすることが別になったその時から、私の食事は質素になり、肉料理などは口にできなくなった。母は私が痩せてきたことに気づいて心配してくれたが、そのことを話せば陰での嫌がらせがエスカレートするだけだし、心配事を増やしたくなくて言わなかった。
そんな母は1年前に亡くなった。
母は手紙を残しており、父には私のことも自分の子供だと思って愛してほしいと書いてくれていた。
でも、それは逆効果だった。
父は最後まで母が私のことを気にしていたことに嫉妬し、私を憎んだ。
『どうして、妻が死んで、お前のような生きている価値がない人間が生きているんだ!?』
父はそう言って、私の頬を何度も叩いた。
『お前が彼女を殺したんだ! 顔も見たくないし、今すぐにでもこの屋敷から放り出してやりたい』
父は逃げようとする私の上に馬乗りになり、頬を叩きながら叫び続けた。
『だが、お前には婚約者がいるから、放り出すわけにもいかない。私も鬼じゃないから、結婚するまでは待ってやる。もし、婚約の解消などされたら、わかっているだろうな?』
そう言った父の表情は私に対する憎悪に満ち溢れていた。
愛していた妻が最後まで自分のことではなく、娘のことを考えていたことに腹が立つのは仕方がないことなのだろうか。
いや、暴力をふるうのはおかしいのではないか。
父は自分の私に対する態度がそういう結果を招いたのだとは思っていない。
私を愛せとは言わない。けれど、愛しているふりをしてくれていれば、母は私をそこまで気にすることはなかったし、父のことをもっと考えていたと思う。
……という理由で、私はパーティーに出席している時にしか美味しいものは食べられない。下品にならない程度に、食べられる時に食べておかなくちゃ。
今日のパーティーは私一人で出席しているわけではない。私の婚約者である伯爵令息は、友人たちと一緒に離れた場所で談笑している。
自分で言うのもなんだが、私は母譲りの可愛らしい顔立ちをしている。彼との婚約が決まったのも私が生む子供なら顔立ちの整った子供が生まれるだろうという、理解しがたい理由だった。まあ、どんな理由だとしても父に嫌われている私としては、彼のおかげで家から追い出されずに済んでいるので、どんな理由であれ助かっている。
もうすぐ結婚ができる18歳になるので、彼との結婚も見えてきた。家から放り出される心配はなくなると安堵していたが、考えが甘かった。
「今日は僕の誕生日パーティーに来てくれてありがとう」
今日の主役である第二王子が壇上に現れて挨拶した。私は食事をする手を止め、周りの人と同じように王子を祝うために拍手をした。
「こんなおめでたい日に発表するのもなんなんだけど、誕生日プレゼントは何が良いかと言う父に、僕はノブス公爵令嬢との婚約の解消を望んだんだ」
その発言で一気に会場内がざわめき始めた。
「だから、彼女との婚約は解消された。これはノブス公爵側も認めている」
「ひ、酷いですわ!」
王子の横にしゃがみ込んで泣き出した公爵令嬢は、社交界の女性の間では性格に難ありと言われているレレール・ノブス公爵令嬢だ。
ミゼシュ王国では一人しかいないと言われている回復魔法が使える人物で、理想的なプロポーションにサラサラのストレートの金色の髪。ぽってりとしたピンク色の唇に青色の瞳を持つレレール様は、多くの独身男性の憧れの的だ。
彼女の性格に問題があることを知らない男性が多いのはなぜなのだろうか。惚れた弱みとかだろうか?
ぼんやりとそんなことを考えていると、第二王子が苦笑して、レレール様に話しかける。
「ごめんね。でも、君は裏の顔があるだろう? 性格の悪い人を妻にしたくないんだ。じゃあ、みんな。僕はここで失礼するから、パーティーを楽しんでね!」
パーティーを楽しめと言われても……と言いたいところではあるが、私以外の多くの人は婚約解消宣言に気を取られていた。
女性陣の多くは『パーティーで婚約解消を宣言するのはいかがと思うが、第二王子の人を見る目はまともだったか』と言わんばかりの目でレレール様を見つめていたが、男性陣は違った。
「レレール様!」
第二王子が去っていくと、壇上に残されたレレール様の元に男性陣が駆け寄っていく。
そして、血迷ったことを言い始めた。
「この時を待っていたんです。ずっと前からあなたをお慕いしておりました」
「僕と結婚してください」
「いや、私と婚約してください!」
この国の一部の貴族は美人であれば、性格が悪くても良いの?
呆れながら見守っていると、一人の男性が壇上から女性の名を叫んだ。
「僕は君との婚約を破棄する! そして、レレール様に結婚を申し込む!」
「僕も婚約を破棄する!」
一人を皮切りに、婚約破棄を宣言する馬鹿な男性が大量に現れた。
対する女性は泣き出す人、怒り出す人様々だ。もちろん、まともな男性陣も多く、ほとんどの人は壇上の男性たちに軽蔑のまなざしを向けている。
こんな婚約者なら別れられて良かったんじゃないかしら。
そう思った時、壇上に私の婚約者の姿が見えた。
そして、彼は胸を張り高らかと宣言する。
「レレール様への愛を証明するために、僕はリリーノ・フェルスコットとの婚約を破棄する!」
最悪だ。
そう思った時、私の耳元で囁く人物がいた。
「お姉様、これで家から追い出されるわね。ざまぁ」
にんまりと笑みを浮かべたのは、私のことを敵視している父親違いの妹だった。