第70話 ひとまずのエピローグ
「ありがとうございます! お陰で新宿が解放された……! あとは我々が!」
「あっはい」
隊長と握手をする遊。
戦いが終わってしまったので、脳の働きが鈍くなってしまった遊なのだ。
岬二尉も駆け寄ってきて、
「本当に感謝します! あの、本来は民間人にこんなことをさせてしまってはいけないのですが、今回は緊急事態ということで……。遊さんがいらっしゃらなかったらどうなっていたことか」
「あっはい」
「されるがままだ」
「遊はゲーム以外の人付き合いが苦手ですからね。そこはほら、私が担当をします」
「おっ、戦いが終わって出番が回ってきたセシリアが……」
「私、後で遊にゲームの特訓をしてもらうことに決めたんです!」
「ほんと!?」
ここで遊の目に生気が戻ってきた。
……というところで……。
遊とセシリアとスノンを包む世界が揺らぎ始める。
「あっ、これは……。元のゲームセンターに戻るやつ」
ハッと気付くと、二人と一匹は“ドリフト”に立っていた。
達人とエリィもいる。
「あれっ!? 遊、そんな姿だったっけ……。あまりにも探偵の姿を見慣れすぎて、違和感が凄い」
戸惑う達人。
「セシリアはもっと美人になったわよね。あたしはこっちのセシリアの事が好きだけど」
「ありがとうございます! でも私、あの眼鏡の助手さん姿が意外と遊の好みだったんじゃないか疑惑が……」
「ギクッ」
「ほらあー!」
「あー痛い痛い痛い」
ポカポカ叩かれる遊なのだった。
「戦いの場では俺も戦慄するほど恐ろしい男だが、日常では誰よりも弱そうだ」
達人は唖然としたあと、
「では……俺はまた新たな世界へ行く。俺より強いやつと戦わねばならないからな……。遊が格ゲーの世界に来たら対戦できるのに……」
本当に残念そうな声で言うのだった。
そして二人は、ゲームセンターの奥に消えた。
そこには、獣の姿をした戦士が戦うアクションゲームがある。
自分たち本来の畑に帰っていったのだろう。
「やあやあ救世主よ! 本当にお疲れさまでした!」
店長が満面の笑顔で出てくる。
手には、なんとジュースを持っているではないか。
「これは私の奢りです。命がけで世界を救ってくれた方に対して、こんな些少なもので申し訳がないのですが!」
外で110円で売っていたコーラだ。
巷では130円だから、ゲームセンター“ドリフト”は良心的な価格で商売をしていると言える。
逆を言えば、これは店長が補充するコーラなので、金を出していないということになる。
「な、なんてケチなんだ」
人間世界のシステムをかなり覚えてきたスノンが呆れる。
だが、遊はそんな事を気にしないのだ。
嬉しそうにコーラを受け取ると、プルタブを開けて飲み始めた。
「ああー、勝利の後のコーラは美味しい。それで店長、他にレトロゲーム入ってたりしない?」
「ありますが、その世界が危機になるには少し時間が必要ですねえ。またしばしの平和を満喫されてはいかがでしょう?」
「平和……平和かあ……。確かに僕が必要な時は、誰かが不幸になっている時だしなあ」
己の存在意義をちょっと悩む遊。
彼が振り返ったシューティングゲームコーナーには、コミカルな自機が飛び回る横シュー、ファンタズムゾーンや、3Dタイプのコスモハリヤー、縦シューに追尾弾の概念をもたらしたレイジングストームなどが並んでいる。
遊垂涎のラインナップだ。
「あれ? 前と並んでるゲームが変わってる」
そこに気付くスノン。
「もしかしてあんた、どの世界に危機がやってくるのかをあらかじめ分かってんじゃないだろうな? というか、あんた何者なんだ」
スノンの視線を受けて、店長が肩をすくめた。
「あんたのにおい、あの魔王ってやつが発してたにおいにそっくりなんだけど……」
「おっと! 残念ながら閉店時間です!」
店長はそう告げると、“ドリフト”を操り始めた。
床がスライドして、遊とセシリアとスノンを追い出す。
救世主とお姫様は仲良くコーラを飲んでおり、全く気にもしていない様子だ。
スノンだけがずっと首を傾げていた。
店主は彼らを見送った後、ゲームセンターをいつもの場所に送る。
紫の光に包まれた世界だ。
店のバックルームから、次々に店員が現れた。
誰もが翼や角を生やしており、人間の姿をしていない。
彼らはいそいそと床を清掃し、コンパネを拭く。
そして筐体を展開すると、新しいゲームを設置した。
全ての作業を終えた後、店員のリーダーがやって来て店長の前で会釈した。
「作業が終わりましてございます。偉大なる我が君」
「よして下さい。私はただの店長ですよ。たまたま、権能が救世だっただけの女です」
「はい、プラーツェル店長」
店員たちは並んで一礼した後、バックルームに消えていった。
残る店長は一人、カウンターに入る。
手元にあるノートをめくる。
そこには、救世主遊の活躍が描かれていた。
「今回の世界も制覇と。いや、しかし驚きました。私が迎え、派遣した救世主の中でも間違いなく最強の一人でしょう。これは、コンボの達人の助けは必要なかったかも知れませんね。新たな危機が訪れた時……世界はまた、彼を必要とすることでしょう。そう遠くないうちに……」
店長がいたずらっぽく微笑むと、店内が暗闇に包まれた。
幾つもの筐体がディスプレイを瞬かせ、オープニングデモを流している。
その中の一つに異常が起こる。
牧歌的なファンタジーの世界が真っ黒に染まり、新たな世界の危機が……。
「やれやれ、救世主はまだまだ休む暇など無いようです。さて、店が浮上するのはあちらの世界では何日が経過していることか」
だが、彼女は心配していない。
あの最強の救世主は、必ずや一切の衰えの知らぬ力で、救世を行ってくれるだろう。
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ひとまずのエピローグです。
まだまだできるネタはありますので、書き溜まったら再び救世主の戦いが始まるかと思います。




