第8話 再び降り立つ救世主
「その赤い容器の飲み物はなんですか? 人がいないのに販売できるのですね……。この世界の人々は決まりを守るのですねえ……」
セシリアが感心して呟く。
どうやら聖王国では、自販機があったら壊してジュースを取り出すような輩が多いらしい。
遊は曖昧に頷きつつ、コーラを2人分買った。
「ええと……」
いつもの癖で、両替機にコインを入れようとして……思い出した。
「まだクレジットあるんだった」
「はい。昨日のクレジットが残っておりますので、中断地点から遊ぶことが出来ます。当店のゲームは特別ですので……経過する時間がちょっと他とは違うことがございます。ご了承下さい」
「うう、一回のプレイでクリアできないなんて。ストレスだ」
呟く遊に、信じられないものを見るような目を向けるセシリア。
「まさか……遊。黒船帝国を一晩で倒すつもりだったのですか?」
「うん、そう」
セシリアの喉がヒュッと鳴った。
思わずふらついたので、遊が慌てて駆け寄って支えた。
遊の手には、セシリアの柔らかな感触が感じられ、彼女のいい匂いが漂う。
「だっ、大丈夫……!?」
「あ、ありがとうございます、遊。あまりにもあんまりな事をあなたが言うので、一瞬気が遠くなって……」
女店主は得意げだった。
店内でのメイクラブはいけませんからね、と言った後、
「それでこそ救世主というものですよ。さあ、お二人共。本日のゲームには長椅子を用意してあります。どうぞお掛け下さい。そして本日も救世を!」
「あっ、本当に二人がけの椅子だ。シューティングゲームでこういうの使うことあるんだなあ……。2Pプレイはできるけど、一人でやるもんだとばかりずっと思ってた……」
「それじゃあ、失礼します」
セシリアが隣に腰を下ろす。
お互いのお尻が触れ合ったので、遊がもじもじした。
「どうしたのです! これから戦うのでしょう? もじもじしてはなりません!」
「いやあ、その、女の子がこんなに密着しているの初めてで……」
さっきたまたま密着したけど、ともごもごと言い訳をする遊。
セシリアは、本当に彼が聖王国を救った最強の戦士なのか、疑いそうになった。
だが……。
“PRESS START BUTTON”
「……」
無言でスタートボタンを押した遊は、その瞬間から雰囲気を変える。
いつも困った風な顔つきが引き締まり、鋭い目が画面を睨みつける。
(彼は戦士だ。それは間違いない)
セシリアは遊に対するさっきまでの印象を改める。
そして……。
“2nd STAGE 聖王国宇宙港”
画面にその文字が表示された途端。
セシリアの意識は、画面の中に飲み込まれていった。
ハッと気がつくと、見知った研究所にいる。
既に空母モードで飛行しているようだ。
ドッグには、メイガスが収まっている。
「遊? いるのですか?」
『ああ。いつでも発進できる。なんていうか……いつもなら自動的に発進してるんだけど、調子が狂う』
「私……あなたという人が分からなくなります。どうして戦場で、そこまでマイペースなのですか?」
『緊張したらいつもの動きができなくなるからね。僕は、いつも通りが最強なんだ』
「……!! 分かりました。頼みます、遊。聖王国宇宙港を解放して下さい!」
『了解』
メイガスの機体に光が灯る。
救世主は再び、聖王国に降り立つ。
※
聖王国宇宙港にて、銀甲騎士団は翼を休めていた。
彼らは総勢十六機。
その全てが、聖王国の一軍を相手取って圧倒できるほどの、超絶的な力を持つ人型機動兵器である。
重装甲は生半可なビーム機銃を通さず、盾ともなれば戦艦の主砲をも防ぎ切る。
装備した武器は魔導装甲をもやすやすと切り裂き、さらに斬撃は光の刃となり、離れた相手をも切り刻む。
そんな騎士が一体ではなく、複数体による連携で攻めてくるのだ。
銀甲騎士団は無敗であった。
騎士団長は、長大な槍を地に突き立て、天を仰ぐ。
『この地にも敵はいなかったか。有象無象どもでは、相手にもならぬ』
宇宙港の周囲には、無数の残骸が散らばっている。
それらは、宇宙港を取り戻すために押し寄せた聖王国の軍勢である。
騎士団長はその残骸を集め、悪趣味な玉座のようにして腰掛けていた。
己の踏みつけている者共は、ただの一機も、銀甲騎士団に一矢報いる事はできなかった。
弱い。
弱すぎる。
銀甲騎士団はもともと、鋼の肉体に意志を宿した無敵の戦士団であった。
敗北を知らぬ、宇宙を駆ける戦士たち。
無軌道に力を振るうことしか知らぬ彼らに、道を示したのが皇帝だった。
『うぬらの力を、余のために振るうが良い』
圧倒的な力で銀甲騎士団を蹴散らした皇帝は、その手を差し伸べたのである。
『余がいかに強大であろうと、ただ一人でできることはたかが知れている。うぬらが力を貸してくれれば、余の権勢はこの宇宙に轟くことであろう』
騎士団長は、その言葉に衝撃を受けたものである。
己らを打ち倒すほどの力を持ちながら、手を差し伸べる存在。
この方のために戦うことこそが、銀甲騎士団にとっての天命だったのだ。
『我ら無敵の十六機。皇帝陛下の剣となりましょう……!!』
力こそ全て!
