プロローグ
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ロドス大陸の北に位置するミゼシュ王国は、四方のうちの三方は山に囲まれ、南側だけ海に面しており、他国からは攻められにくい場所にある。他国に比べて物価も安く、気候も安定していて住みやすい国であり、療養地として自国だけでなく他国の貴族の別荘も多い。
そんな王国内で一番活気のある繁華街に、世界的にも有名な魔道具店『タクリッボ』がある。その店の店長は七日に一度、私の家を訪れていた。
表の用事は魔道具を売るため。裏の用事は魔道具を仕入れるためだ。
魔道具というのは、その名の通り魔法が付与された道具で、どんな魔法がかかっているかは魔法を付与した人間に聞くか、使って試してみないとわからない。
待ち合わせ場所である裏庭にやって来た店長は、フードを被った私を見て厭らしい笑みを浮かべる。
「若い女性とこんな薄暗い場所で会うなんて、何回経験してもドキドキしますねえ」
「身を守る魔道具を持っているから、変な気を起こさないほうが身のためよ」
裏庭といっても手入れの行き届いていない木々の間で、普通は足を踏み入れない場所だから、人に見つかる心配はない。その分、危険な場所でもあるのだが、撃退できる魔道具を持っている私なら問題なかった。
冷たく答えると、店長は引きつり笑いを浮かべる。
「はははは。冗談ですよ。そんなに警戒しないでください。ところで、今日の魔道具は?」
私は手に持っていたワインボトルを差し出す。
「中身が空にならないワインボトルよ。空になる前に自然に補充されるの」
「それはそれは! ワインが好きな人間にはたまりませんね。で、おいくらでお譲りいただけるんです?」
店長は私に希望の値段の現金を渡し、引き換えにワインボトルを受け取る。
「リリーノ様が売ってくれる魔道具は評判が良いんですよ。そろそろ魔道具を作っている人を私に紹介してもらえませんか」
「無理よ。気難しい人で私以外の人に知られたら、もう魔道具は作らないって言っているの」
「……そうなんですか」
中年で肉付きのいい店長は大きなため息を吐く。
「それは残念です。では、今日は失礼いたします」
店長は私が金額を確認しているうちに、逃げるように去っていった。彼のことを信用していない私だが、諸事情があって少しでも多くのお金が必要なため、家族も含め、他の人には内緒にするという条件で、魔道具を売りに来た彼に取引したいと声をかけたのだ。
噂では私から買い取った額の十倍以上で客に売っているらしいので、もっと良心的な人を探すべきだったと、今となっては後悔している。
魔導具を作れる人間は、この王国内には三人だけだと言われており、そのうちの一人が私だ。
このことを知っているのは、私と亡き母だけ。
無事に今の婚約者のもとに嫁ぐことができれば、魔道具を売らなくても暮らしていける。
優秀な魔道具を作る人間が一人いなくなってしまうことになるけれど、魔道具を手にできるのは高位貴族のみだから、そう困ることはないでしょう。
魔道具を作れる人間は、あと二人もいるんだからなんとかなるわ。
私は大きく息を吐き、腰に巻いている太いリボンと体の間に現金を押し込むと、自分の部屋に戻ることにした。
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