10 弟は別だけど
騎士団の人には、私はジェイクの初恋の人のそっくりさんだということで、とりあえず話はついた。みんな嘘だとわかっているけれど、リリーノは死んだことになっているし、事情があるのだろうと察してくれたようだった。
そんなこともあって、ジェイクには私のことをリノではなく、リリーと呼んでもらうことにした。
私はもう、リリーノ・フェルスコットじゃないからね。
中身や外見は私のままなので、ジェイクは生きていただけでいいと言ってくれた。
ジェイクたちが帰ったあとは、女将さんとエミーに今までのことを話した。黙っていたことを謝ると、二人共「秘密にしようとするのは当たり前のことだ」と言って、私を責めなかった。
それよりも他のことに食いついてきた。
「レレール様って聖女と言われている方よね」
「そうよ。もしかしてエミー、彼女に憧れていたりする?」
「それはもちろん。とても綺麗で優しそうな人よね」
貴族の間では、彼女の本性は知られているので、一部の男性陣や取り巻き以外は、レレール様を褒めるようなことはない。
しかし、平民の間では違うみたいだ。彼女の表向きの姿しか知らされておらず、回復魔法が使える美人という認識でしかないようだ。
「綺麗だとは思うけど、一癖ありそうな気がするけどねぇ」
エミーの言葉に、女将さんが眉根を寄せる。
「さすが女将さんです! 実はレレール様って陰で弱いものいじめをするような人なんです」
「嘘ぉ! あんなに優しそうなのに! まあ、回復魔法が使えるからって、絶対に良い人とは限らないかぁ」
エミーは私の話を疑う様子もなく、素直に受け入れてくれた。
「エミーは私が嘘をついてると思わないの?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、魔道具を作れるだなんて、滅多にないことでしょう? それに親に殺されかかったなんて……」
酷い作り話だと言われても仕方がない。
すると、エミーは微笑んで答える。
「まだ短い付き合いだけど、そんな嘘をつくような人じゃないのはわかるわよ」
「そうだよ。あたしなんか何年、人を見てきたと思っているんだい? リリーは悪い子じゃないって見ただけでわかるよ」
エミーと女将さんの温かい言葉に泣きそうになる。母が亡くなってから、こんなに温かい眼差しを向けられたことはなかった。私は本当に異常な家族の元にいたんだわ。
……弟は別だけど。
「ありがとうございます! これからも頑張りますのでよろしくお願いいたします!」
「あたしも協力するよ」
女将さんはこの辺の住民のボス的存在でもある。その権力を使って、タクリッボの店長は若い女性に痴漢をしたことがあるので注意するようにと、周りの人に伝えてくれた。そのため店長は近隣住民から要注意人物と認定され、彼と一緒にいる余所者も敵認定されることになった。
これで店長が誰かを連れてきても、近隣住民が騎士団に通報してくれる。とりあえず身の安全は確保できそうだと胸を撫で下ろした。
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数日後、ジェイクがタクリッボの店長がどうなったかを教えに来てくれた。
「体を触られたと被害を訴える女性が続出して罪に問うこともできたんだが、その女性たちが辺境伯領から追い出すことを望んだんだ。検問所にも連絡がいっているから、もう二度と入ってこれないと思う」
「それは助かったわ。でも、彼から魔道具を買っていた貴族もいるんじゃないかしら」
「いるかもしれないけど、もう彼には性能のいい魔道具は手元にないだろ」
「店の中にはあるけど、猫の置物が死守してくれてるの。売り物にできないのは勿体ないのよね。かといって私しか解除できないから、どうしようもないわ」
「俺が行ってみたらどうだろうか」
ジェイクの提案に私は首を傾げる。
「どういうこと?」
「俺が店に行って猫の置物を取って来る。ついでに他の魔道具も買い取って来るよ」
「他の魔道具は無理に買わなくていいわ。とりあえず、猫の置物を持って帰って来てくれると助かる」
その猫の置物の魔法を一度解除し、凶悪犯や私の命を脅かすような人間が入れないような魔法に変更する。その置物を検問所に置いてもらえば私や多くの人の安全が保証される。ジェイクが買って来た魔道具だと言えば、検問所の人も文句は言わずに置いてくれるでしょう。
なぜ、あの猫の置物にこだわるかというと、あきらかに普通の魔道具と効果が違っているからだ。魔法をかけ直しても自我は残っていると思われる。
「少し時間をもらってもいいか」
「かまわないわ。あなたも仕事や家のことで忙しいでしょう?」
「それもそうなんだが、義姉のことが心配なんだ」
「そうだったわね。あなたのお兄様と上手くいっているようには見えなかったけど大丈夫なの?」
私が尋ねた時、見計らったかのようなタイミングで、話題の人物であるエイフィック様とその奥様が中に入ってきたのだった。