圧倒的な力を持つ皇帝陛下が振るう剣こそ、このけっして折れず、破れぬ最強の騎士団。
銀甲騎士団なり!
『聖王国は落ちた。王都で何かあったようだが、考慮するまでもあるまい。オクトパリス程度の小物が、油断でもしたのだろう。だが、我らは違う。宇宙港は絶対に、聖王国の手には戻らぬであろうよ』
カカカカカ!!
と騎士団長が笑った。
騎士たちもまた、笑い出す。
巨大な機械の騎士たちが漏らす笑いが、死の荒野と化した宇宙港周辺に響き渡った。
宇宙港周辺には、この奪還を狙って聖王国軍残党が潜んでいた。
だが、鋼の騎士たちに隙はなし。
最大戦力で攻め立てた先陣が、鎧袖一触で蹴散らされたのを目の当たりにした彼らは、絶望していた。
勝てない……!
あの化け物どもにはどうやっても勝てない。
奴らに愚弄される事は許しがたいが、だが自分たちには、奴らに抗うだけの力はない。
力なき者は、口を開く資格すらないのか……!!
そこへである。
小さな空母が飛んできた。
斬撃が届かぬギリギリで滞空したそれが、搭載していた機体を甲板に持ち上げる。
『なんだあ、ありゃあ?』
騎士の一人が、それに気付いた。
『団長! ちんけな機体がやって来ています。はあ、戦闘機が一機? そんなもんで、俺ら銀甲騎士団とやりあおうとは! カカカカカ!!』
『長き斧よ。貴様に任せる。仕留めよ』
『御意!!』
騎士が地を走った。
背中の翼が広がり、鋼の巨体が舞い上がる。
手にした得物は、長柄の斧である。
それが高速で振り回され、光の斬撃を次々に生み出す。
『カカカカカ! 来れるものなら来てみろよ! 俺の斬撃は相手の動きに合わせ、自在に変化するぞ! 誰も! どんな戦闘機も、俺の斬撃をくぐり抜けることはできない!!』
果たして。
空母から発進した戦闘機は、斬撃に向かってまっすぐに飛んだ。
それを回避しようとして、しかしそこにも斬撃が迫っている。
上にも、下にも。
そして正面にも。
『詰みだぁ! 戦闘終了!!』
宣言する騎士。
だが。
戦闘機の爆発は起こらなかった。
斬撃と斬撃の隙間。
時間を停止した後、目を凝らしてじっくり見れば、確かにそこは隙間だと言える程度の空間を。
戦闘機……メイガスが迷いなくくぐり抜けた。
最高速で。
『は?』
反応が出来なかった。
ビーム機銃が顔面に叩き込まれる。
ビーム機銃を弾く装甲を持つ騎士団。
だが、頭部のカメラアイに限って、その範疇ではない。
騎士は一瞬で視界を奪われた。
『なんだっ!? なんだーっ!!』
叫びながら、斧を振り回そうとする。
だが、敵は今、彼の顔面に張り付いていた。
密着距離からのビーム機銃連射。
『ウグワーッ!?』
騎士の頭が爆散した。
メイガスはくるりと宙返りしつつ、騎士の首に空いた穴目掛けてビーム機銃を斉射。
騎士の体が、内部から溢れ出した爆発に飲まれて砕け散った。
溢れるエネルギーが、メイガスに吸収される。
生み出された兵装は……投げ槍。
エネルギーチャージによって威力を増す、ビームジャベリンだ。
『なんだと!? 銀甲騎士団が……! 長き斧が滅ぼされただと!?』
騎士団長が立ち上がる。
『許せぬ!!』『長き斧め、油断したか!?』『油断したとは言え、騎士を落とす戦闘機など!』『なあに、何かの間違いよ!』『カカカカカ! あのようなカトンボ、俺が落としてくれる!』
騎士たちがざわつき、すぐさま飛翔を開始する。
『うぬら!! 行け! 彼奴を落とせ!! 仲間の仇ぞ!! 生かして帰すなーっ!! 彼奴を逃げ帰らせたとあっては、銀甲騎士団の名折れぞーっ!!』
叫ぶ騎士団長の声に、向かってくる戦闘機からの言葉が、被さった。
静かな声だと言うのに、不思議とはっきりと聞き取れたのだ。
『タイムアタックを開始する』
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